三つ目の空間、それは今にも雨が降り出しそうな、ぐずついた天候の古びた廃墟。今までの舞台とは異なり、人が明らかにいたであろう場所。理由は言わずもがな。まるで大規模なサバゲー場とも思える、障害物に高所や低所。それらにとてもではないが似つかわしくない、比較的新しい複数の死体とともに、血痕が至る所に付着していたのだ。
噎せ返るほどの血の臭いで充満したそこに送り込まれたのは、『陰気の使徒』イスラと院。院の方はとても気分が悪そうであった。
「……貴女、随分と平気そうな顔で待っていたのですね。言い方は悪くなりますが、少々おかしいのではありませんの?」
院とは対照的に、薄ら笑いでこちらを見つめるイスラ。
『そりゃあね……血生臭いところなんぞ、さんざ潜り抜けてきたから……』
愛おしそうに左腕のガトリング砲を摩るイスラ。誰のものか分からない返り血がべっとりと付着していた。
『今まで僕チンにあーだこーだ言ってきた陽キャたちを好き放題してたんだ……オーナーと一緒にいれば、僕チンは安寧を得られるから最高だよ』
しかし、それらは陽キャというより、銃を試射するためのデコイであった。普通なら、ある程度確認できればそれ以上は撃たないだろうが、まるで恨みでもあったかのようにずたずたになっている、文字通りのハチの巣状態であった。内部には人間同様多量の血液が仕込んであったのか、多量に溢れ出していた。
彼女は少々面倒なことに、自己肯定感が地の底まで落ちているくせに、自分を否定した他人に対しての加害欲が留まることを知らないのだ。
被害妄想癖と加害欲の同居、と言うのは少々レアリティが高い。しかし気性難であることに間違いはないため、相手としてはやり合いたくない存在である。
「……貴女、かなりの鬼畜ですのね。デコイとはいえここまでずたずたにして……事情があるにしても、限度はありますわよ」
『本当にそうか……少し考えてみたらどうかな、『虐げられる側』の気持ちってやつを』
そう言うと、イスラは銃口を向け、威嚇する。
「僕チンを汚そうとする奴は――みんな消えちゃえ」
ほんの一秒のアイドリング。そこから情け容赦のかけらもない銃弾の雨が院を襲う。
障害物を盾にしようにも、通常の重火器よりも圧倒的な火力を誇っていたために、息つく暇もなくコンクリートブロックたちが欠片を通り越して粉に変わる。
射線を切るように高速で横移動をする院。何発か体や頬を掠ったものの、大したことは無い。
完全に視線すら通さないような陰に隠れ、相手の出方をうかがう。
『なぁに、英雄サマ志望とあろう人が……僕チン如きにビビっちゃってるぅ?? いい気分だよ、本当に』
(何とかしてあの銃弾の雨をかいくぐる必要がありますわね……)
だが、院の武器はガトリング砲よりも、圧倒的に火力も連射速度もない弓矢。知恵をひねる必要があった。
そこで思い出すのは、あの時の出来事。礼安との出来事を思い浮かべたのではなく、ゲーム世界のウルクでの出来事であった。
ある日のこと。自身の力を見せた後、ウルクにおける第二のギルガメッシュとして共に王としての仕事を全うしていた時の事。
理不尽、狡猾、圧倒的。死にゲーと呼ばれる所以を、院は身をもって体感していたのだ。
理不尽なほど街を襲う化け物や災害の数々。
王の座を引きずり落とそうとする、狡猾な暗殺者や能力者。
この時代には存在しないはずの、当時としては統率され過ぎた、圧倒的な他国軍隊による人海戦術。
しかしそんな中でも、ウルクの人々や王であるギルガメッシュは希望を捨てることは無かった。
ある夜、ウルク中心部に聳え立つ王城、そのバルコニーにて。
ギルガメッシュはよそ者である院に対し、撥ね退けるような態度はとることなく、むしろ歓迎しているようであった。「外の世界から来た、と言っていたな。知らない世界を知れる機会というのもそう無いものだ、語って聞かせよ。一週間かぎりとはいえ夜は長い、良い肴になるだろう」
彼は為政者として、かなりの永い間従事してきたために、苦労が顔に顕われている。目は少し吊り上がり、皴も多少なり知っている姿よりも多い。しかし、今院に向けている表情はとても柔らかいもので、まるで街の子供に向けるような微笑であったのだ。
二人とも絨毯のひかれた絢爛豪華なバルコニーに座り、一息つく。今日も従来の歴史ではありえないはずの、ワイバーンやロボ兵器などがアトランダムに攻め入ってきたのだ。
本来、ギルガメッシュ叙事詩と言うものは紀元前の話であるはずなのに、まさかの遠未来からやってきたロボが攻め入ってきたのである。時代設定がめちゃくちゃすぎるために、院のツッコミは止まることを知らない。
王としての仕事で過労状態にあった中で、院の語る未来の話は、彼にとっていい栄養となっていた。そう発展するなら、世が生きてウルクを守り続けた甲斐もあった、と大いに喜んでいたのだ。
「元々、私はある幼馴染を笑顔にしたくって、英雄を志すようになったんですの。ただ、その幼馴染が中々難のある性格というか……あの子の願いは『赤の他人も友人も総じて守るため』って言ってきかなくて……本当、無欲に見えてかなりの欲張りですの」
そう院がぼやくと、ギルガメッシュは快活に笑って見せた。
「稀に見る強欲な者よ。かえって気に入ったぞ、その幼馴染とやら。破天荒ぶりで言ったら、余の戦友に部分的ではあるが似ているぞ」
ギルガメッシュの戦友であり、土塊から生まれた唯一の友、エルキドゥ。今でいう神造兵器のようなもので、対ギルガメッシュ専用の兵器であった。しかし紆余曲折あり並外れた強敵を共闘にて倒していくたび、彼らの絆は深まった。結果、一生ものの親友となった、といわれている。
「余が若いころならば、その幼馴染に対して甘いと切り捨てただろうが……今はその甘さも許容しよう。年を食うと丸くなるのは……あながち間違いではないのだな」
「私は……正直な事を言うと、あの子の理想は厳しく、辛いものだと考えますの。精神性にも多少難がある子でしたから、いつか彼女ばかりが負担を負い続けるこの状況が続けば、壊れてしまうんじゃあないかと……怖くなってしまうんです」
らしくもなく、王の前で弱音を吐いてしまう院。
しかし、王は怒るでもなく慈しむでもなく、ただ笑い飛ばした。
「良い良い、迷うは人生の花よ」
王は飲み物を手渡しながら、礼安と院自身を諭すような口調で聴かせる。その表情は、先ほどまでの快活な表情ではなく、一人の王としての厳しさも籠もった表情であった。
「よいか。英雄とは、自らの視界に入るもの全てを護る者だ。理想は高く、欲望は深く。己が欲望すら満たせない者は、誰も守れない。いつだって、飢え続ける獣であり続けろ」
この世の全ての財宝を手に入れた、という逸話も残っているギルガメッシュ。その彼は、いつだって欲をむき出しにして生きてきた。何かしらの財宝を手に入れたい、自らの戦闘欲を満たすほどの強者と戦いたい、自らの性欲の赴くままに女を侍らせたい、ありとあらゆる美食を極めたい、そして街の人々を守りたい。
『欲』の体現者であったギルガメッシュ王だからこその、心から出た説教だった。
「多少なりとも馬鹿な発想でも、大いに自分の中で受け入れろ。それを実現できるかどうかはさておいて、それに向かってただひたすらがむしゃらに走りぬく……そういう時間を作ってこそ、人間は大きくなれる。欲と突飛な発想は、王を目指すなら必須事項よ」
渇望するまでの何か。無論、院の中では一つ。あの子にとっては、無数。一見不可能な願いであっても、願うはただ。実現させたら、それは大きな儲けである。
「……ありがとうございます、王よ」
院はそう言い首を垂れると、またいつものようなギルガメッシュ王の快活な表情へと変わる。
「良い良い! 貴様が来てから、知らないことを教えてもらってばかりだ、それ相応の対価は必要だろう? 遠慮せず、食え飲め! 中年の余が教えられることなら何でも教えようじゃあないか!」
すでに酒はかなり入っているようで、もうほろ酔いのレベルを超えていたために、からみ始めてきた。酒を飲むと厄介なタイプらしい。
「良い財宝の見分け方か? うまい肉の見分け方か? それとも男の効率的な落とし方か!? あるいは閨での腰振りか! 人生経験がある分余は教えられるぞ!! アーッハッハッハ!!」
「ああもう! この時代にはアルハラやセクハラは無いんですの!?」
これより夜が明けるまでの数時間、聞いてもいないことばかりを語り続ける、厄介な飲んだくれが誕生してしまった。院は、呆れ顔でどうしようもできなかった。
しかし、その中でも得られるものはあった。自分自身の内に秘めた悩み、欲深な『彼女』についての答えなど。
酔っぱらいの大人の対応に追われながらも、院の表情はどこか穏やかであった。