パルクールやボルダリングは、ニュースなどで競技シーンをほんの少し見る程度で、一切造詣が深くない院であっても、僅かなとっかかりから上に登っていく動作くらいは、装甲の補助もあり可能。
そのためか、常人をはるかに超える処理速度でより効率的なルートを割り出し、より高みへ上ることは容易であった。
(しかし、妨害があったとは言え……これだけでいいとは、少々有情では?)
以前敵対した存在が悪意そのもののような存在であったがために、少々感覚がマヒしているような状態であったが、脳内に疑問符を浮かべる院の不安は、すぐさま的中することとなる。
建物内に、唐突に現れる東仙。事前に本人が言った通り、チーティングドライバーにて変身してはいないものの、院ほどの低所にいる意味が分からなかったものの、その理由はすぐさま体で理解できたのだ。
軽妙なボルダリングを行いスタート付近の上部へ辿り着く、ほんの一瞬の油断。
そのタイミングで、手をかけていたはずのグリップ部が消失。
「なッ……!?」
そして壁が隆起、拳型に変形し、彼女の腹部に強烈な拳を叩きこむ。
虚を突かれた院は、防御すら間に合わず、隣にあった土製の家屋に突っ込んでしまう。
(まるで丙良先輩の技のよう。となると……あの東仙とやらの魔力性質は土……?)
魔力探知に秀でており、何より賢い院は、繰り出される攻撃の一つ一つを精妙に分析。即座に打つ手をリストアップ。しかし。
「君、結構計算高そうだ。頭働かせる前にお邪魔しちゃうよ?」
家屋全体が脈動、地から複数の人型の意思なき土塊が出来上がる。
(是が非でも遠距離戦をさせないつもりで……実に厄介ですわ)
院の得意とする
複数の土塊が、院を効率よく追い詰める。
彼女の死角から、拳を繰り出したかと思えば、別の存在が避けた先にハイキック。しかしそれを寸前で避けても、三人ほどが同時に拳を叩きこむ。
人には、それぞれ力のリミッターというものが存在する。どれほど怒り狂っていようと、人を殺めるまでの力は絶対に出さない。リミッターを壊した時、それ即ち対象への殺意を実行するときであるからだ。人によって最初からこのリミッターが壊れたものがいるが、それはごく少数のサイコである。
そして、この土塊たちはまず生命も、意思も何もかも持ち合わせていない、
すべての人もどきが、脳内を共有しているようなもので、繰り出される攻撃全てが寸分違わず噛み合っていく。それがたまらなく厄介極まりなく。
一対多、しかもその多における存在が脳内を完全共有して寸分違わぬ行動が出来るのなら。その状況下において勝利できる確率が高いのはどちらであるか、火を見るよりも明らかであろう。
肺を損傷した院は、息を酷く乱しながら部屋の隅に追いつめられる。
(――これは、実に不味いですわ。どうやって逃げ出すか……それが何より熟考すべき事柄ですわ)
あの旅館から逃げ果せたのは、正直礼安の影響が強い。院よりも圧倒的な身体能力と装甲と英雄の力を存分に生かし、自分たちは今こうしてこの場に立っている。
それだけに、院は自分の弱さを痛感している。
確かに、先日の事件を解決した功労者の一人ではあるが、それは礼安が寸前に渡したトリスタンのライセンスの影響が強い。自分の力でどうにかした、という要素は少々薄い。
(……正直、ここで死ぬわけにはいきませんが……どうも打つ手がなくなってきました。どうするべきでしょう……『英雄王』)
院の内に眠るギルガメッシュは、うんともすんとも応えない。
それが、この現状を打破できるきっかけであることは重々承知している。だからこそ、ここであきらめる選択肢は無かったのだ。
「少々泥臭くはありますが……失礼致しますわ!!」
院はその土塊と戦うでも、ましてや東仙に直接立ち向かうでもなく。家屋の壁を壊し、宙へ身を投げ出したのだ。
その彼女がとった行動は、東仙も困惑させた。
「馬鹿、そんだけ高いところから落ちたら――!!」
その東仙の言葉に再び疑問を抱きながらも、院は自分の中に眠る『英雄王』を無理やり起こしにかかる。
(応えて下さいまし……いや、さっさと応えなさい『英雄王ギルガメッシュ』!! これは私の命を担保にした、命令ですわ!!)