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第七十五話

 『原初の英雄』として日本各地で悪事を働く輩を成敗し、あらゆるメディアに取り上げられた信一郎。丸善もまた、そうなりたかったのだ。

 丸善は、当時新卒新入社員として、現代の荒波に立ち向かっていこうとしていた。しかし、結局は酷い上司にこき使われ、精神と肉体を摩耗していった。人生に絶望し自殺を図ろうとしていた時に、その上司が怪人として目の前に現れた際に咄嗟に現れ、圧倒的力により退治。

 冷徹、冷静、冷血であった彼の姿を見て、まさに憧れの対象であった。

 その後、信一郎が全世界に発表した情報の一つ、『因子』について気になっていた丸善は、即座に専門機関に受診、自身も信一郎と肩を並べたいと思ったが故の行動であった。

 しかし、結果はハズレ。英雄として活躍することはおろか、英雄を志すことすら許されてはいなかったのだ。

(何とか、何とかなりませんか!?)

(我々に、『法を破れ』と? ……せめて、法外なことを求めるなら、法外な金額くらい用意して当然でしょうに。これだから貧乏人の相手は反吐が出る)

 どれほど志高かろうと、世間の誰もが『持たざる者』に冷たい。結果、丸善は世間への不信感を募らせ、どん底へと落ちていった。

 やがて借金まみれとなっていく丸善は、あるタイミングで宝くじを拾う。しかもその宝くじは、今自分にある借金を全てチャラにできるほどの当たりくじ。それゆえに、金に救われた丸善は、徐々に金に対して執着するようになっていった。

 『教会』へと入信し、金欲に執着していた丸善は、埼玉支部へ配属される。あらゆる辛酸を飲み干してきた丸善にとって、汚れ仕事など些細なこと。どんなことでもやってきた。

 その貪欲さから鰻上りに役職を昇進させ、グラトニーの側近ともいえる存在にまで相成った。

 しかし、それは本当に金に対する執着だけだったのか、と言われたら……無論違っていた。

 英雄を志していた彼にとって、信一郎の存在は光そのもの。そんな存在にどんな方法を用いたとしても近づき、やがて自分が殺す。どれほど敗北を喫しようとも、いつかは力をつけ憧れを超える。

 その歪んだ欲が、丸善の心を支配していった結果。丸善は英雄の卵をあの『ホロコースト事件』により捕縛。多額の金と英雄の卵の命を以って、因子の脱法移植を行った。意趣返しと言わんばかりに……自分を『貧乏人』と罵った医者のもとで。

(――こ、これで因子は移植した。満足か)

(――ええ。実にいい気分ですよ)

 秀でた力を得た丸善は、移植を担当した医者と、その手術にかかわった医者を全員殺害。報復はそれで完遂した。世間への長年の恨みはそこで少しばかり晴れた。

 それこそが、丸善がここまで人生と言う戦場で戦えた理由であった。

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