守屋「案内はするけど、罠を仕掛けるというのはなぁ……是羅木戸さんが元凶だと確定したわけじゃないだろう? もし彼が元凶だったとしても、問答無用で命を奪うのを見過ごすわけにはいかないな。私は警官だからね」
シゲミ「悠長なこと言ってられませんよ。ゼラを駆除しない限り、ゾンビ事件は終わらない。是羅木戸という人は、ゼラとの共通点が多すぎます。ならば、念のため潰しておくべきです」
守屋「……いくらなんでも強引じゃないかい? それに家宅捜索するなら令状が必要だし」
シゲミ「この町では司法制度なんて機能しませんよ」
腕を組み、再び「うーん」と唸る守屋。警官の鑑と言うべき彼の正義感の強さは、シゲミにも伝わってきた。一方で、正義や法律に縛られすぎており、柔軟な判断ができなくなっているとも感じヤキモキする。
答えを出し渋る守屋に喝を入れるように、ベッドで寝そべる守屋の父が声を荒げた。
父「ミチヒコ! 外は大パニックになっているんだろう? 手段を選んでる場合か? そのお嬢さんの言うように、解決できる可能性があるならどんなことでも試すべきだ!」
守屋「親父……」
父「ワシはお前に、『人として正しくあれ』と言い聞かせてきた。正義を司る警察官になったことも、誇りに思ってる。だがな、警察官らしい行いが常に正しいとは限らん。
そう言い終え、ゲホゲホと咳き込む守屋の父。シゲミにとって彼の言葉は援護射撃になった。そしてもう1人、シゲミを援護する人物が現れる。
ノリオ「兄貴は昔から潔白であろうとするからなぁ。外はゾンビパンデミックという最悪な状況……色で例えるなら『黒』一色の世界だ。『黒』に対抗できる色は、『白』ではなく『黒』なんだよ」
階段から、守屋の弟・ノリオが降りてきた。さっきまでスウェット姿だったが、迷彩柄の戦闘服に着替えている。
ノリオ「話は聞かせてもらった。敵を襲撃しに行くんだろう? なら俺も行く」
守屋「ノリオ……引きこもりのお前が、どういう風の吹き回しだ?」
ノリオ「家の外に出るのは5年と3カ月ぶりだが、俺はその間ずっと戦闘のイメージトレーニングをしてきた。特にゲリラ戦に関してはプロと言って差し支えないぜ」
ノリオはシゲミとサエに一瞬だけ視線を送ると、守屋のほうに向き直り、続ける。
ノリオ「兄貴は車の運転さえしてくれればいい。敵を
シゲミ「いや私が」
ノリオ「とにかく俺に任せろ。そして全員、これからは俺の指示に従って動いてくれ」
最初はボソボソと喋っていたノリオだが、徐々に語気が強まっていく。
完全に「是羅木戸の家に襲撃に行く」という空気になっていることを察した守屋は「わかったよ」と口にした。ノリオは背中の自動小銃を体の前側に回し、両手で持つ。
ノリオ「決まりだな。では実行に移ろう。敵地に行くのは俺と兄貴、そして女子2人。男子2人は家に残ってくれ。車に乗れる人数には限界があるし、親父に何かあったときのことも考えて、待機していてほしい」
顔を見合わせるカズヒロとトシキ。ゾンビが蔓延る外に出なくて良いという安堵感がある一方で、戦力外と言われているような気もして、複雑な気分になった。
ノリオに同行するよう言われたサエは、眉間にシワを寄せる。
サエ「私も待機したいんですけど……ほら、私が行っても何もできませんし、足引っ張っちゃうかもしれないから」
ノリオ「武装しているのは俺と兄貴だけだ。女子は俺たちの
シゲミ「いや私は爆弾を持ってて」
ノリオ「男子は少しくらい戦えるだろ? 俺のように銃火器を扱うのは無理でも、バットや木刀なら使えるはずだ。ウチにゾンビがやってきたら、俺たちが戻るまで耐え凌いでくれ」
ちょこちょこと挟まれるシゲミの言葉を無視し、ノリオは各自の役割を指示。そして「行くぞ!」意気込むと、玄関のほうへ駆け出した。
一斉に守屋の顔を見るシゲミたち。「何ですかあの人?」と言いたげなことは、守屋に強く伝わった。
守屋「ノリオのヤツ、久しぶりに家族以外の人と会ってテンションが上がってるんだろうな……かっこつけてやがる」
カズヒロ「特に、女子に良いところを見せたいって感じっすね」
シゲミ「虚栄心は身を滅ぼすわ」
守屋「そうだよね……アイツには余計なことをさせないよう努力するよ。けど、ウチに親父だけを残すのが不安ってのは私も同じだ。カズヒロくん、トシキくん、キミたちは残っててくれるかな?」
カズヒロ「了解っす」
トシキ「ゾンビに支配されてる町なんて、頼まれても行きたくないよ」
守屋から「待機」というお墨付きをもらったカズヒロとトシキを、うらやましそうにサエが見つめる。そして頬を膨らませ、文句を言い始めた。
サエ「え〜、私、行かなきゃダメ〜? あのブタ野郎が勝手に言っただけで、行く義理なんてないじゃ〜ん! 私も残りたい〜!」
カズヒロ「まぁまぁ。でも良く考えてみろよ。シゲミという最強のボディガードがついてるんだぜー? 俺らより安全かもしれねーだろ?」
サエ「そうだけどさ〜」
シゲミ「サエちゃん、私からもお願い。一緒に来て。マッチョポリスメンとナルシストブタ野郎が乗る車に、私一人だけはキツすぎる」
守屋「私までディスってない!? 山脈のように隆起した筋肉をつけてるだけで悪く言われる筋合いはないなぁ。 悪口は弟だけにしてくれよ」
サエ「……じゃあ行くよ。行けばいいんでしょ。その代わりちゃんと守ってよ、シゲミ、それと筋肉だけが取り柄な国家権力の犬さん」
シゲミ「わかってる。ありがとう」
守屋「ここまで言われるとはなぁ……助けるんじゃなかった」
玄関から庭に出るシゲミ、サエ、守屋。停車したパトカーの助手席にはすでにノリオが乗っており、窓から「早くしろ!」と3人に呼びかけた。
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山道を下るパトカー。守屋が運転し、助手席にノリオ、後部座席にシゲミとサエが座る。ノリオは後ろに座る2人を一瞥すると、あえて聞こえるよう大きな声で守屋に話しかけ始めた。
ノリオ「兄貴、襲撃地点まで、あとどれくらいで着く?」
守屋「15分くらいかな」
ノリオ「15分か。それが敵の寿命ってわけだな。俺のM4カービンとデザートイーグルで、地獄に直送してやる」
守屋「何だか、いつになくやる気だな」
ノリオ「当然だ。この町を混沌に陥れた元凶を潰すんだからな……犠牲になった人々の怨嗟の声が、今も俺の耳に聞こえてる。何としてでも、この町を救い出す。それが俺の使命だ」
ルームミラー越しに後部座席を見るノリオ。シゲミとサエは、窓の外の景色を眺めてノリオの話に一切興味を示していない。ノリオは視線をルームミラーから外し、話題を変えた。
ノリオ「兄貴、俺が今までに殺した人間の数……知ってるか?」
守屋「ゼロだろ?」
ノリオ「238人だ。全員、生きる価値のないクズ。まぁ殺したと言っても、俺の脳内での話だがね。どんなクズでも、現実では生かしておく……そんな俺の寛大さが、殺しのブレーキになっちまうんだよなぁ」
ノリオは目を細め、再びルームミラーで後部座席を確認する。サエがシゲミに耳打ちしているのが見えた。満足げに「ふっ」と小さく笑う。
サエ「ブタ野郎のナルシストっぷりがどんどん加速してる〜。なんか笑えてきた〜」
シゲミ「笑っちゃダメよ。本人はかっこいいと思って一生懸命なんだから」
サエ「わかってる。もうちょっと泳がせてみよっか〜。
シゲミ「私、録音しておこうかしら」
コソコソと悪口を言うサエとシゲミ。その内容は、ノリオの耳にはすべて賞賛に変換されて届いていた。ノリオは両手を後頭部で組み、ダッシュボードに両脚を乗せる。
車内の前列と後列で激しい温度差があるパトカーは、山道から住宅街へ出た。