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第七十六話

『――私は、英雄になりたかった。貴方と共に、背中を預けあいながら戦いたかった。それこそが、人生の最大目標だった』

「…………」

 眼前の歪んだ憧れを抱いた存在に、憐みの目を向ける信一郎。そう成り果てるまでに、どれほど泥水を啜ったか、容易に理解が出来るために、特段責め立てることはなかった。

『それゆえに……私は貴方の子供……特に滝本礼安が許せなかった。現役時代の貴方を彷彿とさせる、まっすぐな正義感……しかし、あの普段の馬鹿な立ち居振る舞い。英雄を志すには、本当に甘すぎる思考。非常に……腹立たしい』

 資格すら与えられなかった者と、資格を自覚することなく半ば成り行きで入学した者。

 運命の悪戯とはいえ、丸善にとって礼安のことは殺したいほど憎たらしかったのだ。あの入学式の一件で、よりそれが顕著に。たかだか、高尚な意識も無い七光りが入学しているように見えて。たまらなく不快で、憎たらしい。

 人間のマイナスの感情をソートし、それら全てを大鍋でごった煮。それが礼安への感情であった。信一郎には『憧れ』を、礼安には時を経るごとに肥大化していく『殺意』を。

『存在が憎たらしい、さらに現役時代の貴方と重なる部分が、非常に多い部分も憎たらしい。蛙の子は蛙、と表現するべきでしょうね。もし叶うなら……あの礼安とか言う小娘ではなく私があなたの子供として生まれたかった』

 そんな酷い感情を吐露する丸善に対し、信一郎は『笑った』のだ。怒るでも悲しむでもなく、ただ高らかに笑ったのだ。

「そこまで思ってくれんのは結構! うちの子に対して殺意抱いてんのも結構だ! それこそ私たちと君たちの関係性だからな、実に健全だ!」

 そんな信一郎が、一瞬にして豹変した。今まで微塵も感じさせなかった殺気で、ロビーフロアの広々とした空間を圧し潰していく。今まで満面の笑みだったはずなのに、怒りをむき出しにしていたのだ。

 まるで、今まで笑顔の好々爺といえる面をつけていたはずが、一瞬にして面が切り替わって般若の形相となったように。その代わり要は、中国の伝統芸能の一つである、変面を彷彿とさせる。

「――――で?? 部外者であるお前が、我が子の在り方に文句がある、と??」

 信一郎にとって、自分を褒め称えられたり、貶されたりすることは別に構わない。それによって普段の立ち居振る舞いを変えることは一切ない。ただ笑い飛ばすだけで、すべてが片付く。

 しかし、これが自分の愛する存在に向いたとしたら。親として、一人の男として黙っていられるほど、信一郎は大人ではなかった。

 だからこそ、似た者同士の親子なのだ。礼安や院の怒りの沸点と、信一郎の沸点。鏡合わせのごとく、全てが同一なのだ。

「お前が、あの子の身にどんなことがあったか、そういうことは一切知らないだろうね。それは十分に理解した。まあたかが他人だし、普通は理解していないのが当然の話だ。そこに関しては変わらないが……だとして、親の目の前で我が子を侮辱するとか――――どういう了見だ??」

 先ほどよりも、圧倒的に語気が強くなっている信一郎。殺気で並の構成員なら殺せてしまいそうなほど、場を圧し潰していく。現に、丸善の屈強な肉体は、圧に屈して既に跪いている。その場に超重力でも渦巻いているかのように、少しでも気を緩めればひれ伏してしまいそうであった。

「――もし、この侮辱で私に全力で戦ってほしいなら、それはお前の予想通り。今ならある程度の力を以って交戦することも、やぶさかではないよ」

『――ああ、貴方を目の前にした瞬間の圧。あの糞野郎も……こういう気持ちだったんでしょうね。底知れない絶望感、まるで死刑執行を間近に控えた、十字架を背負う死刑囚のような心地ですよ』

 だからと言って、丸善は抗戦する意思を無くしたわけではない。そう、恍惚そのものであった。殺意を向けられているこの状況こそ、彼自身が望んだこと、臨んだ状況そのものであるのだ。

 ファイティングポーズをとり、薄気味悪く笑んで見せる丸善。その瞬間に、その場に満ちていた殺気が一息に霧消する。信一郎は理解してしまったのだ、この男の策略に乗せられたことを。

 決して、丸善が口にした感情に嘘偽りはないのだろう。礼安を憎たらしく思う気持ちも、信一郎に対して強い憧れの感情を抱いているのも。

「――面白いな、お前。自己満感情MAX状態で、私怒らせてダイナミック自殺を考えるとは。私の気持ちを完全に利用してなんて……銀行勤務と汚れ仕事で人心掌握術でも学んだのかい?」

『……かも、しれませんね』

 回りくどい、と思われてもいい。この対立構造こそ、第一希望の夢が叶わなかった者の第二希望の未来。

「――ご希望通り、久々に変身してあげよう。そうして……」

 胸元に、現役時代から長く使い続けてきた、旧型のデバイスドライバーを構える。力強い勢いのままに、下腹部に装着するとヒーローライセンスを構える。

「その夢が叶った、人生史上最高の喜びを噛み締める暇なく、叩き潰すか――じっくりしっかり夢を味合わせてやるか……『嫌な方』選ばせてあげよう、クソ面倒臭い――愛すべき古参ファンよ」

「嫌な方は――――無論、前者でしょう」

 信一郎が認証し、手にするライセンスには、緑と黄色の飛蝗二匹と、紅の鍬形一匹がデザインされたもの。

『認証、原点ゼロに至る物語! 皆の心に宿る英雄たちイマジナリー・ヒーローズよ、集え!!』

 荒々しく装填すると、信一郎の周りに現れる、実体をもった昆虫たちの巨大な鋼鉄のビジョン。飛蝗二匹は地面を破砕しながら跳ね回り、鍬形は辺りに寄り付かせないよう超高速で飛び回る。

「――変身」

『GAME START! You Are SUPER HERO!!』

 不敵に笑んで、ドライバーの両側を荒々しく押し込むと、それぞれのビジョンが信一郎と機械的に融合、やがて現れるのはスマートな装甲アーマーに身を包んだ信一郎であった。

「過激かつイカれたファン。そんな残念な奴の願いを残酷に叶えてやれるのは、私の――いや、『俺』の役目かな」

 紅、深い水色、黄色の三色を首元のマフラー型装甲の色とし、赤色の複眼じみた装甲と拳部分を作り上げる深い水色の攻撃装甲、そして背に複数備えた、飛蝗の後ろ足のように脚部を折りたたんだかのような形状の、くすんだ黄色の加速機構。それ以外を白銀の装甲で覆った、原点の英雄の立ち姿。悪人は、その姿を見ただけで死を覚悟するという。

「『俺』がこの姿になったら名前が変わる。それは、理解しているよね」

『――『アーマード・ダブルオー』!! 待ちわびていましたよ、貴方のことを!!』

 憧れの存在が眼前に立つことが、信じられなかった。随喜の涙を浮かべながら、チーティングドライバーの上部を二度押し込む。

『Killing Engine Re/Ignition』

「只今より、怪人・丸善富雄の『処刑』を執行する」

 処刑の執行、その普通なら避けるべき文言の言語化。それ即ち『アーマード・ダブルオー』の怪人に対しての、現役時代からのルーティン。彼の信条として、絶対に殺しはしない。怪人としての一生を終わらせるために、どれほど相手が憎たらしくとも一撃で終わらせる、有情の証である。

『ああ――これで良かった!! ようやく……念願叶う!!』

 実に嬉しそうに、無防備に『ダブルオー』へ駆けていく。自慢の拳に込めた歪んだ魔力を、必殺技として撃ち放つため。

 最後まで、ファンでありながら敵であり続ける。そんな強固な覚悟を抱く者に、敬意を表する信一郎は、両側を再び深く押し込む。

『超必殺承認!! 究極の一撃アルティメット・インパクト!!』

 丸善の必殺の拳を真正面から受け止め、宙へ勢いよく蹴り飛ばす。

 残像によって、信一郎が数十名に増えて見えるほどの超スピードで迫り、さながら集団リンチかのように、目で追う事すら許さない乱打を叩きこむ。

 次第に、丸善の胸部に、光指すことすら許さないほどの漆黒の球体が現れる。

「お前の罪を、『俺』が裁いてやる」

 残像が一点に集まり、稲妻迸る飛び蹴りが、その球体を易々と砕く。それと共に丸善の肉体を捉える。圧倒的衝撃により、骨は豆腐のごとく崩壊する。

 地面もまた、衝撃を一切殺すことを許されることはなく、地盤がひっくり返るほどの衝撃を食らった結果、開ききった蓮の花のように超広範囲に渡り完全崩壊。

 銀行の煌びやかかつ落ち着いた雰囲気のあるロビーが、たった一撃により廃墟以上の荒廃した大地と化したのだ。

「ファンミーティングってのは現役時代経験してなかったが……悪くなかったかもな」

 わずか、一分足らず。信一郎が変身し交戦した時間はその程度。超必殺技待機状態からこの崩壊を生み出すまで、たった五秒。

 旧型デバイスドライバー・『デバイスドライバー・シン』には『GAME CLEAR!』の文字。変身を解除しながらぼやく信一郎は、困ったように笑って見せた。

 これにより、『『教会』埼玉支部兼壇之浦銀行副支店長』丸善富雄と、『英雄学園学園長兼『原初の英雄』』滝本信一郎の戦いは、過激なファンのヘドロのような感情を受け切り、あまつさえ夢を叶えて見せた信一郎の完全勝利と相成ったのだった。



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