目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ゾンビの町⑤

 住宅街の中を進むパトカー。ある2階建ての一軒家の前で停止した。ブロック塀に囲まれた、水色の壁に紺色の瓦屋根の家。2階の壁面に黄色いペンキで大きく「ポコポコ様LOVE」と書かれている。塀の入口には「是羅木戸ぜらきど」の表札。



守屋「ここが是羅木戸さんの家だよ。灯りは点いてないね」


シゲミ「やはり留守ですね。入り込むチャンス」


守屋「ここまで来て言うのも何だが、やっぱり危険だよ。侵入者を警戒して、是羅木戸さんが罠を張ってるかも」


シゲミ「いつ来るかもわからない侵入者対策として、自分の家に罠を仕掛けるアホはいません。生活しづらくなるもの」


守屋「そういうものか……」


サエ「まぁ、『ポコポコ様LOVE』って家に書いちゃうくらいにはアホみたいだけどね、ゼラってヤツ」



 不安がる守屋を横目に、助手席のノリオは足元に置いていた自動小銃M4カービンのモデルガンを手に取る。そして後部座席のシゲミたちをチラリと見ると、口を開いた。



ノリオ「兄貴、『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』ってことわざ、知ってるか?」


守屋「いや、知らないけど」


ノリオ「命を捨てる覚悟で物事に臨むことで、成功は見えてくるという意味だ。この家に入るのはリスキーかもしれないが、ゾンビパンデミックを解消するためには必要な選択だと思うぜ」


守屋「そうか……なら、是羅木戸さんが帰ってくる前に事を済ませよう。それにしてもノリオ、よくそんな難しい言葉知ってたな」


ノリオ「当然だろ。俺は早稲田大学卒のエリートだぞ」


サエ「へぇ、意外と高学歴なんだ〜。すご〜い」


守屋「そうだった。お前、頑張って7浪して早稲田入ったんだったな」


サエ「やっぱすごくないかも」



 ノリオは助手席のドアを開けて「さぁ、早く仕掛けよう」と言うと、颯爽と車から降りる。シゲミが止めようとしたが間に合わず、ノリオは是羅木戸の家の敷地へと入っていった。守屋とサエに車内で待っているよう告げるシゲミ。車を降りてノリオの後を追った。


 塀を越えた先、玄関前でノリオが小銃を構え、左右を見回す。彼なりに警戒しているようだ。しかし家の中からも庭からも、人の気配はしない。プロの殺し屋であり、人の気配に敏感なシゲミは、瞬時に「警戒する必要はない」と察知した。早速、罠の設置にかかる。


 塀の入口に、通った者の足が引っかかるようワイヤートラップを張るシゲミ。ワイヤーが切れると、塀の影に仕掛けた手榴弾が爆発するという仕組みだ。さらに、家の窓ガラスにスカートのすそを当て、その上から石を叩きつけて音が出ないよう小さく割る。ガラスにできた穴から手を入れて窓を開け、中に侵入。玄関、廊下、キッチン、階段などに、次々とワイヤートラップを仕掛けていく。


 先ほどまで御託を並べていたノリオだが、シゲミの手際の良さに見とれ、すっかり静かになっていた。充分に罠を仕掛けたシゲミは、ノリオに着いてくるよう指示する。罠に引っかからないよう家の中から脱出するためだ。


 ニヤニヤ笑いながら「すげぇ、マジすげぇ」とつぶやくノリオ。唇の隙間から覗く歯は黄ばんでいる。シゲミはノリオを連れて家から出ると、守屋とサエが待つパトカーへと戻った。



−−−−−−−−−−



 太陽が沈んで月が昇り、空気が冷え始めた。素紺部すこんぶ駅前でタクシーを降りたゼラは、赤いキャリーケースを転がしながら自宅を目指して歩く。



ゼラ「カニ食べ行こう♪ カニ食べ行こう♪ カニ食べに行こうよぉ〜♪」



 上機嫌に歌を口ずさみながら、自宅の門に差し掛かる。直後、地面から30cmほどの高さに張られたワイヤーに、右足のすねが引っかかった。爆風がゼラの体を吹き飛ばす。「でゅああああっ!」と叫びながら飛んだゼラは、道の向かい側にある電柱に背中を強打した。


 是羅木戸の家から50mほど離れた路地に駐車していたパトカーの内部にも、爆音が響く。シゲミが「かかった」と小さく口にし、後部座席のドアから外に飛び出た。助手席のノリオは、後ろで座っていたサエの手首を握ると「よし、行くぞ!」と言い、強く引っ張る。



サエ「ちょ、ちょっと! 触らないでよ汚らわしい!」


ノリオ「キミも来るんだ! 敵を始末しに行くぞ!」


サエ「なんで私まで!? シゲミだけで充分でしょ!?」


ノリオ「いいから早く!」



 サエを車外へ引きずり出そうとするノリオを、守屋が一喝する。



守屋「やめないかノリオ! 嫌がってるだろう!」


ノリオ「うるせぇんだよ税金泥棒!」


守屋「お前……税金払ってないだろこの引きこもり!」


ノリオ「黙れ!」



 ノリオは守屋の顔にM4カービンの銃口を向けて引き金を引く。銃口から射出されたBB弾が守屋の眉間に直撃。守屋は気を失った。


 間髪入れずに、ノリオはサエに銃口を向ける。



ノリオ「実銃を持ってる兄貴は気絶した。ここにいても、そこそこ危ないぞ……一緒に来るんだ」


サエ「いやアンタが一番危ない」


ノリオ「早く来い! Right now!」


サエ「わかったって」



 両手を挙げながら、車から降りるサエ。ノリオも助手席から外に出る。外にシゲミの姿はなく。一足先に是羅木戸の家に向かっていた。サエとノリオも、シゲミの後を追う。


 是羅木戸邸の前の道路上で、シゲミとゼラが5mほど離れて対面していた。シゲミに駆け寄る2人。



シゲミ「アナタがゼラね……ポコポコのファン」


ゼラ「そのとおりです。お祭りで会ったお嬢さん……いや、こう呼ぶべきでしょうか。ポコポコ様を除霊した者……爆弾魔シゲミ」



 ゼラが着ている黒いタキシードは、爆発により所々破れており、色白な肌にできた傷からドス黒い液体が流れていた。邪気を含んだ、ゼラの体液。すでに満身創痍といった様子のゼラだが、シゲミを見つめ「ふふふ」と余裕そうに笑う。



ゼラ「幸福者こうふくしゃを使ってキミを探していましたが、そちらから会いに来てくれるとは。手間が省けました。ああ、幸福者っていうのは、ゾンビみたいな人間たちのことです」


シゲミ「素紺部町の人たちをゾンビに変えたのはアナタね。その割には、何だかずっと静かだけど」


ゼラ「ゾンビにした人間の8割以上には、この町の外でキミを捜索するよう命じました。残りの2割はインターネットで情報収集中……だから、建物の中にいるのですよ」


シゲミ「最近のゾンビはネットもできるのね」


ゼラ「当然です」


シゲミ 「……で、私を探していた理由はポコポコの復讐をすることよね?」


ゼラ「いかにも。ポコポコ様の野望を邪魔する者は、私の敵でもある……つまり爆弾魔シゲミ、私はキミをこの世から排除しなければならない」



 ゼラの言葉の直後、対話を遮るようにノリオがシゲミの前に歩み出た。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?