住宅街の中を進むパトカー。ある2階建ての一軒家の前で停止した。ブロック塀に囲まれた、水色の壁に紺色の瓦屋根の家。2階の壁面に黄色いペンキで大きく「ポコポコ様LOVE」と書かれている。塀の入口には「
守屋「ここが是羅木戸さんの家だよ。灯りは点いてないね」
シゲミ「やはり留守ですね。入り込むチャンス」
守屋「ここまで来て言うのも何だが、やっぱり危険だよ。侵入者を警戒して、是羅木戸さんが罠を張ってるかも」
シゲミ「いつ来るかもわからない侵入者対策として、自分の家に罠を仕掛けるアホはいません。生活しづらくなるもの」
守屋「そういうものか……」
サエ「まぁ、『ポコポコ様LOVE』って家に書いちゃうくらいにはアホみたいだけどね、ゼラってヤツ」
不安がる守屋を横目に、助手席のノリオは足元に置いていた
ノリオ「兄貴、『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ってことわざ、知ってるか?」
守屋「いや、知らないけど」
ノリオ「命を捨てる覚悟で物事に臨むことで、成功は見えてくるという意味だ。この家に入るのはリスキーかもしれないが、ゾンビパンデミックを解消するためには必要な選択だと思うぜ」
守屋「そうか……なら、是羅木戸さんが帰ってくる前に事を済ませよう。それにしてもノリオ、よくそんな難しい言葉知ってたな」
ノリオ「当然だろ。俺は早稲田大学卒のエリートだぞ」
サエ「へぇ、意外と高学歴なんだ〜。すご〜い」
守屋「そうだった。お前、頑張って7浪して早稲田入ったんだったな」
サエ「やっぱすごくないかも」
ノリオは助手席のドアを開けて「さぁ、早く仕掛けよう」と言うと、颯爽と車から降りる。シゲミが止めようとしたが間に合わず、ノリオは是羅木戸の家の敷地へと入っていった。守屋とサエに車内で待っているよう告げるシゲミ。車を降りてノリオの後を追った。
塀を越えた先、玄関前でノリオが小銃を構え、左右を見回す。彼なりに警戒しているようだ。しかし家の中からも庭からも、人の気配はしない。プロの殺し屋であり、人の気配に敏感なシゲミは、瞬時に「警戒する必要はない」と察知した。早速、罠の設置にかかる。
塀の入口に、通った者の足が引っかかるようワイヤートラップを張るシゲミ。ワイヤーが切れると、塀の影に仕掛けた手榴弾が爆発するという仕組みだ。さらに、家の窓ガラスにスカートの
先ほどまで御託を並べていたノリオだが、シゲミの手際の良さに見とれ、すっかり静かになっていた。充分に罠を仕掛けたシゲミは、ノリオに着いてくるよう指示する。罠に引っかからないよう家の中から脱出するためだ。
ニヤニヤ笑いながら「すげぇ、マジすげぇ」とつぶやくノリオ。唇の隙間から覗く歯は黄ばんでいる。シゲミはノリオを連れて家から出ると、守屋とサエが待つパトカーへと戻った。
−−−−−−−−−−
太陽が沈んで月が昇り、空気が冷え始めた。
ゼラ「カニ食べ行こう♪ カニ食べ行こう♪ カニ食べに行こうよぉ〜♪」
上機嫌に歌を口ずさみながら、自宅の門に差し掛かる。直後、地面から30cmほどの高さに張られたワイヤーに、右足のすねが引っかかった。爆風がゼラの体を吹き飛ばす。「でゅああああっ!」と叫びながら飛んだゼラは、道の向かい側にある電柱に背中を強打した。
是羅木戸の家から50mほど離れた路地に駐車していたパトカーの内部にも、爆音が響く。シゲミが「かかった」と小さく口にし、後部座席のドアから外に飛び出た。助手席のノリオは、後ろで座っていたサエの手首を握ると「よし、行くぞ!」と言い、強く引っ張る。
サエ「ちょ、ちょっと! 触らないでよ汚らわしい!」
ノリオ「キミも来るんだ! 敵を始末しに行くぞ!」
サエ「なんで私まで!? シゲミだけで充分でしょ!?」
ノリオ「いいから早く!」
サエを車外へ引きずり出そうとするノリオを、守屋が一喝する。
守屋「やめないかノリオ! 嫌がってるだろう!」
ノリオ「うるせぇんだよ税金泥棒!」
守屋「お前……税金払ってないだろこの引きこもり!」
ノリオ「黙れ!」
ノリオは守屋の顔にM4カービンの銃口を向けて引き金を引く。銃口から射出されたBB弾が守屋の眉間に直撃。守屋は気を失った。
間髪入れずに、ノリオはサエに銃口を向ける。
ノリオ「実銃を持ってる兄貴は気絶した。ここにいても、そこそこ危ないぞ……一緒に来るんだ」
サエ「いやアンタが一番危ない」
ノリオ「早く来い! Right now!」
サエ「わかったって」
両手を挙げながら、車から降りるサエ。ノリオも助手席から外に出る。外にシゲミの姿はなく。一足先に是羅木戸の家に向かっていた。サエとノリオも、シゲミの後を追う。
是羅木戸邸の前の道路上で、シゲミとゼラが5mほど離れて対面していた。シゲミに駆け寄る2人。
シゲミ「アナタがゼラね……ポコポコのファン」
ゼラ「そのとおりです。お祭りで会ったお嬢さん……いや、こう呼ぶべきでしょうか。ポコポコ様を除霊した者……爆弾魔シゲミ」
ゼラが着ている黒いタキシードは、爆発により所々破れており、色白な肌にできた傷からドス黒い液体が流れていた。邪気を含んだ、ゼラの体液。すでに満身創痍といった様子のゼラだが、シゲミを見つめ「ふふふ」と余裕そうに笑う。
ゼラ「
シゲミ「素紺部町の人たちをゾンビに変えたのはアナタね。その割には、何だかずっと静かだけど」
ゼラ「ゾンビにした人間の8割以上には、この町の外でキミを捜索するよう命じました。残りの2割はインターネットで情報収集中……だから、建物の中にいるのですよ」
シゲミ「最近のゾンビはネットもできるのね」
ゼラ「当然です」
シゲミ 「……で、私を探していた理由はポコポコの復讐をすることよね?」
ゼラ「いかにも。ポコポコ様の野望を邪魔する者は、私の敵でもある……つまり爆弾魔シゲミ、私はキミをこの世から排除しなければならない」
ゼラの言葉の直後、対話を遮るようにノリオがシゲミの前に歩み出た。