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第百三話

 後に残るは、爆心地のように荒れ果てた地下施設と、怪人への変身が解除され、礼安と透の二人に怯え力なく後ずさるグラトニー。礼安は透を見守りつつ、二人は変身解除し透のみがゆっくりと追いかけるのみ。

「ま、待ってくれ!! 負けだ、私の負けを認める!! 借金も完全になくなっただろう!?」

 それでも、二人の歩みは止まらない。

 そう、それでも信一郎が振り込んだ借金分の金に関して、まだグラトニー自身に利がある状態である。それがどうしても許せなかったのだ。

「わ、分かった!! 今日限りで支部は畳む! 何なら壇之浦銀行も畳む!! 当事者たちに金は帰っていくだろう!!」

 それでも、透は無言でグラトニーを追い詰めていく。

「そ、そうだ!! 詫びを入れればいいんだろう!! 私が悪かった、どうか許してくれ!!」

「――――ちっげぇだろうがよ!!」

 透の渾身のスマッシュが、グラトニーの顔面にクリーンヒット。鼻を始めとして、骨が複数個所折れたような鈍い音と衝撃と共に、その辺に転がるグラトニー。

 感じたことのない、透の拳による痛み。自分は好き放題振るってきたものの、結局は権力で黙らせてきた、その分の反動が今まさに訪れていたのだ。

「痛い……痛いよォ!! 誰か、私を助けてくれェ!! 金ならいくらでもやるからァ!!」

 実に見苦しい眼前の男。しかもこの期に及んで、まだ金にものを言わせ自分だけ助かろうとする、浅はかな心情が見え透いていた。もう、それだけの何かがこの男に残っているわけでもないのに。

「――そりゃあこの世、金で大体何とかなんのは認めるよ。でもよ……金でテメェの人望は買えたかよ。誰かを陥れたかりそめの安寧は、金で買えたかよ。誰にでもあるだろう確かな愛情は、買えたかよ?」

 しかし、答えはNO。その理由は、今まさに男の眼前に立つ存在が示しているのだ。

 確かに、金があれば大体の物事は穏便に済ませることができる。満足な学びは提供されるだろうし、満足に肥え太れる。もし自分が大病を患った際も、満足な医療を適切なタイミングで受けられるだろう。起業だって、融資関係なしにどうにかできるだろう。

 しかしどうだろう、今のグラトニーにあるだろうか。誰かから望まれる人望も、誰かを恨めしく思うことのない安寧も、誰かに向ける愛情も。

 初めから、完全に欠如していたのだ。自分にとって信じられるのは金だけ。だからこそ、誰かを自分のために利用することを、屁とも思っていない。人に裏切られたから、そう言った心打たれるバックボーンなしに、彼はナチュラルボーン。正真正銘のクズ野郎であったのだ。

「結局は、テメェの好き勝手に、他人を付き合わせているだけ。お前に、誰かの上に立つ資格なんぞねェし、多くの人間の命を弄んでいい資格なんて、元からねェ」

 先ほどまでの戦いの中で張っていた声も、今では何もかもが冷え切っていた。眼前に存在する、妹弟たちの仇であったがために、許す道理も、かける情も一切ないと考えていた。

 しかし、これが以前の透なら、礼安たちと出会っていなかったら。きっと、ノータイムで殺していた。修行の成果を、存分に生かして。

「――だからこそ、今この場で。俺の口座に戻せよ、学園長の金。そして今までさんざ騙くらかした埼玉の人たちに、満額全部返せ。んで黙ってブタ箱に入れよ、そうすれば半殺しくらいで見逃してやる」

「で、でもそうなったら、私は終わってしまう!! 更生するなんて――――」

 そう言い訳を取り繕うグラトニーの顔面を、もう一度フルパワーでぶん殴る透。出血なんてお構いなし、今まで好き勝手された分の恨みをここで晴らしていたのだ。自動回復なんて権能チートになど頼らせない、それほどの怒りであった。

「痛いのは嫌だよな、グラトニー。だけどよ、俺ァよ……あの子たちの今まで負ってきた痛みの分、お前にやり返すくらい余裕なんだぜ」

 目が完全に座っており、その風体から「殺してもいい」覚悟を感じ取った。殺そうが殺すまいが、透には関係ない。通すべき筋を通すまで、ここから逃がさない鋼の意志。

「わ、分かった……金を今、全部返そう……」

 グラトニーは端末を振るえる指で操作し、金を手当たり次第に送金していく。その画面を見ていく限り、指示通りに返していた。

 最後には、透の銀行にしっかり満額送金されていた。そこには、学園長が返した分と透らが今まで渡していた分、そして覚えのない金が数百万ほど。

「――送り終わった、迷惑代も込みだ……だから私を逃がしてくれ!!」

「ああ……逃がしてやるよ。テメェのふさわしい場所にな」

 最後に、手切れ金ならぬ手切れの一発と言わんばかりに、こめかみ辺りに全力の回し蹴りを一発ほど。その一発でグラトニーは完全に白目を向き、泡を吹き沈黙した。

 背の方に回していた手には、苦し紛れのスタンガンが握られており、あの状況に置かれてもなお抵抗する意思があったことに驚きを隠せていない礼安と、十年ほどの腐れ縁であったために理解できてしまった透。

「――コイツはこういう奴だ。最後の最後まで足掻く、まるでゴキブリみたいによ。金持ち以前に、コイツはだいぶ貧乏だったらしくてな……だからこその、ここまで意地汚く『生』と『金』に縋ろうとするんだろ」

 礼安は、清々したといえる表情の透を見やり、微笑んで見せた。

「――――『復讐』は、出来た?」

「――――ああ、気楽で凄ェ爽やかな気分だぜ。正月の元旦一発目、雲のかからない美しい初日の出を見られたみたいによォ」

 これにより「『教会』埼玉支部・支部長兼壇之浦銀行支店長」グラトニーこと金目重三カネメ ジュウゾウと、「英雄学園東京本校英雄科一年一組所属」天音透と瀧本礼安の戦いは、数多くの卑劣な手段で戦力を削ごうとしていた中で、礼安の身を挺した初めての『怒り』を見せたことで、心の熱が再点火した二人。眼前の屑を打倒すべく、一糸乱れぬコンビネーションを見せ、生き汚い抵抗などさせないままに、二人の勝利と相成った。


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