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第八十五話

 三階、重役接待エリア。『教会』関係者や埼玉県の重役がこの場に集い、互いの利益を考えカネのやり取りを行う場所である。その影響か、この場所で行われるのはカネのやり取りだけではなく、接待のためにストリップショーを行うこともある。

 よほどやり取りを見られたくないのだろうか、窓は一切の光を通さない遮光性抜群のものであり、外から中を窺い知ることは容易ではない。

 さらにフロア全体が完全防音となっており、『どれだけ』のことを行おうとも認知することはできない。その『どれほど』がどういったことなのかは、想像に任せるとしよう。

 ひときわ巨大な会議室、そこには『教会』埼玉支部のあらゆる行いが記されているコンソールがひとつあるばかりで、エヴァの探索はすぐに終了した。特に誰がいるわけでもないこの状況に、疑問を抱きながら。

(これだけの重要証拠をむき出しに置いておくのは……不用心が過ぎる。絶対に何か裏がある)

 そう警戒し、デュアルムラマサを取り出し、辺りに殺気をばら撒くも、それに反応する者はいない。もとより、人の気配など微塵も感じられないのだ。

「――――ということは、このコンソール。わざと置いた可能性が高い、ってことか……。何か見られたくないものはここには一切置かず、逆に『見せてもいい情報』しか入っていない、と」

 正直、これまでの証言や自分たちが集めた証拠から、嫌なものしか想像できなかった。しかし、それがタイプする指を止める理由になどなりはしない。

 いつでも応戦できるように、腰にライセンス装填済みのデュアルムラマサを携え、デバイスと共にそのコンソールから情報を抜き出し、自分とデバイスに記憶させていく。

 無機質なタイプ音しか聞こえない空間。馬鹿に静かであった上に、その静寂が耳につく。

 少しでも気分を紛らわせるため、礼安たちとの思い出を想起しながら作業する。

「――始まりは、偶然ともいえるものでしたね」

 独り言交じりに、あの入学前の出来事を脳内に呼び起こす。あの時は限界オタクのような感情をむき出しにしていても、嫌な顔一つせずふるまってくれた礼安のことを、まるで天使のように思っていた。

 しかし、そのあと神奈川支部との戦いの中で、苦悩し、それでも多くの人を守るため前に進むことを決めた。芯の強い、将来有望な英雄であることを理解したのと同時に、彼女に対しての恋愛感情を自覚した瞬間でもあったのだ。

 礼安のことを考えるたび、自身の頬が緩むのを自覚している。それは埼玉内で事実上のデートをあのショッピングモールで行った際。自分で服を買ったことがないお嬢様であり、人のあらゆる感情に実は乏しいことをそこで知った。

「――正直、あのバックボーンがあったのを知ったのは、あの事件以降でした。少しでも支えになれれば……とも思いましたが、どうにかできるのでしょうかね。私なんかに」

 無機質なタイプ音が終わった瞬間。それ即ちデータの吸出しが完了していたのだ。

 早速、ことの悪事やら自分たちの情報やらがごちゃ混ぜになったデータを、皆に送ろうとした矢先。眼前のデバイスに信じられないものが映っていたのだ。

「え……これって……!?」

 そこに記されていたのは、天音家について。過去から現在に至るまで、しっかりとした家系図が記されていた。透やあの七人の子供のうち一人以外すべてにバツ印がつけられており、自分たちがまったくもって知らない情報の濁流が起こっていたのだ。

「――なぜ埼玉支部のコンソールの中に、天音さんの家系図が……!?」

 その疑問に答えるかのように、闇からひっそりと現れる存在がいた。

「お嬢さん、埼玉支部の情報に、何か疑問でもあったかい」

 その声の主の方に向き、腰に携えたデュアルムラマサに手をかける。そこに現れたのは、エヴァにとって信じられない顔をしていた。


「ら、礼安さん――!?」


 そう、その人物の表情は紛れもない礼安そのもの。礼安にどす黒い悪性が追加されたような、妖しい雰囲気を纏っており、情報処理を脳が拒むほどに見た目が礼安そのものであった。



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