「あ、ああ…………」
透が今まで殴り飛ばしていたのは、他でもない変貌してしまった青そのもの。力が劣っていたのも、戦う意思がほとんど感じられなかったのも、全て説明がついてしまう。
『ゴメ……ンネ……ネエ……チャ……ン。ヤク……ソク……マモレ……ナカ……ッタ』
「謝るなよ青!! もう……もう喋るな!!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙を、弱弱しく拭って見せる、青の変わり果てた姿。表情こそ窺い知ることが出来なかったが、実に穏やかなものだっただろう。
『オ……レ……ココニ……置イテ……イッ……テ』
青が望むことは、グラトニーを打ち倒すこと。自分を介抱することではないと、透の腕を弱弱しくもどかそうとする。ほんの少しではあるが、人間としての意思が残っているのがより性根の悪さを表していた。
「これからも……輝かしい未来に生きるんだろ!? 『教会』の奴らに中指立てて――幸せになって見返してやるんじゃあないのかよ!!」
魂からの慟哭。それはそれぞれの最も辛い人生を共有していた、仮とはいえ家族だった者への叱咤激励である。意識が今にも別世界へ旅立とうとしている、青への精一杯のエールであった。
だが、この状況を作り上げたグラトニーは外道であった。再び青の意識を消すと今度は内に凶暴な獣の人格をインストールされたのか、うなりながら透らを殴り飛ばす。
「――嘘、だろ」
透にとっては、かけがえのない家族そのもの。その家族が、今まさにたった一人の身勝手によって、意識を殺された瞬間を目の当たりにしてしまったのだ。
繰り出されるラッシュを何とか回避しつつも、いくつか被弾。生身で受けてしまったがために出血がひどかったものの、青が相手だと知ってしまったショックが大きかった透は、変身できずにいたのだ。
その状況を何とか変えようと、剣崎と橘が武器に変身し、透の腕を操作し、必死に鼓舞する。
『ここでトーちゃんが死んだら、どうなるんだよ!!』
『ウチらが、あの子を救わないと……『家族』じゃあないだろ!!』
もし、ここで自分たちが食い止められなかったら。あれだけ自分が生み出した問題に巻き込んでしまった礼安は、肉体的に傷つくことだろう。あれだけの実力者であっても、結局は数の暴力には敵わないだろう。
そしてもし外に出たとしたら、信一郎が自分の家族であっても容赦なく粛正するだろう。抵抗する間もなく、あれだけの信一郎の強さであったら、恐らく一撃。遠野ダイヤを粛正した時のように、自分たちに稽古をつけてくれた時のように。
情けなど微塵も感じさせず、冷徹かつ正義に生きる信一郎だからこそ、一撃で終わらせるだろう。
ゆえに自分しか、優しい終わり方を迎えさせられる存在はいないのだ。
「――悪ィな、ケンちゃん、タッちゃん。仮にも英雄志望たる、俺の信じる『最強』の道から……ブレそうになったさ」
家族だから攻撃できないのではなく、家族だからこそここで止める。
それこそが、仮とはいえ家族であり続けた、親代わりとして当人たちと接し続けた、天音透としての宿命であり、責務であったのだ。
「けどよ……俺以外に青を止められる奴はいない。送ってやれるのに適した存在はいない。もし間違ったことをしたなら、間違った道に進んでしまったのなら……正してやれるのはたった一人。他でもない、『俺』だ」
再び、ドライバーを起動させる透。
「青、お前をここで親代わりとして止める!! 子が犯してしまった間違いは、俺が拭ってやる、俺が責任を取ってやる!! それが――――」
一瞬の静寂。それは怪人も同じ。深層意識に、僅かながら青の人格が残っている証であった。それが、透にとって何よりもの救いであった。
「それが、『家族』ってもんだろ」
思い返すのは、本当に幼いころの断片的な記憶。透の本当の両親と、『あと一人』。それらで紡ぎあげる、本当の『絆』と『愛』の形。愛も、絆も、温かさも。全てを早くに失ってしまった子供たちを、少しでも日の当たる場所へ連れ出したかった、透の不器用な愛情。
透の涙を覆い隠すように、透自身に装甲が展開されていく。
拭うことなどできやしない、そんな中で。透は多量の涙をこぼしながらも、自分の手で終わらせることを願ったのだ。
「二人とも……少しばかり離れていてくれ」
二人はすぐさま武器の姿から人間の姿へ戻り、一歩下がった。それは、透一人が全て背負う覚悟を示したのだ。思うところがあった二人は、異を唱えようとするも、透は二人を優しく抱きしめたのだ。
「……俺は、不器用だからよ。誰かと一緒に十字架背負うって思考はねェんだ。悩みを抱えて苦悩するのに……巻き込みたくねえ」
礼安のことを言えない、彼女もまた不器用な『お人よし』であった。
「だからよ、見ていてくれ――俺の姿を」
そんな提案をした彼女の声は、ひどく震えていた。恐怖や、悲しみ。様々な感情をミキサーでかき回したように、複雑であった。
そんな透を、引き留めることは――二人には叶わなかったのだ。こう言ったら最後、透は言っても聞かないことを、長年共に過ごしてきて理解しているからだ。
だからこそ、二人が彼女にかけられる言葉はたった一つ。
「「――分かったよ、行ってらっしゃい」」
その言葉と共に、透はドライバー両側を押し込む。必殺技で、一息に決着をつける気であった。
『超必殺承認!!
宙へ飛び、九人に分身。それらが、瞬時に飛び蹴りの体勢を取る。
「はあぁぁぁあああああああああッ!!」
怪人はその必殺技に抵抗しようとしていたものの、残された意識が怪人の抵抗を解く。まるで、全身で受け入れるような体勢を取ったのだ。
透を除く八人の分身体が、一点に収束。全ての衝撃が一点に集まった時、それは尋常でないほどの破壊力を生み出す。残酷なほどの、最後の手向け。
しかし、力を緩めるようなことはしない。青が残された意識の中で、確かに透に望んだのだ。この戦いを、終わらせることを。
涙をぼろぼろと流しながらも、威力そのままに怪人をはるか遠くへ弾き飛ばすと、怪人は爆発四散。そのタイミングで、しっかり笑いながらも青は完全に死亡した。
その場に崩れ落ちる透。それと共に、変身は自然と解除されていた。透のドライバーの画面にも、怪人を撲滅完了した証である『GAME CLEAR!』の文字が表示。今のこの場においては、ただの皮肉であった。
これにより、「スラム生まれであり新生天音家長男」天音青と、「英雄学園東京本校一年一組所属」天音透の戦いは、姉であり自身の親である透に、怪人と成り果てた自分自身を止めてほしいと懇願し、悲しき決着を果たし、透の辛勝と相成った。