シゲミとサエを見失い、キョロキョロと視線を動かすゼラ。遠くまで目をこらしても、背後を向いても、どこにもいない。
直後ゼラの視界を、上から下に
ゼラの足元に、大量の手榴弾が転がっていた。
顔を空へのほうへ向けるゼラ。自宅の屋根の上に、シゲミとサエが立っている。
ゼラ「貴様ら、いつの間に!?」
シゲミ「ノリオさんの死を利用……犠牲を無駄にはしないわ」
シゲミはサエの頭を押さえ、身をかがめる。ほぼ同時に、手榴弾が次々に起爆。爆煙がゼラを包み込んだ。
爆発音が止み、立ち上がるシゲミ。サエも恐る恐る顔を上げる。道路を覆っていた煙が夜風とともに去り、仰向けに倒れるゼラを露わにした。タキシードは破れ、ブリーフ一丁。体は欠損していないが、全身に切り傷と火傷を負っている。
ゼラの周りには赤い血が飛び散り、肉片が転がる。ノリオの死体が、手榴弾の爆発で木っ端微塵になってしまった。
サエをお姫様抱っこし、屋根から道路へと飛び降りるシゲミ。華麗に着地して、サエを立たせると、ゼラの側に近寄った。ゼラの体からは黒い煙が僅かに立ちこめている。成仏しかかっている状態だ。
シゲミはトドメを刺すべく、スカートのポケットから手榴弾を1つ取り出した。
シゲミ「ゼラ。アナタは、ポコポコを除霊した人間を1人残らず殺してきたと聞いた。だから警戒してたけど……拍子抜けだわ。私が戦った怪異の中で、アナタは一、二を争うくらい弱い。まぁ、あれだけの爆発を受けて即成仏しない耐久力はなかなかのものだけど」
最後の力を振り絞り、ゼラは傍らに立つシゲミに向かって言葉を放つ。
ゼラ「……わ、私は、貴様と……正面から、戦うつもりはなかった……暗殺するつもりだった……」
シゲミ「暗殺……? ということは、今までも戦った人たちも正面切って殺したわけではなく、不意打ちしてきたってこと?」
ゼラ「そうさ……私は……ポコポコ様の影……ポコポコ様という存在を、隠れ蓑に……密かに、敵を狙う者……」
シゲミ「ポコポコという強大な力に甘んじてきたのね。それがアナタの敗因よ。思い返せば、人間をゾンビにして使役するアナタが、自力で戦うはずがない。戦いもすべて、ゾンビに任せればいいもの」
ゼラは、シゲミの言った「ゾンビ」という言葉をオウム返しし、「くくくくく」と笑い始める。
シゲミ「私、何かおかしいこと言ったかしら?」
ゼラ「私を……除霊したところで、ゾンビになった人間は元に戻らない……今の爆発音を聞きつけ……町中のゾンビが、ここにやって来るぞ」
シゲミ「その前にずらかるわ」
ゼラ「無駄だ……私は
言葉の途中で、ゼラの体は完全に霧散した。手にしていた手榴弾をポケットに仕舞うシゲミ。そのとき「シゲミ!」というサエの声が、シゲミの鼓膜を揺らした。サエのほうに目をやると、その向こうからゾンビの群れが走ってくるのが見えた。
ゾンビたちから逃げるように駆け出す2人。路地に入り、守屋のパトカーに乗り込んだ。助手席にシゲミが、後部座席にサエが座る。
運転席で気を失っている守屋にシゲミが、「起きろぉ! そして運転しろぉ!」と言いながら張り手をかます。意識を取り戻した守屋は、状況が飲み込めないままパトカーを発進させた。
守屋「……何がどうなって」
シゲミ「とにかく守屋さんの家に向かってください」
パトカーの後方から、全力疾走するゾンビが迫る。シゲミは助手席の窓を開けると、ピンを抜いた手榴弾を放り投げた。手榴弾はパトカーに置いていかれるように地面を転がり爆破。群れの前方にいたゾンビ数体を吹き飛ばす。多少距離が開いたが。後続のゾンビがどんどん接近する。
シゲミ「守屋さん、もっと飛ばしてください」
守屋「道が細いんだ! あまりにスピードを出すと曲がりきれなくなる!」
サエ「でも追いつかれちゃうよぉ〜! シゲミ、もっと手榴弾投げてぇ〜!」
シゲミ「ゼラを仕留めるためにほとんど使ってしまった……残り15個もない。できれば節約したい」
サエ「そんなぁ〜」
守屋「くっ! 私のドライブテクニックで何とかするしかないか……!」
守屋はアクセルを強く踏む。時速70kmほどまで加速。曲がり角では「キキキキ」というけたたましいブレーキ音を上げながら方向転換をした。ゾンビの群れとの距離が大きく開き、その姿は見えなくなった。
サエ「守屋さんすご〜い! 筋肉だけが取り柄じゃなかったんですね〜!」
守屋「運転はあまり得意ではなかったんだけど、人間、追い込まれると覚醒するものだな」
シゲミ「守屋さんの家で身を潜めましょう。もしゾンビが来てしまったら……籠城戦です」
守屋「籠城戦って……そういえば、ノリオはどうした?」
シゲミ「星になりました」
パトカーは町を抜け、山道を登り、守屋の家に到着した。シゲミたちはパトカーを降りて、家の中へ入る。玄関扉が閉まる音を聞きつけ、待機していたカズヒロとトシキが出迎えた。
カズヒロ「大丈夫だったかー?」
シゲミ「ええ。元凶のゼラを仕留めた」
トシキ「じゃあもう安全?」
サエ「全然安全じゃな〜い! まだゾンビがウヨウヨしてんの〜! 7万体もいるんだって〜!」
トシキ「7万!? 僕のお父さんの年収と同じじゃないか」
守屋「念のため、もっと守りを固めたほうがいいな……私は納戸にある木材と工具箱を取ってくる。キミたちはそれで、1階の窓をすべて封じてくれ。ゾンビが侵入できないように!」
カズヒロ「なんかヤバそうですね……わかりました!」
玄関から外に出る守屋。2分ほどで戻ってきた。左手に赤い工具箱を持ち、右脇に木の板を数枚抱えている。シゲミたちは工具箱に入っているトンカチと釘をそれぞれ持ち、木材で窓を塞いでいく。外から木材を運ぶ守屋。木材を打ち付けるシゲミたち。およそ30分で1階のすべての窓を封鎖し終えた。
守屋はベッドで寝たきりの父を背負い、階段を二階へと昇る。シゲミたちも後を追った。守屋が入ったのは、トレーニング器具が置かれた自室。部屋の窓から庭全体が見渡せる作りになっていた。
守屋の部屋から窓の外を眺めるシゲミ。「ベストポジションですね」と言うと、スカートの左ポケットからスマートフォンを取り出し、耳に当てた。
向かい側にあるノリオの部屋からモデルガンを持ってきたカズヒロたちが、怪訝そうな顔をシゲミに向ける。
カズヒロ「誰に電話するんだ?」
シゲミ「助っ人。私が持ってる爆弾とモデルガンだけじゃ、7万体のゾンビになんて対抗できないから」
サエ「でも誰を?」
右手の人差し指を口元に寄せ「静かに」と合図するシゲミ。電話がつながった。
シゲミ「もしもし……うん。突然で申し訳ないんだけど、神奈川県の素紺部駅に来てほしいの。……うん、そう。かなり大変な状況だから、力を借りたい。報酬は
シゲミは通話を終えた。遠くから、部屋の中に「おおおぉぉぉ」といううなり声が響く。ゾンビが守屋の家へと迫っていた。窓を開け、迎撃のために手榴弾を握るシゲミ。カズヒロ、サエ、トシキも、それぞれモデルガンを手に取った。
うなり声が聞こえてから3分後、庭に張り巡らされたバリケードの前に大量のゾンビが押し寄せる。乗り越えて敷地に入ってこようとするゾンビを、カズヒロたちが窓から改造モデルガンで狙撃。群れの後方でうごめくゾンビたちを、シゲミの投げた爆弾がまとめて吹き飛ばす。そうして侵入を食い止めたが、やがて限界が来ることは明白だった。
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守屋の家がある山からおよそ4km離れた素紺部駅。改札を抜け、1人の少女が駅舎から外に出た。ブレザー姿で、チェーンソーを右肩に担いでいる。彼女こそシゲミが呼んだ助っ人、リオ the チェーンソー。
駅前を徘徊していたゾンビ数体が、リオのほうに顔を向ける。リオはチェーンソーを肩から下ろすと、ストラップを引いてエンジンをかけた。
リオ「コイツらを全部ぶっ殺せば良いってわけか……退屈しのぎには持って来いだぜぇ」
リオに狙いを定め、駆け出すゾンビたち。リオも走り出し、迫り来るゾンビの首を刎ね飛ばす。
ゼラが素紺部町の外から呼び寄せたゾンビの群れも、線路を超えてリオに接近する。リオは竜巻のように回転しながら、自身を囲むゾンビを次々と切り刻んでいった。
<ゾンビの町-完->