そこから年月が経ち、スラム街で細々と暮らしていた天音家はおろか、そこに住む多くの人を巻き込んだ、歴史上最悪の虐殺事件の再来といわれるほどの事件、『ホロコースト事件』が起きた。
それを起こした理由は、自身に恥をかかせた天音家を徹底的に潰すため。他は正直死のうともどうでもよかったのだ。だから体のいい理由として、最近噂として耳にしていた『レジスタンス』首謀の容疑をかけたのだ。物的証拠など一切なし、ただ復讐のために罪と偽りの証拠をでっち上げたのだ。
父と母は、透と明を絶対に生かすためにも、逃がす選択肢を取った。いわれのない罪を被せられようとも、それでも子供を守り抜く、親としての使命を取ったのだ。
透にとって、急な命のやり取りなど理解しがたかった。というよりは、分かるはずもないだろう。いきなり何者かによって不幸のどん底に叩き落され、さらにそのどん底の地盤すら砕け散りさらに落ちていく。その絶望は誰にでも理解できるものではないために、透の心は理解を拒んでいたのだ。
しかし、そんなものは「甘え」だ、とも言わんばかりに、目の前で嬲り殺されていく両親。その時の苦悶の叫びたるや、未だに透の脳裏に焼き付いている。痛覚が全力で使命を果たしているのと同時に、自分の娘たちを絶対に守り通す、そんな親としての使命を果たすべく目の前の現実を、身をもって教えている瞬間であった。
肉が裂ける様子、鮮血が辺りに飛び散り、血だまり以外の場所の方が珍しく感じられる地獄そのもの。何としてでもこの絶望から遠ざかりたい、その考えは容易に打ち砕かれる。透と明はその教会関係者に捕らえられてしまったのだ。
しかし。明は透を守ろうと大人たちの前に立ちはだかったのだ。まだ年端もいかない子供だっただろうに、胸には恐怖や絶望しか無かっただろうに。
(お姉ちゃんは……私が守るよ!!)
自らを鼓舞するように、今なお増長していく恐怖心を抑え込むように。
それは『原初の英雄』――つまるところ最強の存在である『彼』の
結果、ほんの一瞬で無力な明は殺害されてしまった。透の目の前で、マシンガンを無数に食らってしまい、文字通りの蜂の巣状態に。それ以来、トラウマが過ぎるようになってしまったのだ。
自分が弱かったから、自分の両親は目の前で拷問、惨殺されてしまった。
自分が弱かったから、何の罪も犯していないはずなのに平穏な暮らしを壊された。
自分が弱かったから、あのグラトニーに歯向かえなかった。
自分が弱かったから、自分が守るはずの妹が、目の前であっけなく殺された。
グラトニーは、逃げる透をわざと逃がしていた。それはトラウマを呼び起こし、相手が死にゆくまで、徹底的に全てを奪ってやろうと考えたためである。
逃げ果せた、あるいは逃がされた透は、家族への贖罪のため『最強』を志した。自分が弱かったのなら、自分が『最強』になればどんな奴にも負けない。絶望に塗れた幼い透が行き着いた、究極の結論であった。
透と剣崎と橘、そして東仙と七人の子供たち。それが『ホロコースト事件』の生存者たち。スラム街に住まう人は数百はいたはずなのに、たった十数分の『粛正』によってそこまで減ってしまった。自分の復讐のことしか考えなかった外道により、凄惨な事件が起きてしまったのだ。しかし、事実は捻じ曲げられ、美談として埼玉全土に広がってしまったのだ。