その後、すぐに多くの人々が埼玉支部の崩壊を喜んだ。しかしそれは、今までの拠り所を無くすのと同意義であった。故に、喜び辛い人もしばしば。それは、元強硬派の人々がほとんどであった。自分たちで選んだ道でありながら、後悔がないわけではない。今までの平穏な日常が唐突に崩れ去ったら、それは誰であれ悩ましいものである。
しかし、この場にいる人間で、唐突に信じられないことを言い出す男がいた。
それは、埼玉支部の人間を警察に引き渡して、娘たちと今後について談笑していたどこぞの学園長であった。しかも、今まさに娘たちと話していたことが、その行き場を失った埼玉の人々たちについてであった。
「そうだ皆さん! 学園都市に、来ませんか?」
その提案主は、礼安だけではない。埼玉の現状を何より理解していた透たちも、それに賛同していたのだ。
「無論、これは希望者だけでいい。元々、俺らは同じ県内でいがみ合っていた存在だ。居づらいならここに留まる選択肢もある。その場合でも、ここの学園長サマがどうにかすんだと。どうするね、元強硬派」
透のその目は、敵対する者に向けるものではなく、実に柔らかなもの。今まで敵対していたとは思えないほどに、優しさに満ちていた。それを察した元強硬派の人たちは、申し訳なく思いながらも学園長の提案に乗った。
しかし、全員ではなかった。それは、あの旅館の仲居含めたもの。薙刀を傍の従業員に預け、礼安たちのもとに歩み寄る。
「――正直、その提案は嬉しいですわ。でも……ごめんなさい。私たちは……埼玉を愛しているか、誰かから託されているかのどちらか。それを無碍にするわけには、いきませんの」
その仲居の言葉に、優しくその手を握る礼安。
「……大切なもの、なんですよね。もう亡くなってしまった旦那さんとの……大切な思い出のこもった旅館、なんですよね。大切なものですから、あの旅館のすばらしさを世に広めていってください! お料理も美味しかったですし!」
「――礼安さん。貴女には、随分酷い対応を取ってしまい……申し訳ありません。仲居として……失格でした」
そんな仲居の後悔している表情を見て、黙って抱きしめる礼安。優しすぎる彼女に、次第に涙が零れ落ちていた。まるで年齢が逆転したかのように、後悔と謝罪の言葉を漏らしながら、ただただ礼安の腕の中で泣きじゃくる女。
ここに、埼玉の未来を巡る争いが、完全に終結した瞬間だった。
全ては、愛国心ならぬ愛県心が招いた出来事。当人らの埼玉を思う気持ちを、あの屑に利用されたこと。今の形に至るまでに、人の精神の歪みはあっただろうが、そして迫害もあっただろうが、結局それを生み出し、肥大化させたのはあの男。
故の、ノーサイドであったのだ。
学園に帰還してから、学園長が行ったことは。多額の資材を投じ、埼玉からやってきた人々を受け入れ、新たな仕事や店を作り上げることだった。信一郎はかねてから、馴染みやすくローカル色の強い店が欲しいと考えていたため、今回の提案は双方に利がある『仕事』そのもの。
受け皿になることで学生たちの癒しになれば、そしてその受け入れた人の良い儲けになれば。全てにおいて、実に合理的であったのだ。だからこそ、礼安や院、透らの意見は良い補強材となり、明確な企画として打ち出せたのだ。
学園都市自体の面積は限られたものだったが、「島の面積を広くすればよくね?」という実に乱暴な理論によりすぐさま工事が行われた。結果、ものの三日で埼玉からやってきた人々の住居、店、そしてそのスペースが確保できた。実に早い仕事が過ぎる。
やってきたのは煎餅屋や団子・饅頭屋など、埼玉のお土産として有名なところが集ったオールスターであった。礼安たちをはじめとして、透らは地元を思い出せる味として足繁く通っているらしい。
そしてその透について。
透の妹弟たちについては、学園都市内の託児所預かりとなった。透を仮の親としているのは変わらず。衣食住全てが高水準で整っている、この学園都市での生活を偉く気に入った。
そして、青については。遺影が透の寮内に置かれていた。罪悪感交じりではあるが、朝必ずその遺影に数分手を合わせ、妹弟たちを守ることを誓い、学園で学ぶ。それが透の朝のルーティーンとなったのだ。
剣崎と橘については、本格的に武器科へ学科を移動。今回の騒動を収めた人間の一人である功績を認め、移動してから一組所属となった。エヴァのしごきにひいひい言いつつも、それでも透の最高の武器となるべく邁進しているのだった。