丸善の解放した魔力により空間が引き延ばされ、無限ともいえるロビーへと進化。どれだけ逃げようと画策しようとも、出入り口など存在しない。どちらかがくたばるか、それによってこの空間は解放される。
「――へえ、少しでも私のやる気を上げようと頑張って。結構好感高いよ」
『銀行のロビーとはいえ、お互い満足に戦うには……狭すぎるのでね!』
繰り出されるのは、プロボクサーの拳など鼻で笑えてしまうほどの亜音速ジャブの嵐。
信一郎はそれらを未来が見えているかのように、すべて美しく軽やかに避け、自身に被害がいかないように捌きたおす。
緩急を付け、意表を突くためにジャブ以外にフック、ストレートなど様々織交え一気呵成に攻め立てる。
「すっごいね、通常六十でそこまで動けないって。ボクシングフィットネスのインストラクターとか、セカンドキャリアとしてお勧めするけど?」
『それは――興味深い提案ですね!』
丸善の繰り出す拳が、不可解にも次第に速度を上げていく。
(――何か、裏があるな?)
信一郎はとっさにガードを解き、隙を作り出す。丸善の拳が顔面へと迫る中、さらに急加速。その瞬間に、スウェイで回り込む。
『タネを見破ろうとしているなら、無駄ですよ』
すると、丸善の側面にスウェイしたはずの信一郎の体が、『なぜか』丸善の拳の前に瞬間的に移動されられる。
信一郎の顔面に、丸善の亜音速の拳が突き刺さる。骨を砕くような不快音こそならなかったものの、衝撃の瞬間に分厚い鉄塊に風穴を開けた時のような、耳をつんざく爆音が響き渡る。
『何か考えがあったのでしょうが……全ては無駄なことなのです』
満足している様子であったが、しかし。巨大な拳の向こう側から信一郎の快活な声。ダメージなど一切負っている様子など感じさせない、否、『感じていない』ような。
「いやはや、これは結構面白い。君ほどの地位にあると、まあまあな能力を貰えるんだねえ」
その瞬間、後方へ退避する丸善。これはある意味生物的本能のようなものかもしれない。生命を守るための、戦略的撤退であった。
その場に立っていたのは、無傷の信一郎。あれだけの爆音を生じさせるほどの一撃を受けておきながら、一切の些細な傷なく、そして攻め立てる意思など感じさせることなくへらへらと笑っていた。
「君の能力について。ざっと答え合わせ……しちゃっていいかな??」
静寂に包まれるロビー。それを肯定の意ととらえた信一郎は、静かに語り始めた。
「――考え付いたのは、二つ。単純な『肉体強化』か、ほんの少しの空間を『削り取る』能力か。まあ後者の可能性の方が高いかな。起点となる瞬間は興味ないから特に考えてなかったけど……面白い
瞬時に判断する力、そして理解する力。総じて『見る力』が尋常ではなかった。
あれだけの速度感で殴られていれば、拳が衝突するインパクトの一瞬、その間に加速している、なんて理解できないだろう。
「お互い年の問題もあるし、魔力でのアシスト、ってのも考えたが……そうなると瞬間移動の謎は解けない。どちらにせよ、自分の自慢の拳を叩きこみたい、ってこだわりを成し遂げるために大ヒント与えちゃあダメでしょ」
『――なるほど』
通常、あの
「でも批判ばかりじゃあない、評価点もあるよ。あのラッシュ中の削り取りはうまいと思ったよ。ああいうやり方だったら、あと二分ほどは能力理解を遅らせられただろうね。それこそ……学生諸君には少々荷が重い相手となっただろうねえ」
笑いかける信一郎に対し、丸善はと言うと。喜びに打ち震えていたのだ。
自分の自慢の拳を封じられたことによって精神がおかしくなったわけではない、相手している存在がどれほどの存在かは、重々承知していたためである。
丸善は、こうして信一郎と戦えていることに、何より喜んでいたのだ。
たとえ、明確なダメージはおろか、かすり傷すら与えられなくとも。こうして立ちはだかれていることに、うれし涙すら浮かべてしまうほど。
『――ああ、やはり貴方は素晴らしい。現役時代からずっとそうだった』
「……まさか、現役時代からの熱狂的なファンだとか? だとしたらお宅の神様涙目だねえ、信仰対象が敵の親玉だとは」
そう、丸善にとって信一郎は……『原初の英雄』の存在は、何より『誇り』であった。