『ホロコースト事件』が起こる、かなり前のこと。幼少期の透は、自身に出来た可愛らしい妹である明を、目に入れても痛くないといわんばかりにいたく可愛がっていた。その頃はまだスラム落ちしていなかったために、実に幸せそのもの、家庭は順風満帆。両親も、透も明も、その幸せがいつまでも続くものだと考えていた。
しかしある時、父親が何者かによって嵌められた結果、家を失い、多額の貯金も失い。結果としてスラム落ちした。その犯人こそ、グラトニーそのもの。
その嵌められた経緯は、実に自分勝手なものであった。
グラトニーがまだ『教会』を信仰する以前のこと、新規ビジネスを立ち上げようと天音家の父に融資の相談を持ち掛けたのだ。その頃のグラトニーは成金、というには素寒貧で、おまけに他人を欠片も信用していない。自分が上に立ち、誰かを見下すことしか考えない
天音家の父は銀行マンであり、業界内でも敏腕の持ち主であった。互いに政党の利益の生まれる融資を何より望んでおり、次期支店長ともいわれた逸材であった。
しかし、その融資を願う内容が、あまりにもひどかった。新規ビジネスの内容としては、今存在するスラムの人々を馬車馬の如く働かせ、社会貢献させるとのこと。しかも、その結果生まれるのはただのやりがいのみ。明確な賃金すら払う気のない守銭奴そのものであった。
さらに人を人と考えていない異常思考の持ち主であり、それが人を奴隷化し自分の思うままの傀儡を作り上げる、そんな新たなビジネス……という名の新興宗教顔負けの洗脳行為を行おうとしていたのだ。
対等な人間など存在しない、全て自分よりも下の人間しかいない。それほどの思考を持っていたのにも拘らず、自分では何のアクションも行わない、真性の屑であったのだ。
(今存在する社会のゴミ。それらに経験を積ませ、箔を付けさせる。その後成長していく彼らから『お礼』としてまた多額の金を貰う。そしてこのビジネスが成し遂げられた際には……貴方にも相応の謝礼を渡しましょう。そして私の力であなたをさらに有名にすることも……やぶさかではありませんよ)
しかし、そのグラトニーの提案を、天音家の父は断ったのだ。
(人のことを皆、貴方の思い通りとなる傀儡と思わないでいただきたい。確かに利益の生まれる環境は望ましく、我が銀行としても誇りです。しかし、人のことをなんとも思っていないような外道に、貸す金などありません。お引き取り願います)
その天音父の正論に、理不尽にも腹を立てたグラトニーは、捨て台詞としてありとあらゆる罵倒をぶつけた上に、呪詛のようなものをぶつけたのだ。
(いつか見ていろ、お前のような下種には、『しかるべき報い』を食らわせてやる!!)
その時は聞く耳を持たなかった父であったが、数日後驚きのニュースが飛び込んできた。どこに垂れ込んだのか、ただのガセネタを出版社にタレこみ、強制的にその座から引きずり落としにかかったのだ。その時からAIを用い、写真や情報を捏造したグラトニー。
天音父を、秘かながら疎ましく思っていた存在の多くを巻き込んだ、虚偽に塗れた一大旋風であった。
いくら虚偽の情報であったとしても、銀行としてはその疑惑にある人物を匿い続けるリスクというものがあったのだ。結果、天音父は銀行から見捨てられ、これを勝機だと考えたグラトニーは、天音家の何から何まで、全てを奪ったのだ。