次第に、院の周囲が白い空間へと包まれていき、落下の勢いのままその空間の床に激突する。まるでギャグ漫画のように人型の穴が出来るわけではなかったが、潰れた蛙かのように、あるいは玩具のスライムを壁や地面に叩きつけた時のように、無様にへばりついていた。
『アッハッハッハ!! 余にここまで腹を抱えさせ笑わせたのは貴様が初めてよ!!』
「それが死にパクった人間に向けて言い放つ最初の言葉でして!?」
今、どんな状況に置かれているのだか、正直分からなくなるほどの軽妙なやり取り。まるで夫婦漫才である。夫婦では無いのだが。
一通り笑い転げた後、院の前にどっかりと座り込むギルガメッシュ。
『今更、余にいちいち許可を取るほどの、浅い仲ではないだろう』
「――そうでしたね、割ともうかなり長い付き合いですわね」
院が因子の存在に目覚めたタイミングは、礼安とは異なり中学一年生ほどのこと。最初はその知名度、存在感からおっかなびっくり接していたものの、一年ほど経過したタイミングから『そこまで恐れないで良い、余の友になることを許すぞ』とだけ語ると、関係性は少々改善された。
「――それで、今度こそ正式に力を発揮したいのです。『本契約』、とでも言いましょうか。いい加減、上辺だけの力には飽き飽きしまして」
『そうか、いくら余の力とは言え断片程度では限界が生まれるか。失敬失敬』
「貴方の気まぐれ武器セレクトにも少々面倒くさくなったのも事実でしてよ」
『え!? あれ結構面白くないか!? 余、ああいうシステムのゲームが好きでな!』
何とも引き締まらない空気感に、院は睨みと咳払いを以って場を制する。院にとって、今は四の五の言っている暇はない。
『――では、望むものは? もしくは、己の内に秘めた欲望の姿は?』
ギルガメッシュが院に問うと、院は至極当然、といった様子で答える。
「――――『己の誇りを、護るため』ですわ。礼安が笑っていられる……そんな場所も、存在も。礼安の居場所を守ってあげられるのは、私だけですわ」
優しいようで、かなりのエゴイズム漂う願いこそ、院の願いである。
『……それほど、あの少女が気になると?』
「気になるだの、どうこうだのという次元の話ではありませんわ」
礼安は、底が見えないどころか、一寸先すら見通せないほどの深い闇を抱えている。いつか、彼女が壊れてしまうのではないか。そういう危険性は常に理解している。
だからこそ、自分が少しでもその壊れてしまう危険性を和らげてあげたいのだ。誰かを守る、そういう話以前に礼安を守りたいのだ。
きっと彼女はかなりの強さを持っているため、自衛は出来るだろうが……もし物理では防ぎようのない、人のヘドロのような醜さを孕んだ精神攻撃を食らったら、礼安がどうなってしまうかは今も分からぬまま。
だからこその、院の願いであった。どれだけ自己の欲塗れであっても、今まで不幸な道を歩んできた彼女に、そして幼いころ姉妹だと分からなかった頃に、自分に手を差し伸べてくれた彼女に対する、精一杯の『恩返し』であった。
『――願いは理解している。その覚悟を示す上で……貴様はどうする?』
本来なら、ここまで踏み込んだ話はしないだろうに、長いこと付き添ってきた彼女の覚悟を見定めるべく、少々ばかり意地の悪い質問を投げかける。そして院は、その質問に対して不敵に笑って見せたのだ。
「――無論、私の命など惜しくはありません。あの子の平穏のためだったら、命など惜しくはありません。笑いながら切腹でも何でもしてやりますわ」
その目に、一切の淀みや嘘偽りなし。もはや狂気とも表現できる、その愛情を院の内に見出したのだ。そう判断したギルガメッシュは、ゆっくりと立ち上がり院の肩を優しく叩く。
『意地の悪い質問をして悪かった。余、反省。だが――あの少女には貴様の存在は必要不可欠であろう。安易に死ぬなど、決して許さないだろうし、語ることすら許さないだろうな。だから……あの少女のためにも精一杯余の力を振るえ。余が許す』
そういうと、ギルガメッシュは院の肉体と溶け合っていく。それと同時に、装甲や院自身の肉体の、確かな『高まり』を実感したのだ。
「――ありがとうございますわ、英雄王。貴方の力……存分に活かしきって見せますわ」