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ゾンビの町⑥

 シゲミの前に歩み出たノリオは、自動小銃M4カービンのモデルガンを構え、正面にいるゼラへ銃口を向ける。



ノリオ「話は聞かせてもらった。このおかっぱ女子の命を狙っているというわけだな? しかし、そうはさせない。俺が必ず守る」



 食ってかかるノリオをにらみつけるゼラ。



ゼラ「何だねキミは? 私はシゲミに用があるんだ。無関係の人間は下がっていなさい。さもなくば、ゾンビにしますよ」


ノリオ「俺をゾンビにするだと? できるものならやってみろ。その前に、お前が死体になるだろうけどな」


ゼラ「私を挑発する気かね? 身の程知らずな人間だ……いいだろう。貴様はゾンビには変えない。私が直々に殺してやる」



 殺気立つゼラとノリオ。今にも戦い始めそうな雰囲気の中、ノリオの背後にいたシゲミが「あのぉ」と口を挟む。



シゲミ「ノリオさん、下がってもらえますか? 私が戦いますから。第一、ノリオさんが持ってるのってモデルガンですよね? そんなんじゃ怪異は始末できませんよ」



 シゲミの背中に隠れていたサエも「そーだよ」と声を出す。ノリオは2人に背を向けたまま、首だけを90度右に回して肩越しに口を開いた。



ノリオ「この銃は改造して威力を高めてあると言っただろう? 安心しろ。俺がヤツを仕留める。そして、見事仕留められたら……2人のうちどちらか、俺と付き合え。2人同時でも良いが、二股するようなクズ男にはなりたくねぇ」



 黄ばんだ歯を見せつけて笑うノリオ。シゲミとサエは、苦虫を1万匹くらい噛み潰したような表情を浮かべた。



シゲミ「絶対にイヤなんですけど」


サエ「キモブタおじさんと付き合うくらいなら、ゾンビになるほうがマシ」


シゲミ「私も」


サエ「でも、例えばトシキと付き合うとしたら……やっぱ無理。ゾンビ→トシキ→キモブタという序列が私の中で出来上がった」


シゲミ「私も全く同じ序列」



 背後で自身を罵る女子たちを尻目に、M4カービンの引き金を引くノリオ。フルオートで射出されたBB弾が、ゼラ目がけて飛ぶ。無数の弾を浴びて怯むゼラ。両腕で顔を守る。



ゼラ「くっ! ……なかなかの威力だ」


ノリオ「おぉぉぉあぁぁぁぁっ!」



 弾が尽き、M4カービンを投げ捨てたノリオは、左右の腰にぶら下げた自動拳銃デザートイーグル2丁を手にし、再びゼラに向けて乱射する。1歩、2歩と後退するゼラ。



ゼラ「うっ……くぅっ……」


ノリオ「はぁーっはっはっはっ! さっきまでの威勢はどうしたぁ!? 俺をゾンビにするんじゃなかったのか!? やってみろよ! この変態紳士がぁ!」



 デザートイーグルの弾が切れる。ノリオは「ちっ」と口にし、視線を手元に向けた。その隙を、ゼラは見逃さない。走って距離を詰め、ノリオの顎に右アッパーを見舞う。上体をのけぞらせたところに、腹部への左ストレート。


 ノリオは口から唾液を大量に吐き、よろよろと後ろに下がると、仰向けに倒れた。両手からデザートイーグルがこぼれ落ちる。モデルガンを握る力すら入らない。


 ゼラは、起き上がろうとしないノリオを一瞥すると、ジャケットの胸ポケットから電子タバコを取り出して吸い始める。



ゼラ「私は邪神・ポコポコ様の右腕と呼ばれた男……だから、そこそこ強いんですよ。並みの人間なら、パンチ2発で卒倒させられるくらいにはね」



 タバコを吸いながら歩き、ノリオに迫るゼラ。ノリオの体の上に腰を下ろし、マウントポジションをとる。ノリオは息をするのが精一杯で、抵抗する力は残っていない。追い詰められたノリオを、少し離れて見つめるシゲミとサエ。しかし、彼女たちの目は砂丘のように乾ききっていた。



シゲミ「よく知らない人たち同士の戦いって、どっちも応援する気になれないのよね」


サエ「しかもキモブタが勝ったら付き合わないといけないんでしょ〜? なら、怪異のほうに勝ってほしいんだけど〜」


シゲミ「たしかに」


サエ「だから怪異を応援しようよ〜」


シゲミ「私は職業柄、そうもいかないのよね」



 ノリオには、大好物な女子の会話に耳を傾ける余裕すらない。誰かに思い切り殴られるのは初めての体験。攻撃をくらうイメージトレーニングは何度もしてきたはずなのに、痛みで体が動かない。トレーニングと実戦の違いを噛みしめる。


 左手でノリオの首を絞めるゼラ。そして右の拳を振り上げる。



ゼラ「わかったか人間? これが私の力だ……ポコポコ様亡き今、私がすべての怪異の頂点と言っていいだろう。そう、ポコポコ様に代わる存在……パコパコ様だぁ! 

そう呼べぇ!」



 ゼラの拳が、ノリオの顔面を捉える。何度も何度も打ち据える



ゼラ「さぁ! 言え! パコパコ様と! 私をパコパコ様と崇めるんだよぉ!」



 ノリオの鼻と口から血が流れ、顔面が赤く染まっていく。ノリオを侮蔑していたシゲミとサエだが、さすがに危険な状況だと察した。



サエ「ヤバイよシゲミ〜!」


シゲミ「ええ、ヤバイわね……パコパコ様なんて名前を出されちゃ、セルフレイティングで『性描写有り』にチェックしなきゃならなくなる。ゼラ、ヤツはこの世界の根幹を揺るがす存在」


サエ「何の話してんの〜?! キモブタが死んじゃいそうだからヤバイって言ってんの〜!」


シゲミ「けど、ゼラに爆弾を投げればノリオさんまで巻き込んで、結局殺してしまう……」



 手出しができず、傍観するしかない2人。ゼラの殴打は止まらない。



ゼラ「参ったか!? 参ったか!? えぇ!? 参ったかって言ってるんだ!?」



 ノリオの顔を打ち付ける凶器と化したゼラの右拳。しかし、その指は折れ曲がっていた。指の骨と頭蓋骨がぶつかり合う衝撃に、拳が耐えられていないのである。右手に鋭い痛みを感じたゼラは、殴るのをやめて、立ち上がる。


 かろうじて意識を保っているノリオ。顔は葡萄の房のように腫れ上がり、口から血の泡を吹いている。


 ゼラはノリオから離れ、道路に転がったキャリケースのほうへスタスタと歩き始めた。そしてキャリーケースを手に取り、転がしながらノリオの傍らへと戻る。ジッパーを開けると、中から1枚の食パンを取り出した。



ゼラ「さて。貴様の意識があるうちに、このパコパコ様に楯突いた罰を与えることにしよう……ポコポコ様から教わった、精神を完全に折るための罰だ」



 そう言うと、ゼラは食パンを地面に落とし、右足で踏みつけた。紙のように平らになるまで数回踏みつけると、食パンを親指と人差し指でつまんで拾い上げ、ノリオの口につける。



ゼラ「さぁ、『靴の裏パン』だ。食べろ。いろんな所を歩き、何を踏んだかわからない私の靴で味付けしたパンだ。さぁ、食べろ。食べるのだよ……世界には、パンさえ満足に食べられない子供が大勢いるんだ。そんな子の存在を知りながら、貴様はこのパンを拒むのか? 傲慢な人間め。さぁ、食せ。さぁ……さぁ……」



 口を開くことすらできないノリオ。「ごふっ」と、唇の隙間から血を噴き出したのを最後に、その呼吸が止まった。ノリオの首に指を当て、絶命したのを確認したゼラは、靴の裏パンを放り捨てる。



ゼラ「罰を受けることなくあの世に行ったか。貴様はまさに幸福者よ」



 ゼラはノリオの頭を右足で軽く蹴ると、辺りを見回しす。次こそ、本命のシゲミを始末する番。しかし、先ほどまで近くにいたシゲミとサエは、姿をくらませていた。

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