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第四十二話

 翌日のこと。透は学校を休んでいた。

 そのことに、礼安は理由こそわからなかったものの、言い表せない違和感を抱いていた。

「昨日のこと……関係しているのかなあ」

 礼安と共に教室へやって来た院は、事の理由を大まかながら知ってしまった。彼女が抱える闇、それに伴って彼女が歪んでしまった経緯、それを彼女の反応から窺い知れてしまったがために、気持ちは重かった。

「――礼安」

 しかし、大雑把な内容を語ろうとした院は、口を噤んだ。あの暗い事実を打ち明けたら最後、意図せぬ形で約束を結んだ透自身に申し訳が立たない。特に、透は誰かから情けをかけられることを嫌う。言うならば一匹狼のような人物であったがために、ここで自分が彼女の抱える闇を曝け出してしまっていいものか、そう考えていたのだ。

 しかし、相手は礼安。内に秘める隠し事は事実上無効化されてしまう。それは、礼安の秘める闇が成した第六感の影響である。

「……院ちゃん、昨日天音ちゃんを追いかけた後、何かあったんだね?」

「――ええ」

 それだけを聞いた礼安は、慈母のような柔らかな笑みで向き直り、院の肩を叩く。

「それが……天音ちゃんが今日ここに来てない理由になるなら、私解決したいよ。何があったかは知らないけど……事情を欠片も知らなくとも、その人のためになるよう戦うのが、英雄ヒーローでしょ」

 杞憂であった。礼安にそんな些細なことなど愚問であったのだ。助ける助けないと言った、そういった小賢しいことを考える前に『助けている』のが礼安である。

「――では、少々担任の目白先生には心苦しいですが……優等生にあるまじきサボり、といきますか」

 大学等でそういったことを行ったが最後、小賢しく面倒くさい信用問題や、単位の問題が多少絡んでくるものの、それを権力の暴力で解決できる人物が現れた。

「その心配は無いよ、我が愛しの娘二人とも」

 二人が後ろを向くと、そこにいたのは信一郎。急な学園長の登場にクラス中が騒然とする中、手にしているのは紙切れ二枚だった。

「――それ、何ですのお父様?」

「これ? これは『救助証明書』。仮免許カリメン持ってない一年次の生徒や上級生が、学園活動時間帯や学校時間外で人助けしてたよー、これは勉学に関係あるよーってのを証明する、実にクレバーな証明書だよ」

 救助証明書は、基本的に救助された側のサインが必要なのだが、そこには透のサインではなく、学園長自身の達筆なサインが記されていた。

「でもこれ面倒くさいのが、証人連れてくるかここにサイン貰う必要性があるのよ。だから今回は学園長サービスとして、私のサインで済ませちゃお、ってこと。本当はこんなテキトー先生方に怒られるから駄目なんだけどねえ。でも我が娘たちなら、確実にその証人を助け出せるんじゃあないかな、ってこと。信頼の証だね」

 自分の部下である教師陣から、ガチ説教を食らうその姿が容易に想像できてしまうのが、どうも実の親ながら恥ずかしかった。しかし、この二人にとって緊急時の最中でありながらも、心配事などこの世に一つもないかのように、へらへらと笑う学園長の適当さが、この時ばかりは二人にとって心の底からありがたかった。

「日時に関しては、いつ事件を解決するか分からないから無期限にしておいたよ。目白先生も滅茶苦茶渋い顔してたけどオッケーしてくれたし。あとは……二人が救助者としてサインするだけで充分だよ」

 礼安と院はその証明書を受け取るも、信一郎はその瞬間二人に耳打ちで伝えた。

(天音透、あの子が抱える闇はおいそれと払えるものじゃあない。それは分かっていてくれたまえよ、愛する二人共)

 その言葉に、二人は静かに頷くと、信一郎は二人から離れ先ほどの柔らかな笑みを取り戻す。

「じゃ、頼んだよ愛する二人共! 私お仕事が百件くらい立て込んでるから! 目白先生にどうにかしてもらってねー!」

 二人の元を猛ダッシュで離れる信一郎。普段の振る舞いこそアレだが、二人にとって実に頼れる存在であった。

「――お父様、有難うございます」

「パパ、私たち頑張るよ!」

 礼安と院の二人と、二人が合流するとは知らない、一人のお目付け役だけが参入する、透を救いにかかる作戦が、人知れず開始したのだった。


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