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第十三話

 学園都市の外れにある、埠頭。

 波は一切荒れておらず、風も無風。静かな夜を過ごすならうってつけの環境である。しかし困ったことに、街の警備や英雄もある程度寝静まるような時間であったために、安全性には難あり、といった様相であった。

 そこに現れたのは、パーカーのフードを目深に被ったエヴァであった。布に包んだ、割と大きな物を胸に抱えながら、この埠頭にやってきたのだ。

 しきりに辺りを警戒しながら、埠頭側の倉庫に入る。

 そこにいたのは、二メートルほどの身長を持ち合わせた、筋骨隆々の神父服の男。まさしく、あの時礼安と戦った男であった。

「すまないな。こんな夜遅くに」

「誰かと思えば……あの時の騒動の主格じゃあないか。大切な用があるなんて言っていたから、なんか裏があると思ったんだ」

 運んできた物を背負い、庇う様にして立つエヴァ。

「私の命でも狙っているのかい? 小物感が出ちゃうから、あんまりこういうことは言いたくないんだけどね……私の命は相応に高いよ。それこそ、現状の顧客である大勢の英雄で君を殺しにかかるかもね」

 すると、男は首を横に振った。

「俺がお前を殺すなんて、そんな野暮なことはしないさ」

 エヴァはしばらく警戒していたものの、男の瞳に嘘がないことを見抜くと、すぐに側にあった木箱に腰かける。

「それで? いったい何の用なんだい? 『瀧本礼安用の新しい武器ちゃんをもって、埠頭側の倉庫に来い』なんて手紙よこしてさ」

 男は、エヴァに近づいて、その物に触れる。まるで赤子に触れるかのような優しさで、瞳を閉じて何かを感じるかのように。

 少しして、男はその物から手を離す。

「これでは俺は『死ねない』。足りないんだ」

 エヴァは、男の悲しそうな呟きに疑念を抱く。

「死ねない、ってどういうことさ? 君まさかハードなMっ気があったのかい? 悪いが癖を満たすために私の武器は使ってほしくないんだけど――――」

「そうじゃあない、そうじゃあないんだ、『村正』の力を受け継ぎし者よ」

 そう男が語ると、エヴァは驚愕した。

「何で……敵側の誰にも明かしてない私の因子元を……?」

「これには、少しばかりの理由があるんだ」

 男はエヴァの近くの木箱に腰かけて、身の上を語り始めた。

「俺は、生まれついてから英雄になれる存在や、そのものが持つ英雄の因子が、手に取るように分かるようになった。審美眼が、人一倍優れていたために『解析≪アナライズ≫』に寄った英雄になれると有望視されていたのだ」

 エヴァは、側にある箱の中に入っていた缶ジュースを二つ手に取って、おもむろに開けた。

 そのうちの一つを無言で差し出す。男は黙って受け取った。

「俺は、適齢となった年、そのまま英雄の育成機関へと送り込まれた。だが、そこで待っていたのは育成などではない、まるで動物を調教するかのような酷い仕打ちを受けた」

 オレンジジュースをおもむろに傾けると、男は深くため息を吐く。

「しかし、それでも俺は死ぬことは無かった。周りがばたばたと死んでいく中で、だ。それを面白がった研究者たちは、俺をモルモット代わりに常人ならすぐ死ぬはずの実験……もとい拷問行為を繰り返していった。生きることが嫌になるほど、この身に傷を負ったよ」

 エヴァが見つめるのは、男の傷だらけの肉体。歴戦の痕ではなく、絶望をその身で受け続けた証しであった。少しずつ、彼女の中で男に対する見方が変わっていくのを、理解し始めていた。

「……それで、何でそんな酷いことされた人が、無関係な人に対して危害を加える行為をしているんだい? 自分の痛みを部分的にも味わってほしいとか、サド侯爵的な考えを持っているとか」

 エヴァは若干ではあるものの、わざとらしく、そして意地悪く問いかけたが、男は素っ気なく首を横に振った。

 ぶすくれるエヴァをよそに、男は話を続けた。

「次第に時代は流れていき、俺を弄んだ研究者たちもその関係者も、寿命を迎えて死んでいった。残ったのは、ペリノア王の因子がインストールされて、簡単に死ぬことのできなくなった俺だけだった」

 最初、遊び半分で聞いていたエヴァが、一瞬にして表情を変えた。

「ま、まさか君……」

「そう、そのまさかだ。私は、かれこれ千年の時を絶望に打ちひしがれながら、生き続けている。日本の言葉で言い表すなら、不老不死、という奴だ」

 エヴァが生まれて十六年、武器の匠となってからはおよそ二年。その間に様々な英雄と対面してきた。重苦しい悩みを背負いながら、病床に伏した故郷の母を介助するために戦う殊勝な英雄だったり、富や名声を得て好き放題に女を抱く、色欲に塗れた最低の英雄だったり。

 しかし、今隣で未だ救われていない彼に関しては、訳が違ったのだ。

「俺は、数多の組織を転々として生きている、いわば傭兵だ。自身にゆかりのある英雄の手でしか死ぬことのできない、条件付きの無敵の傭兵。引く手数多だったよ、ただ俺の性格的に、あまり長いこと組織に長居はしなかったが」

 エヴァがふと思い出したのは、男が学園都市に現れた時のこと。

 確かに男は道や店に対して多大な損害を与えたものの、人的被害に関してはノーダメージ、というのを人伝に聞いた。

 最初、エヴァは耳を疑った。昨今、『教会』を名乗る敵から英雄や一般人の被害の報告数が多かったために、今回もその類いか、と高をくくっていたのだ。

「――君は、自分の最高の死に場所を求めて、組織を転々としていたのか。英雄と相対する組織に加入して、碌な結果を上げないままに組織を解雇され……見たところラストチャンス、ってとこだ」

「その通りだ、村正の適合者」

 男は飲み切った缶をぐしゃり、と圧縮してエヴァに渡した。

「あの少女……瀧本礼安こそが、おそらくではあるが俺を殺すことのできる唯一の英雄だ。そう、俺の中の因子が語り掛けている」

 エヴァは、覚悟がとうの大昔に決まっている人間に対して、分かってはいたが野暮な質問をぶつけずにはいられなかった。

「……あの子は、まだ人を殺めるなんて、そういったごたごたには向かない、優しすぎる子だよ。あの子に癒えない傷を、与えたくない。品行方正な、至極真っ当な英雄になってほしいんだ」

「俺が言えたことではないが……誰かの死無くして、その英雄は強く大きくなれるのか?」

 その言葉に、エヴァは悲しい目を向ける。

「確かに、これは俺の我儘だ。永い時を生きて、この世に絶望しているから殺してほしいなんて、ちゃんちゃら可笑しい話だ。だが、俺の中で生き続ける英雄の意志と、俺の意志が完全に一致した数百年前からの『願い』、これを否定するのはどうなるんだ」

 エヴァは立ち上がって、その場を去ろうとする男の足を止めようと、華奢な体で立ちふさがる。

「――それでも、私はあの子に貴方を殺させたくない。私の我儘かもしれないけど、あの子の太陽のような笑顔を曇らせたくないんだ」

 男は、悲しい顔をしながら、それでもエヴァの横を通り過ぎようとする。しかし、エヴァは屈強な腕を掴んで離さない。

「あの子は……きっと君を殺さない。向かったって無駄だ」

 男は、唇を噛みしめながら、エヴァの手を優しく解いていく。

「……すまないな、村正の適合者。ジュース、美味かった」

 そう言うと、男は姿を消した。エヴァはその場にへたり込んで、しばらく動くことができなかった。

 エヴァが心の内に秘めていた感情を表に出す、なんて久しくしてこなかった。無論、誰かに入れ込む、なんて親以外にしてこなかった中で、気づいてしまったのだ。

「……私、礼安さんが好きなんだ。英雄的にも、人間的にも」

 久しい感情にどこか表情が綻びながら、ゆっくりと立とうとすると、背後に気配を感じた。先ほどまでのどこか優しさを感じるものではなく、純粋な殺意を感じ取ったのだ。

 エヴァは邪魔なパーカーを脱ぎ棄て、すぐさま自身の側に置いておいた『物』を、布を取り払って露わにする。

 名を『神聖剣しんせいけんエクスカリバー』。あの手紙に書かれている通りの、礼安に翌日譲渡する予定の新しい武器であった。

 全体的にポップなデザインはそのままに、ライセンスを装填しその力を増幅かその力を元に変身可能、力を開放することにより新たな必殺技を放つことができる、ライセンススロットを内蔵している。本来なら、二年次に昇級してからでないと利用できない技術をふんだんに盛り込んだ、オーバークロック上等の暴れ馬、もとい武器である。

 それを手に持ち、デバイスに緊急コマンドを入力し、ハックして猛烈な駆動音と共に起動させる。

『マスターコマンド、認証。緊急事態により、殲滅シークエンスを即時起動します』

「……で、誰なのアンタ。盗み聞きでもしてた? だとしたらタチ悪なんだけど」

 その視線の先にいたのは、飄々とした態度を崩さない細身かつ筋肉質の白髪オールバックの男。笑みを絶やすことなくエヴァの前に現れた。

「あいや失敬、アンタがここを去るまで潜んでようかなとか思ってたんだけどさ、乙女の恥じらいとかを感じ取っちゃって汚してやりたいな、って。俺、結構オンナに評判良い下半身なんだぜ? 試してみるかい?」

「誰がアンタみたいな下半身に節操のない男と。悪いけど、私男は一切タイプじゃあないの」

 そうエヴァが敵意をむき出しにすると、怪しい男はけらけらと笑う。

「成程、アンタレズビアンか。より男に歯向かえない様に汚してやりてえ……けど、その獲物で俺のイチモツちょん切られたらこれからの夜が楽しめなさそうだ、悲しいがアンタは諦めておくよ」

 エヴァは、男の動向を静かに探っていた。武器科とは言え、仮にも英雄学園の生徒。多少なり戦える力は備えている。

 身構えるエヴァに対して、まるで捕らえようのない煙のような態度を一向に崩さない怪しい男。手をひらひらと振って、ゆっくりとエヴァの周りを歩き始める。まるで品定めでもするかのように。

「いやあ、最近聞いた話によるとねえ? ウチの内部で裏切り者が二人いるってんで、普段あんまし戦わねえ人間も駆り出されちゃった、って話よ。ましてや俺みたいな善良なクラッカーなんかがさぁ」

「善良もクソもあるか。アンタはよく知ってる。ヤった女と殺った標的マトは暗殺者並み、『教会』の神奈川支部の支部長、フォルニカだろう? 一部の英雄が持ってる手配書ビンゴ・ブックで、ちょっとした有名人なんだよ、アンタは」

「へえ、よく知ってくれて嬉しいね、感謝感激雨霰ってやつだ」

 手をたたいて喜ぶ男……フォルニカ。底の見えない殺意に当てられて、ほんの少しではあるがエヴァの手は震えていた。

「まあいいさ、今回の標的は武器の匠様じゃあない。あのゴリムキゾンビこと、クランさ。裏切り者のアイツを殺れ、って上からの命令でね」

 そう言うと、エヴァの肩をポン、と叩いてフォルニカは倉庫から出ていった。

「じゃあな、武器の匠様。いつか心と股を開いてくれることを心待ちにしているよ。俺の連絡先もそこに置いとくから」

 肩をたたいて出ていったときにエヴァの肩に置かれた、一枚の名刺。そこには「女性のベッドの上でのお悩みと、ついでにあらゆるデータのハックはお任せを」との説明書きと、気持ち悪いほどの女の裸体と半裸のフォルニカが写る。即座に破り捨てて海に投げ捨てた。

「最高に気分悪い……脳みそが下半身の男はこれだから大嫌いだ」

 エヴァは何より、男が苦手であった。割と長い付き合いである丙良を除いて、男性全員に対し嫌悪感を示す。理由は、家族絡みであった。

 薄気味悪さをかなぐり捨てるように、その場に痰を吐き捨て、自身の上着を取りに行くために木箱の元へ戻った。

『緊急コード、停止します』

「ごめんね。本来なら、目ェ覚ますのもうちょい後だったんだけどね」

 乱雑に脱ぎ捨てたパーカーを拾い、自分の寮へと帰ろうとした、その時であった。

 振り返ると、そこにはフォルニカが間近にいた。鼻と鼻が触れ合うほどの近距離であったのだ。

 そこまで近くにいても気づかなかった自分を呪い、何とか遠ざけようとエクスカリバーを振るうも、片腕で軽くガードされてしまう。

「俺さ。危険因子を一から百まで取り除かないと、とにかく気が済まない奴なんだよね。例えば、ロリショタが運動会やるってなったら、学校ぐるみで工程の石ころ清掃やるみたいな。例えば、RPGやるってなったらマッピングを全部済ませてから先に行く、みたいなさ」

 飄々とした調子を全くといっていいほど崩さないフォルニカ。しかしその飄々さは今、掃除人特有の不気味さ、冷徹さへと変貌していく。エヴァとて、一抹の恐怖を感じずにはいられなかった。

「だからさ。思い人に渡すか知んねえんだけど、馬鹿みてえなスペック秘めてるであろう『ソレ』を許容するわけにはいかねえんだわ」

 フォルニカに力強く顔を向けさせられた瞬間、エヴァはフォルニカにエクスカリバーを震える手で手渡していた。何をされたか、まったくもって理解できなかった。決して、意図しているものではない。

「ありがと、これは俺が没収しとくから」

「ふざけるな! それは礼安さんの……」

 そういいかけたエヴァの口は、一瞬にしてフォルニカによって封じられてしまう。深いキスをされてしまったのだ。

「本当なら魅了でも何でも使って堕としたかったけど……ハナから好感度ゼロだと効かないっぽいから、物理的に塞がせてもらったよ。ま、強情ではあったけど催眠にはかかったっぽいけどね、武器の匠さん」

 その瞬間エヴァは、自分ができる精いっぱいの抵抗をした。

 口の中に入り込もうとするフォルニカの舌を、思い切り噛み千切ったのだ。

 思わず後ずさるフォルニカ。エヴァは噛み千切った舌を吐き出す。口元に多量の血を纏った状態で。

「男嫌いは男嫌いでも、私の奴はかなり重めなんだよ。気に入らない奴に口を奪われたなら、そいつの舌とイチモツを噛み千切ってやるってのは、随分前から決めてたんだ」

「なァるほど、そいつは結構。その純情、こっちから折れてやらないと終いにゃ男としての機能すら本当に奪われそうだ」

 口を庇うようにして去るフォルニカ。抵抗こそしたものの、エクスカリバーは奪われたままであった。

「じゃあね、武器の匠さん。もう二度と会わないといいな、お互いに」

 そう言うと、『舌を出した』悪い笑みを湛えながらフォルニカは霧散していった。

「……なんて回復力だ」

 そう呟くと、血を乱雑に拭き取ってその場を去るエヴァ。嫌な記憶を想起しながらつく帰路は、あまり気持ちのいいものではなかった。


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