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第百話

 頬を捉える、全力の拳。雷の魔力を纏った拳が、人間の反応速度を優に超えるスピードで、一発でありながら叩き込まれたのだ。

 誰もかれも、理解が出来なかった。グラトニーも、透も、子供達も。礼安ですら、意図してやったものではない。

 ただ、眼前の畜生が、とにかく許せなかったのだ。礼安の無垢な正義感が、心からのお人よしさが、ただただ許せなかったのだ。

 殴られた瞬間、ふいに子供から手を放し、雷の速度のまま鋼鉄の壁に叩きつけられたグラトニー。通常あり得ない現象が起こったために、そしてあり得ないほどのダメージに、慌てていたのだ。

 そんなグラトニーを殴り飛ばした礼安の拳は、三か所ほどの解放骨折により多量の出血。しかしそんなことなどつゆ知らず。グラトニーに対しての怒りが膨れ上がっていた。

「――――何が、何が『復讐』だ!! 身勝手な自分が招いた結論に、勝手に怒っているだけなのに!! 自分の思い通りにならないからって、他人を殺害なんて……絶対に許せない!!!!」

 エヴァから学んだ、『復讐』の理由。誰かの上に立ちたい、優越感のための『復讐』。きっと、グラトニーの根底にあるどす黒く淀んだ負の感情。

 人間の感情たる『復讐心』をあの電車内で学んだ礼安であったが、いざ最悪かつ外道じみた人間の身勝手な心を見てしまうと、怒りが収まらなかったのだ。

 自分が全ての理由であるはずなのに、自分を理由だと認めようとしない、駄々をこねる子供じみた言い訳。さらにその言い訳だけならまだしも、そこに大量の殺人教唆の罪。さらに大量殺人の後もその被害者に対しての、卑劣なほどの借金の水増し、そして要求。

 自分が肥えることか多量の金に塗れることしか考えない、たちの悪い政治家も顔色を悪くするほどの吐き気を催す『邪悪』そのものであった。

「天音ちゃんが……スラムに住んでいる人が、貴方に何をした!? ただ懸命に生きていただけなのに、そしてまっとうな仕事をしたはずなのに!! それを自分が少しでも否定された瞬間に、否定されて当然の主張を否定されただけで、当人のいたって普通な日常を汚していい訳ないだろ!!!!」

 その礼安の激昂は、自分の境遇にもあてはまるだろう。礼安は、それは「別にいい」と言ってしまうだろうが、彼女もまた自分以外の誰かが傷つく姿を見たくないために、排他的行為を受けた人物である。ただ、相手が自分を気に食わないために、多くの被害を被った。

 透は、そんな礼安の怒りに、救われていた。それぞれのやったことに間違いはない、スラム街の人々も、両親も、明も。そう言われているようであったのだ。

 間違っているのは、グラトニー自身。それはうっすら理解していたが、結局は自分の罪悪感に帰結してしまう。目の前で全てを奪われた、弱い自分が悪い、と。

 だからこそ、目の前で自分の代わりに激怒する存在が、たまらなく輝いて見えたのだ。

『貴女みたいな……そんな人生というものを欠片も知らないような、甘っちょろいガキに何が理解できる!? 大人の世界というものはお前らが思うより何倍も複雑怪奇!! 私の『ビジネス』を邪魔する道理はないはずだ!!』

「――――何が……何が『ビジネス』だ!!」

 透はそんなグラトニーの苦し紛れともいえる言い訳に、待ったをかけた。絶望のどん底にいた彼女が、限界ともいえる精神状態で少しでも異を唱えられるようになったのは、他でもない礼安の影響。弱弱しく立ち上がりながら、多くのことが脳裏に過りながら、透は礼安のもとへ歩き出したのだ。

「――――俺たちは、多くの被害を被ってきた。それはあくまでも家族を守るため。家族の安寧を保つため、今よりも酷くならないためだ。あの時、お前に両親を、明を目の前で見るも無残に殺されて。のうのうと生きているお前がとにかく許せなかったが……全ては残された子供たちや剣崎と橘のためだった」

 しかし、結果は違う。己の私腹を肥やすためだけに借金は水増し、払えなくなったら暴力で従わせる。昨今のヤクザですら、そこまでのあくどい、稚拙な行為は行わないだろう。どこまでも外道な行いを甘んじて受け入れたのは、ひとえに子供たちのため。自分よりもいい人生を歩んでいってほしい、そんな親心からである。

「……結論は、実にシンプルだった。お前みたいなクソ野郎に、どれほど酷い行いをされようと、行き着く先はこうでしかなかった。自分の行いがゆえに、そうなったってことをお前みたいな自己中心的な奴は理解できないまま……俺らに打倒されるんだ」

 礼安の隣に並び立つ、透。その手には、デバイスドライバー。

 礼安は目線で気を配る様子を見せたものの、透は何も心配はいらない、と、黙ったまま頷いた。そのサインを静かに受け取った礼安は、使ったはずの『黄金の果実』ライセンスを右手に持ち、右手の解放骨折状態を一瞬で直した。臨戦態勢はバッチリである。

『――債務者ブタ風情が……我々債権者ブリーダー相手に歯向かってんじゃあねえぞこのドブカス野郎がァァァァァァッ!!』

 ようやく露わになった、グラトニーの本当の顔。実に傲慢で、強欲グラトニーの名をそのまま体現したかのように歪む。もととなった『弁慶』の力を飲み込んでいくように、怪人態を晒している中で、さらに魔力を伴いながら変貌していく。

 薙刀『岩融』状の武器や体の大まかな特徴はそのままに、背中には無数の武具が追加。鎧は邪魔だと言わんばかりに、上半身のもの全てを崩壊させている。顔と腹部に主な歪みが集中しており、全てを飲み込もうとするその異形はまさにブラックホールかのよう。歪な風の魔力を纏いながら、涎を垂らして礼安たちを食い物にしようとしていた。

『女なら身ぐるみ剥いで臓器売買モツサバキ奴隷化ウリよなあ!? 俺のために金をじゃんじゃん生み出せ!! それか子供ガキ孕むくらいしか能の無ェ劣等性別なんだからよお!!』

「――呆れたぜ。手前の私腹を肥やしていただけじゃあなく、徹底的な男尊女卑たぁな。堂々たる性差別なんざ、今の時代流行んねぇぞ」

「――透ちゃん、行ける?」

 その礼安の問いに、黙って頷く透。それ以外に、何もいらなかったのだ。

 お互いドライバーを下腹部に装着、数多の思いを背負った二人は、即座に起動させる。

『認証、アーサー王伝説!!』『認証、サイユウ珍道中、猿の巻!!』

「「変身!!」」

『『GAME START! Im a SUPER HERO!!』』

 攻撃迫る中、二人同時に変身。装甲展開によって全ての攻撃を弾き去りながら、土煙の中から出でるは、装甲を纏った二人であった。


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