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第二十六話

 四つ目の空間は、青薔薇の花弁が散る教会。人々は見えやしない神に許しを請うために、あるいは自身の心の安寧を得るために集う場所。

 しかし、この教会は通常の物とは一味違う。壁を見れば拘束器具、血や肉片がべっとりと付着し手入れをしなかったせいで、完全に錆びついてしまった拷問処刑器具の類が吐いて捨てるほどに転がっていた。

 そう、通常の宗教ではなく俗にいう邪教。「死は救済である」と謳い、数多の罪人を秘密裏に殺害。その影響で、既に殺された罪人が世界中で未だ指名手配中となっている。

 ――なんて裏設定があるものの、その『邪教』のモチーフになっているのが何かは、実に分かりやすいだろう。

 数多の死体の怨念満ちるここに送り込まれたのは、『陽気の使徒』イニングとクラン、そして未だ重傷を負う青木であった。

『――まさかの裏切り者さんかあ……オーナー相当カンカンだったよ? 今からでもごめんなさいした方がいいんじゃあないかな??』

「悪いな、アイツに下げる頭は無い」

 早くも二人の間に見えない火花が散っていたが、青木はそれどころではなかった。怪人体になった状態の利点の一つに、治癒力がある程度高まった状態をキープするものがあったが、それをもってしても傷の修復が追い着いていなかった。血が延々と滴り落ち、戦うことなど不可能であった。

 それに目ざとく反応し、クランに問う。

『……まさかだけどさ、裏切り者さん。その仮にも怪我人に戦わせようだなんて――思っていないよね』

 イニングは四人の幹部の中でも多少スタンスが異なる。人に大層な恨みを持つ非情な三人と、そうでもない一人に分かれる。それこそがイニング。弱者やけが人をいたぶる趣味はさらさらないのだ。

 それもそのはず、彼女は特段誰かに恨みを持っているわけではない。元々、都会に上京してきた田舎者丸出しの存在だったところを、フォルニカに拾ってもらっただけ。フォルニカに対しての恩はあるが、九死に一生の場面で助けられたわけでもないため、忠誠心もそれほどでもない。

 ただ彼女が性悪の男に従っている訳は、奇想天外な毎日が遅れることが好きだから。刺激が好きだから。その中には、戦闘も含まれる。最も活発だからこそ、最も戦士として有望であるのだ。

「……ある意味、貴様にあたったのは、我々にとってはかなりの幸運、と言うべきか」

『クランさん……私はまだ……戦えます』

 そんな青木を見て、イニングは拘束器具を投げ、クランと青木自身に選択の自由を与える。

『流石にね。アタシは……戦いに対してはある程度、誇りをもってやってるつもりだから。オーナーのために戦う、ってのは一切変わらないけど……選んでよ。一人で戦うか、二人で戦うか。もし二人で戦うなら、怪我人でもアタシは容赦しない』

 クランは青木を見る。青木の瞳は強いものであったが、それよりも彼の中の心配が勝った。

「……すまない、少し眠っていてもらう」

 彼女の前で指を鳴らし、一つの催眠を掛け眠らせる。その間に手足を痕が残らない程度に縛り付け、別室に寝かせる。

「――俺も、貴様と同じスタンスで生きている。もとより……俺に関してはただ死に場所を求めていただけ、と言うのもあるがな」

『死に場所、ね』

 長いことこの世界で生きてきた、と言うより仕方なく生き続けていたクランにとって、長いこと満足のいく戦いと言うものは経験してこなかった。因子上、戦いに対して誇りを持っていることに間違いは無いが、そんなこと気にする前に、無理やり生かされていることに対しての絶望感の方が強くあったのだ。

 だが、今は違う。この一連の事件の中で、ある一人の少女と出会ったことで、彼の心境は変わった。

 ある意味、我儘な願いかもしれない。ある意味、当人の意思を尊重しない願いかもしれない。

 それでも、『それが一人の女を泣かせてまで』『一人の女の相棒を心配させてまで』叶えたいほど、重要な願いだったのか。


(私がいる限り、貴方が生きることを諦めないで)


 その答えは、既に先ほど見えていた。自分の内に秘められた英雄との語らいにて、そして礼安の慟哭に揺らぐ心で理解できたのだ。

 答えは、NO。それに、礼安のような将来有望な存在の成長を目の当たりに出来ると考えたら、これからの人生もより良いものになると踏んだのだ。それと同時に、自分もまた停滞していた存在。そんな自分でも、未来へ足を進めたら少しでも現状から成長できると、心で理解したのだ。

『挨拶は、済んだ?』

「まあ、な」

 互いに向き合って、クランはイニングと向き合う。


(生きたいという願いは、無碍にするものでは無いぞ)


 久しく、誰かのために戦うことはしてこなかった。いつだって、自分と自分の中にいる英雄の因子が告げる、本懐を遂げるために戦い続けてきた。

『確か、アンタ死にたいってのが願いだったよね。それ、ここでいいの?』

 不思議と笑みが零れる。笑ったのは、本当に数百年間縁のない行動であったために、クラン自身も内心驚いていた。しかし、これは絶望を希望と誤認しているわけではない。

「――良いわけないだろう? いくら数百年生きていても……少し、やり残したことがあってな。それをこなすためには……そうだな、あと数十年は生きてみたい。だからこそ、お決まりの台詞を言わせてもらおうか」

 今まで、誰に見せるでもなかった、一枚のライセンスを手にする。それは、『ペリノア武勇戦記譚』。それと、ペリノア王がエヴァの寮からくすねた、デバイスドライバー。それを荒々しく装着する。

「ここで死ぬ気は、さらさらないな」

 そして不敵な笑みとともに、チーティングドライバーをわし掴み、荒々しく砕く。それは長い間在籍していた教会との決別を現していた。

『認証、ペリノア武勇戦記譚! IFの世界より生まれた、アーサー王と肩を並べともに戦う、最強クラスの騎士、ここに降臨!!』

 ドライバーに装填し、一人の英雄として戦う覚悟を決めるクラン。

『成程、中々燃えるじゃない。非常に以上に、メラメラと戦意沸き立つこの感じ……最ッッ高に嫌いじゃアない』

 一対の槍を構え、戦闘態勢をとる。一人の敵として、相手として。お互いに完全に戦う者としての表情を決めた。

『行くよ……簡単に死なないでね!!』

 その場を強く蹴り、肉薄するイニングに、その場で身じろぎ一つせず覚悟を決めて起動させるクラン。

「変……身ッ!!」

 丙良の物と遜色ないほど、堅牢な漆黒の装甲を腕部から徐々に纏っていく。礼安の物と類似して西洋鎧であり、ポップデザインに対して大分無骨な堅実デザイン。その分、出力できるパワーは礼安の物とは比べ物にならないほど高く、床のタイルが力を籠める両足によって砕ける。全体的に旧時代的なデザインとなっているが、それはご愛敬。

 変身して早々、槍を両腕でワイルドに受け止める。

「いい、これは良い……今まで陰鬱な気分以外抱くことは無く、ただただ惰性で力を振るっていたが――」

 掴む槍に力を籠め、一瞬にして破砕する。

「実に、良い気分だ」

 数百年間眠り続けた獅子が、ついに笑みを浮かべながら目覚めた瞬間であったのだ。


 一方は無数の槍、もう一方は両手剣一本。この構図を見る限り、強い方は火を見るより明らかである。しかし、それはあくまで相手が手練れでない限り。

 まるで重さを感じさせないような軽快さで、両手剣である『光陰剣こういんけんヴィヴィアン』を振り回す。

 実にシンプルな、片刃の大剣。しかし、丙良の物よりも圧倒的に重く長く、力など籠めずとも自重と地球の重力によって何でもぶった切ることが可能。今のデザインなどかなぐり捨てた、昔に生きた彼らしい簡素なデザインの両手剣である。

 超能力によって遠隔操作された無数の槍を、ヴィヴィアンを振り回して荒々しく粉砕していく。

『全く……アタシはキマイラの尻尾でも踏んでしまったかな!!』

 軽口をたたくイニングであったが、少しでも勢いを弱めた瞬間、迫られる恐怖を感じ取っているがために気など抜く暇はない。

 しかし、一気に地面を踏み込んで迫るクラン。

 焦りの色を隠せないイニングは、急造の歪な槍を剣に合わせるも衝撃を一度受けたのみで粉々となる。

 後ろに吹き飛ばされるも、衝撃を殺しきれず燭台にぶつかり、危機感を肌で感じ取る。

 冷えた汗をかく。呼吸も浅くなる。腕や体、各所に浅いながらも生傷。

 しかし、イニングは心の底から血が沸き立っていた。

 今自分の目の前にいる、絶対に敵わない強者。しかもその当人は、誰かを助けるため、これからの世界を生きていくため、そして久しぶりの戦いを心の底から楽しむため、異性であるとはいえ全力で戦っていた。

 敵わないのなら、せめてこの強者が楽しめるような、最高の戦いをしたい。

『ヤッバ――どんな太い客を落とすよりも、どんなテーマパークに行った時よりも、何なら日々を面白おかしく『無難に』生きるよりも……今この命を削って剣戟している時が、最ッッッッ高に楽しい!!』

 イニングの身と命を削る、より豪華かつ凶暴な槍一本を生成。

 振るうための力は相当にいるが、ひと薙ぎだけで辺りにあった長椅子を、豆腐を切るように易々と切り裂く。

『死なないでね、お互いに』

「誰に向かって言っている」

 お互い、フルパワーの一撃。まるで超重量のダンプカー同士がぶつかるほどの轟音が教会内に鳴り響く。

 ほんの一瞬のつばぜり合い。

 しかし、それだけで戦う者である二人の心は到底満たせない。

 何度も、何度も、交差する強靭な剣と醜悪な槍。

 体中の骨、肉、神経全てが麻痺してしまうほど、野性的に振るわれる両刃。加速度的にアクセルが掛かり、閃の間に振るわれる刃は五十を超える。

 奇跡的な均衡。それは互いのフルパワー同士がぶつかり合うことによってようやく成立する等式。どちらか一方が少しでも力が抜けてしまえば、その瞬間に負けが決まる。

 二人の戦いの中に、変な小細工はいらなかった。少しバランスを崩してしまえば落ちてしまうような、そして落ちた自身の不覚によって死亡してしまうような、危なっかしいバランスの中で戦うモノこそ、二人にふさわしかったのだ。

 現に、二人は笑っていた。命と渋谷にいる人間を守るための、この状況に全く持ってふさわしくは無いが、楽しげに笑っていた。

 互いに、強く握りしめるがあまり血が滲み出してきた。

 それによって、二人の武器は互いの力が作用され、派手に弾け飛び、それぞれ自身の後方へと転がる。

 武器を失った二人が、熱冷めやらぬ二人が戦いをやめるはずもなく、お互い拳を繰り出す。

 それぞれの、渾身の拳。

『「はあァァァァァッ!!」』

 振りぬいた拳は宙で交差し、顔面、頬を二人とも捉える。しかし力の差は歴然で、クランの一撃によってイニングの頬骨や頭骨が砕け、完全に意識が飛ぶ。

 だが、実に心は晴れやかであった。

 教会のステンドグラスに衝撃の勢いそのままに衝突する。まるで爆薬を多量に用意し、そこで発破をかけたかのように豪快な音が鳴り響く。

『あリ――が、トう』

 ガラスが舞い散る音に、かき消されてしまいそうなほどの、イニングのか細い声。しかしそんな消え入る声でありながら、確かに聞き届けたクランは、自身の胸に手を置く。

「――こちらこそ。自身の中にあった……燻っていた心を目覚めさせてくれたこと、心から感謝する、イニング。同じ死地に身を置く者として、敬意を表する」

 深々と礼をし、とどめを刺すことなく別室へと向かう。それが、彼なりの礼であった。もう一度、出来るならどこかで戦いたいという、我欲が表れてもいたのだ。


 青木の催眠を解き、拘束を優しく解く。

「……すまなかった、少々力加減は苦手でな」

『――いいえ、私が足手まといだったのに戦いたいだなんて、無茶を言ってしまったから……』

 自身を卑下しようとする青木に、ゆっくりと首を横に振るクラン。

「……君は、あの少女……礼安に感化されたのだろう? あの、勇気と確たる力のある英雄に感化されて、戦いたいと志願したのだろう? 俺も……あの勇敢な少女に救われたのだ。何も、自分だけじゃあないんだ」

 まるで子供にして見せるように頭を優しく撫で、未だ傷の残る彼女を脱出口までエスコートする。

 しかし青木は、礼拝堂に戻ってすぐ、遠くで意識不明の重傷を負ったイニングのもとに駆け寄る。

『クランさん、手伝ってもらえますか?』

「勿論だとも、この女は近い将来強くなる。もう一度といわずとも、何回でも手合わせ願いたいものだからな」

 それぞれが別々の肩を支え、脱出口へと向かう。途中、誰のものだか分からない奇声、というか叫び声が聞こえ、青木がびくつくも、クランは呆れた表情をしていた。

「あの丙良とやら……何か変なことでもしたか。せっかくの好青年が全て台無しになるような声だな……全く」

 これにて、第四回戦『陽気の使徒』イニングVS『永い眠りから覚めた元英雄』クランとサポーターである青木。クランの真なる覚醒によって英雄として再覚醒、激闘を制しクランの圧勝となった。クランのドライバーに装填されたライセンスに、見えない亀裂が走っていることなど、一切気付くことは無い。

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