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第二十八話

 ビルを数多犠牲にしながら、二人は衝突を繰り返す。

 しかし礼安は一切攻めることなく、相手の激情に駆られた攻撃を捌いていく。

 決して初めて戦った時のフォルニカのように、嫌悪感を持った敵対者の心が読めるわけではないが、何故か先の攻撃が見えたのだ。

 戦闘の勘、か。

 英雄としての地力がそうさせたのか、強者としての能力が礼安の中に芽生え始めたのだ。

(とても、辛そうだ)

 彼に対して、敵対心の類を欠片も抱かない礼安に、激しく苛立つフォルニカ。

『止めろ止めろ止めろその憐みの目をォォォォォッ!! 俺を嫌えェェェェッ!!』

 数多の攻撃用触手を礼安に伸ばし、捕らえようとするも、次々に捌かれる。

 それに対しても苛々しだし、攻撃も粗雑なものへと変わっていく。

 荒々しくも、一本一本の触手を振るう様に一抹の悲しさを感じ取る。


(救いたい)


 礼安の中にあるのは、純粋な願い。そしてささやかな欲望。どれだけの罪人でも、罪の部分以外を一切憎んでいない。

 剣を振るい、触手を薙ぎ払って一気に距離を詰める。

 しかし、フォルニカはそれを許さない。一際大きな触手を用いて、薙ぎ払う。

 ビルの壁に叩きつけられるも、燃ゆる意志の塊は簡単には止まらない。

 そこから勢いをつけ、思い切り飛び出す。幾重もの触手を掻い潜り、自身に伸びてくる触手を何本か切断。

『チョロチョロと鬱陶しいなァ!!』

 感情とありったけの力を込めた触手攻撃。多少なりの情が生まれた今の礼安に避ける選択肢は無かった。

 複数の触手を束ね、怒りに身を任せたその一撃。成すすべなく吹き飛ばされてしまう。速度を一切殺されることなく、ビルの屋上に激突してしまう礼安。

 転がって何とか体勢を立て直そうとするも、フォルニカはその隙を逃すほど甘くは無かった。

 中遠距離から無数の触手による無差別乱打。性別などお構いなしに人体の各所を的確に殴打する。

 何とか防ごうにも、剣一本ではどうしようもなかった。

 胴体、腕、顔面、脚。徐々に立つ力が衰え始め、根性で立つのみであった。

(苦しんでる人を、救いたい)

 気迫のこもった瞳でタイミングを窺う。一番彼を傷つけることなく、一番効率的に現状を打破できる瞬間。

 彼女には戦闘の経験値が無い。そんな中で相手を傷つけて機を見出すことは、救うべき相手を目の前にして出来なかった。

 だからこその、全ての触手が一振りの斬撃に重なる、奇跡的な瞬間。それを体力と根性の続く限り待つしかなかったのだ。

『アハハハハハ!! 結局そうだ!! 力こそ、力こそが俺を救ってくれる!! お前みたいな、どこまでもイカれた奴にも俺は勝てるんだ!!』

 しかし、そんな奇跡的なタイミングは訪れることなく、礼安はその場に膝をついてしまった。流れ出る血は、自身の足元に巨大な血だまりを作るほど。

 呼吸も浅く、誰がどう見てもピンチであった。

『結局、お前なんかに俺は救えない。無力な奴が粋がるのが……一番胸糞悪ィんだよ!!』

 思い切り顔面を蹴り飛ばし、頭部装甲を破壊する。

 頭から流れ出る血の量はかなりのもので、この状態が十数分と続くなら失血死も見えるほどであった。

 それでも。礼安の瞳は死んでいなかった。自身の死が間近に迫っていても、どうしても諦められなかったのだ。

「目の前で……必死に助けを求める人がいるのに……手を差し伸べなきゃ英雄じゃあない」

 芯が折れない礼安に激怒し、触手を纏った拳で仕留めにかかるフォルニカ。

『うるせェ……ああ全く――うるさくてたまらねえよ!!』

 敵対してきた英雄の中でも、今までこういった純度百パーセントの正義感とお人よしの塊はいなかった。そのせいで、拳を振るうのに躊躇の一瞬が生まれてしまった。

 半ば怯えに近い。

 今まで見たことのない存在を見ると、人間は排除したくなる。それによる怯えは、心からの怯え。死を前にしても尚、自分を気に掛けるその心が怖いのだ。


(でも、もう無理かも)



 礼安の根性が尽きようとしていた、その時であった。礼安の中で、声がこだまする。

『礼安、目を覚ませ!!』

 声を上げたのは、他でもないアーサー王であった。その声で、精神世界の消えゆく礼安は立ち止まる。

『貴様は、その程度の継承者だったのか? 貴様の信ずる道を歩むことを、もう諦めるのか!?』

「でも、私にもう体力は残っていないよ、王様……救いたいけど、私じゃあ力不足――」

 そう弱音を吐く礼安に対し、拳骨をお見舞いするアーサー王。ただ痛いだけでなく、その中には根の温かさを感じた。

『誰が貴様だけで戦えといった。私もいるではないか』

「でも……これは私とあの人との戦いだから……頼るのは気が引けるというか……」

 そう言葉を細々と紡ぐ礼安に、もう一発の拳骨。先ほどよりも強くなった。

『いいか、礼安。流儀に酔って価値を捨てるのは三流だ。使えるものは何でも使え。勝ってから、今目の前にいる己が救いたいものを救え』

 礼安はいまだ痛みの残る頭をさすりながら、アーサー王に問う。

「じゃあ――――貴方の力を借りたい……というより、貸して。救いたい人がいる」

 先ほどまでの、弱り切った瞳ではなく、勝ちたい欲望に満ちた、英雄そのものの瞳をしていた。アーサー王は微笑し、首を縦に振る。

『……無論だ。ようやく、誰かに頼れるようになり、様になったな……礼安』


 迫りくる拳を、エクスカリバーで咄嗟に防ぐ。その反応速度は、人体のそれを超越していた。

「ようやく……力をフルに出せる」

 そう言って、最初に相対したサソリの化け物に見せたような笑みを、フォルニカに見せた。

「貴方の罪を、頂戴」

 無意識に、ドライバーの両端を押し込む。すると、今までにないほど礼安の装甲を始めとした全出力が数倍まで向上する。

『超・必殺承認! 罪人を裁く、裁定の聖剣ルーラー・オブ・エクスカリバー!!』

 膨大な魔力を帯び、礼安の意思に呼応するように完全に目覚めた神聖剣エクスカリバーを二度振るい、亜高速の飛ぶ斬撃を生み出す。

 疲弊により、身動きが取れない中でもろに食らう。ビルの屋上から仰向けに落ちていくフォルニカ。

 しかし、痛みを一切感じさせることなく、斬撃が交差する一転に心臓ほどの大きさの漆黒の球体が現れる。

『んだよ、この程度かよ!! 締めにしては大したことないんじゃあねえか!?』

 フォルニカは、道連れによって、引き分けに持ち込もうとしていた。民衆に対し、深い絶望を与えようとしていた。かつて、『自分が味わった』ように。

 しかし、礼安はそれでも目の前の敵を救う意思が変わらなかった。どれだけ汚い一面を見ようとも、彼女に弱みを見せたら最後であった。

「終わりなわけないじゃん」

 ニッと笑って見せ、その場から空高く飛び上がる。その衝撃の余波で崩壊するビル。

「やっぱり……英雄の必殺技と言えば、キックでしょ!」

 もう一度ドライバーの両端を押し込み、魔力を限界突破させる。迸る雷を身にまとい、一気に勝負をつける覚悟を決めたのだ。太陽を背にして力を高めた彼女の姿は、まさに勇敢な英雄そのものであった。

『超必殺承認! その想いは電光石火のようにライトニング・リベレイター!!』

 噴き出す魔力によって速度を急上昇。まさに、雷のようであった。

 その漆黒の球目掛け超高威力の飛び蹴りを放つ。

 圧倒的な雷の魔力、速度、威力。少しでも触手を用いて衝撃を緩和しようとしたが、どれも雷の速度には到底及ばず。

 胸部、その球体に激しく突き刺さる。

 瞬間、フォルニカを通過したその衝撃は、ビル群はおろか地盤ごと破壊する。耳をつんざくほどの轟音に、昔話のティタノマキアよろしく天変地異。

 地面で一切衝撃を殺しきれず、まるで地面が巨大な蓮の花のように変貌していたのだ。

 フォルニカは、その衝撃をもろに食らい、チーティングドライバーを粉々に粉砕される。宙で人間に戻り、落下死してしまう可能性もあったが、礼安が優しく抱きかかえる。

「良かった、無事で」

 ドライバーの画面には、『GAME CLEAR!!』の文字が力強く示されていたのだった。


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