「……なんか、碌でもないことを多く思い出してしまったような気はしますが、貴方の力、貸してもらいますわよ、ギルガメッシュ王」
ライセンスを荒々しく認証、装填し、腰に装着する院。
ゆっくりと遮蔽から姿を現した院を、最高のカモがやってきた、とばかりに嘲笑うイスラ。
『なに、一通り整理がついて僕チンの的になりに来たってわけ? とんだドMだよ』
「いいえ、私はこんなところで死ぬわけにはいかないのよ。貴女のような外道に殺されて、それで人生おしまいだなんて……私に力を貸してくれた英雄ギルガメッシュ王に、示しがつきませんの」
無意識に、お互い攻撃態勢をとる。
ガトリング砲の銃弾が院の体に届くか、焔纏う矢がイスラに届くか。さながら西部劇のような、クイックドロウ対決であった。
息が詰まるような数秒。
ひび割れたコンクリート片が、地面に落ちて砕け散った、ほんの一瞬。
院は弓を顕現させ、イスラはアイドリングの一秒を済ませたガトリング砲を当人に向け、己が敵に向け、撃ち放つ。
無論、銃弾の方が到達速度は早かった。しかし、それで終わりはしなかった。
辿り着くと同時に、メラメラと燃え盛る巨大な盾に阻まれてその銃弾がどろりと溶けだしたのだ。
イスラは驚きを隠せていなかった。間違いなく仕留めた、そう自信に満ち溢れていたのだ。
『な、何で僕チンの弾丸が……』
「考えてみれば、分かるんじゃあないんですの」
徐々に焔に包まれ、すらりとした装甲が院を覆っていく。
ほんの一瞬。
その間にできることなど、たかが知れている。
そう、院はハッタリ目的で弓のみを顕現させたのだ。
矢を番え、敵に向けて撃つ間に明らかなハンディキャップが存在する。そのハンディキャップを埋めるためには、能力を行使できる装甲を纏った状態になる必要があった。
速度で負けると分かっているなら、あらかじめ対抗策を無数に張り巡らせておくだけ。
特殊な金属でも使っていない限り、銃弾内部に気化しただけで人体に毒となるガスでも発生しない限り、超高温となった院や弓矢に触れただけでゲームオーバーである。
「動揺という一番の隙を生み出すためには、お決まりを崩すことからですわ。誰が馬鹿正直に獣相手に弓矢で戦いますか。きっちり、自分のすべきことを成すのみですのよ――変身!!」
ドライバー右側のプッシュ機構を押し込み、即座に変身。装甲を纏い、戦える状態にシフトした院は、一気に焔矢を三本つがえて、全力で撃ち放つ。
それを左腕で振り払って、状況を振り出しに戻そうと思考したイスラ。しかし我欲を学んだ院は、己の想像力のままに臨む武器を顕現させる。
それは、灼熱のバックラーに特殊弾を装填したリボルバーマグナム一丁。
(なるほど、武器に関しては……どちらかと言ったら私の欲が反映されるわけではないのね、全くもって面倒くさい!)
飛び上がり、ガトリング砲を雨のように撃つイスラ。戦略を考えるよりも、半ばごり押しで戦うことの方が多いらしい。
『僕チンを汚すな、英雄風情が!!』
形状変化させ、機械の腕で殴りかかる。
しかし院はバックラーでそれをいなし、眉間に銃口を突き付け、引き金を引く。
すんでのところで後ろに反り、銃弾を避ける離れ業をして見せる。
再度撃鉄を起こし、銃を腰部分まで下げ連射の体勢をとるも、二人の考えは一緒であった。
互いの銃口が互いに向き合う。不利なのは言うまでもない。
お互い、相手の方を向きながら徐々に後ずさりしていく。出方を伺い、横に移動しながら隙を見つけようと画策する。
そんな中で、院は地面を思い切り踏みつけ、数発の轟音と共に畳を返すように隆起させる。
『ああもう鬱陶しい!!』
フルパワーで回転させ、高熱を放ちながらぶっ放す。隆起した壁は跡形もなく崩れ去る。しかし、壁が崩壊した後のその場には、院はいなかった。
『分かるぞ……僕チンはあらゆるゲームをプレイしてきたんだ……死体を見るまではその対象を完全に死んだ、と思うなってのは鉄則だ』
銃口をあらゆるところに向けながら、くまなくクリアリング。しかし、その大広間にはどう探そうとも気配が無かったのだ。
しかし、とても冷えてきた。常に片腕のガトリング砲をアイドリング状態にしているはずなのに、場の空気は非常に冷たいのだ。空は重たい雲がかかり、冷風が体を撫でる。身震いして、未だ拭えない不安と対峙する。
そして、その不安は的中する。
空に一筋、炎を纏った巨大な鳥がどこからか飛んでいく。その向かう先は、黒くよどんだ重たい雲そのものであった。
そしてその鳥は追撃を一矢貰い、花火の如く華麗に爆散した。
最初、理解が全くできなかった。その場にいないはずの存在が、何ならゲームの世界でよく見るような存在が、花火のように散ったのだ。
その場に熱が立ち込め、じんわりと汗がにじんできたものの、イスラの中にある審美眼はしっかりと働き、この光景に心打たれていたのだ。
『綺麗だ……』
思わず出たその言葉に応えるように、この場にはそぐわないほど明るい、二人の女性の声が響き渡る。
『あら、私の知る騎士様ではない!? そして綺麗とは、私……イゾルデその一ことキンを呼びましたわね!! ねえシロ!!』
『呼んどらんわアホ、今回はいつもの騎士様と違って、特別ゲスト的な雰囲気漂っとるんや、少ォし大人しゅうしたってやキン……あ、どうもイゾルデその二、シロですゥ』
金髪と白髪の巨乳美女(ただし霊体&かなり喧しい)が院の側に現れたのだ。
「……こんなライセンス持っていたのね礼安……教育に悪すぎますわ」
建物屋上に、院の姿があった。呆れかえった表情こそしていたものの、手に持つものは先ほどとは異なる、雷迸る弓であった。
「手短にいきますわ、お二方」
『あら、地球の方はお堅いのねぇ』
『アホ、ここにおるヤツ全員地球人やろ』
そんな寸劇を挟みつつ、二人を一点に集め一気に弓を弾き絞る。
「低気圧の塊に高温の風を流し込んで……生まれるものは雨以外にもう一つありますわね」
そういわれた瞬間、呆けていた自分を心底恨んだ。その場から立ち去ろうと、脚を動かしたイスラ。しかし、脚は一歩も動かなかった。というより、動けなかった。
下を見ると、熱を持った多量の粘着液。独自の命を持ったかのように足に絡みつき、離さない。
「それは雷。余程の超人でない限り、雷が直撃したら
遠慮なしに矢を放つ。莫大な雷が起こるまであと一手まで迫った、重苦しい雲に覆われた空。そこに莫大な雷のエネルギーを内包した、矢を放ったらどうなるか。
答えは至極単純。
廃墟に、広範囲かつ巨大な閃光が、轟音と共に落下する。
まるで直下型地震が起きたかのように、激しく揺れる。森の生き物たちはざわめき、周辺から一気に逃げ出すほど。
ほんの一瞬の出来事。しかし、そのほんの一瞬で森は燃え、甚大な被害を起こした。
「ふう……かなりのものでしたわ」
雷のエネルギーで自身をコーティングした院は無傷であったが、イスラは言うまでもない。黒く焼け焦げ、もはや先ほどまで生きていたとは思えない。炭の一歩手前、でもあった。
立ち去ろう、と理性は言った。しかし、英雄としての心がそうさせはしなかった。
「確か……丙良先輩からいただいたものが……あ、これですわ」
手にしたのは『黄金の林檎争奪戦!』のライセンス。嫌な予感がする。
「確かこのライセンスに関して何か言っていたような……ま、いいですわ」
『トリスタンと二人のイゾルデ』をデバイスから抜き、新たに『林檎争奪戦』を認証、装填する。自分が装着しても意味は無い、と悟り、炭になりかけのイスラに装着。
見る見るうちに傷や炭化は治癒していき、何故か肌がつるつるになったイスラが返ってきた。とても気持ちよさそうに眠っていた。
(きっと、この子は対人関係でいろいろあってああなったのですわ、どこかあの子を重ねてしまいます)
院はどこか放っておけないイスラを抱え、脱出口へ向かう。その途中、どこからか男のものと思われる、言語化できないような素っ頓狂な叫び声が上がりびくついたものの、何もないことを確認してから足早に去った。
これにより、第三回戦、『陰気の使徒』イスラVS『お嬢様英雄』真来院。勝者は院、多少なり傷を負いつつも、王の教えを胸に快勝した。