旧型デバイスドライバーを懐にしまい込み、怪人化が解除され無力状態にある、丸善の隣に腰掛ける。
まるで爆心地の中心のような場所で、二人佇むその状態は、丸善にとって夢同然の状態であった。
「――まだ、夢見心地状態かい? 今ぱっと見一張羅のスーツ全部おじゃんになって人生どん底、みたいなもんだけど」
紳士然としていた丸善は、髪も服も肉体も、全てがズタボロとなった状態にあった。実際問題、信一郎がある程度応急手当を施さなかったら、死亡もあり得る状態であった。
それでも、どれほど傷を負った状態であったとしても、丸善にとっては夢が叶った状態であるため、どうでもよかったのだ。今多量の札束を何千本も用意されたとしても、一切靡かないだろう。
「……ええ、気持ちのいいものです。全てを失って、普通なら絶望に打ちひしがれるでしょうに――――貴方と拳を交えられたことが、何よりもの歓びです。……とはいえ、貴方は『ある一件』を除いて全力なんて出したことないでしょうが」
「ご名答、今回も全力を百としたら……一、出していればいい方じゃあないかな?」
丸善は瀕死、信一郎はスーツのほつれ一つすらない無傷そのもの。対照的な二人であった。
「……君、本当不思議なもんだよ。『憧れ』と『憎しみ』をしっかり同居させた、実に面倒くさい感情持っておきながら……それに準じながら生きはするが、願いのために命投げ捨てようとする危うさすら孕んでいる。感覚が青い……と言うか、若いね」
「六十年……内四十五年ほど。貴方のために人生を棒に振ってきたのです。今更どうということはありませんよ」
六十歳であるものの、心は英雄志望の若さを保っていた。結果歪んでしまったものの、その願いはこの場を以って達せられた。
「――君の心は実に厄介だけど……憧れられるのは悪くない。もしお前に因子があったら……本当に私の隣で戦う存在になったかもね」
信一郎は何事もなかったかのようにすっくと立ちあがり、この場を立ち去ろうとする。顔を実際窺ったわけではないが、どこか名残惜しそうな雰囲気を感じ取った信一郎は、名刺ケースから自分の名刺を一枚、丸善へと渡す。
そこには信一郎の連絡先が記されていたものの、そこに追加して彼は胸元からサインペンを取り出し、速記で自慢のサインを記す。この場で、世界で一つの名刺を作り上げたのだ。
「この案件が片付いたら、君ら埼玉支部は全員ブタ箱行きだろう。でも……もし獄中できっちり刑期を全う、さらに模範囚として頑張っていたら、ここに電話しな」
サインを貰えたうれしさと、語られていることの謎が相まって、複雑な表情をしていた丸善。そんな彼にも分かりやすいように、柔らかな笑みを湛え握手を提示する。
「もし、まだ気持ちがあるんなら。私が少しくらい英雄としての稽古をつけてあげよう。それが頑張ったファンへ、私ができる数少ない返礼だ」
現行の法だと、絶対にちゃんとした英雄にはなれない立場にある丸善。そんな彼を少しでも救うには、何よりもの得策であった、
「あ、模範囚であるって嘘ついたらこの約束はナシね。全国の看守長たちと私マブだから、嘘ついたら一瞬でバレるよ」
涙が溢れる丸善。どれだけ道を踏み外しても、ふざけながらも受け入れようとする信一郎の心意気に惚れていた。
「確かに、脱法移植したことや多く人殺害している点は駄目の極みだけど……その憧れを芯にした心まで否定できる奴はいやしない。曲がったことは清算しきれないだろうが……それでも全うに生きたいって意志があるなら、私がドロップアウトした人の受け皿になってあげよう」
「ああ……ありがとう……ございます……!!」
年甲斐もなく、子供のように泣きじゃくる丸善。そしてそんな子供を優しく宥める信一郎。
英雄サイドと『教会』サイドの、奇妙な繋がりが生まれた瞬間であった。