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第七十八話

 一方、壇之浦銀行ゲストルーム二階。そこでは院が敵襲に備え佇んでいた。上階にエヴァを見送ったのち、どこかに敵の気配を感じ取っている院は、炎で出来た弓と矢を携えながら、二階を索敵していた。

(それにしても……妙ですわ。建物の構造上、ここまで『広い』ことはあり得ないのですが)

 院たちが二階に上がりきったタイミングで、妙な魔力の流れを感じ取っていた。それは丸善の空間拡張の効果もあるだろうが、それ以外の違う脈動を感じていたのだ。

 そして、不自然にも明かりが消えていた。ロビーの明かりはしっかりとついていた中で、ここだけ完全消灯、と言うのは違和感でしかない。

 炎の弓と矢、そしてライセンスの力をもとに簡易的な炎の力を操って、暗い室内を彷徨っていたのだ。院自身は、暗闇を怖がらない力強さがあるのだが、礼安はこういった一寸先は闇のような状況が少々苦手である。故に、ここにあてがわれたのはある種正解かもしれない。

 足音を立てることなく、索敵を続けている中で、少し開けた部屋に辿り着く。そこには、テーブルの上に胡坐をかいて座る男が一人。間違いなく、二階をここまで不気味にした人物であった。

「ようこそ壇之浦銀行へ。融資のご相談かな?」

「融資などいらないくらい、私の実家は『太い』ので結構ですわ」

 冗談めいたようにおどけて見せる男。テーブルの上から軽々と飛び降りると、部屋の明かりを蹴りで乱暴につける。

「俺は『教会』埼玉支部所属兼壇之浦銀行次長、東仙空木トウセン ウツギ。得意分野はパルクール、ボルダリング。そしてナンパかな? 以後お見知りおきを、ってか。金持ちのお嬢さん?」

「――挨拶、ご丁寧にどうも。真来財閥次期当主、英雄学園東京本校一年一組所属真来院ですわ」

 けらけらと笑って見せる東仙。また部屋に魔力の脈動を感じ取った院は背後を振り向くと、入り口が完全に封鎖されていた。

「――ハナから、私を嵌めるつもりでして?」

「人聞き悪いなあ、『案内した』って言ってくれるかい?」

 魔力の脈動の正体は、まさにこの二階の融資相談・応接フロア全体を生物のように蠢かせ、律儀に自分のもとに案内した、東仙の技であった。

「昨今……あいやもうちょっと流行は廃れたか? エロトラップダンジョンのようにしても良かったんだけど……どうせなら健全に遊びたいな、ってさ」

「前回の案件といい今回の貴方といい下品な輩しか『教会』にはいませんの!?」

 理不尽な状況に置かれることの多い院は、どうもストレスがたまる一方。らしくもなく語気を荒らげる。

 そんな院に対し、「心外だ」と言わんばかりにブーたれる東仙。

「ちょっと、そう言った行為はしないって言ったばっかりじゃあないか!? じゃあ分かりやすくこうするしかないか――!」

 すると、東仙は手元で印を組むと部屋全体が形状変化していき、やがて足元が常時不安定な数百メートルはあろう超高所へと変化する。

 思わず足がすくむ院に、彼はまるで運動神経抜群な小学生がアスレチックで遊ぶように、片足立ちをしたり逆立ちをしたり、不安定な足場で自由奔放に遊びまわる。

「なーに、実は俺そこまで腕っ節が強くなくてね。さらにチーティングドライバー渡されてはいるけどアレ使うの嫌いなんだわ。何だか脳みそ引っ掻き回されるような気味悪いのがどうあっても好きになれねーのよ。だから――別の方で勝負しようじゃあねえかってね」

 東仙は宙に手をかざすと、そこに現れたのはホログラム。慣れた手つきで院の前に提示する。

「俺から提示する対決は……肉弾戦じゃあなくて、『競争』だよ」

 対戦ルールはシンプル、現在地点から『目的地』に向けて競争する、という内容。崩れやすい設計の障害物や、一見飛び移れなさそうな場所に存在する透明な床など、現実世界ではありえないギミックが多種多様である。

 反則行為はなし。もし高所から落ちたとしても、しっかり上り直せる。使えるものを駆使しつつ、先にゴール地点に辿り着くことが全てである。

 しかし、ある程度の高所から無策に飛び降りるか落ちて、死亡しても何ら責任は問われない。結局は死と隣り合わせのデスゲームである。

「まあ俺は荒事が苦手だが、君は仮にも英雄だ。変身して俺を殺しに行くでもいいぜ。まあその際――俺はそれも運命だと無抵抗で受け入れるがね」

「――貴方、少々性根が悪いのではないのでして? 無抵抗の人間を傷つけようだなんて……道理に反しますわ」

 「あっそ」とだけ言い残すと、スタート地点に立つ東仙。恐る恐る、同様に横に立つ院。

 眼前に現れる、ホログラムのカウントダウン。

『5、4、3、2、1――――』

 ゼロになる、その瞬間。地面にぽっかり穴が開き、院の体は宙に放り出されたのだ。

「――へ?」

 東仙は院が素っ頓狂な声を上げ落ちていくほんの一瞬、なぜか悲しそうな顔を向けたものの、すぐさま切り替わり性根の悪そうな笑みを浮かべながら、勢いよくスタートしていくのであった。

「お先だよ、英雄ヒーロー! ゲームフィールドである以前に、ここは俺が作った世界だし、邪魔しちゃいけない、ってルールはなかったはずだぜー!」

「貴方本当にいい性格してますわねー!!!!」

 地球の重力を感じながらの自由落下、地面への距離が近づき死を間近に感じ取る瞬間、事前にギルガメッシュのライセンスを装填しておいたドライバーを装着、荒々しく起動させる。

「変身!!!!」

 咄嗟に変身し、辺りの壁に対して力任せに拳を叩きこんで、自分の肉体を何とか支える。とはいえ数百メートルほど落ちてしまったがため、底の見えない暗闇が、院の内にある恐怖心と自信を嵌めた東仙に対する怒りを煽り立てる。

(あンのヤロウシバいて地獄Hell見せてやりますわよ!!)

 銀行の一室が変貌し、無機質な状態から一変した奇妙な空間。そこで、どちらが強いか、と言うよりは暴力を伴った競争が始まった瞬間だった。



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