埼玉での一件から、四日経過。礼安たちは、さらに持て囃されることとなった。もうおいそれと外を出歩くことが出来ずにいた。さながらパパラッチに囲まれるアメリカのセレブのようなものである。休日はあってないようなもの、学生にとっては実に致命的であった。
しかし、そんな状況を察してか、信一郎は学園都市内全域を対象に、マスコミ関係者が入り込めないよう一日だけの猶予日を設けた。それもこれも、愛する娘のためである。
学生くらいしか出歩かない学園都市というのは、少々レアリティが高い。大概マスコミ関係者か観光客が存在する中で、学園都市全域がこうなる日はそう多くない。
「――お父様、礼安のために便宜を図ってくれたそうよ。後々お礼しておきなさい」
「大丈夫、もうモーニングコールの時点で済ませたよ!」
礼安はどうも朝が弱いため、信一郎が毎朝モーニングコールを行っている。余ほど忙しい時でない限り、信一郎の明朗快活な声が隣のベッドから聞こえてくる。そのせいで院も起きるのが通例である。
「――そう、なら良かったわ。今日は学校も特に授業無く丸一日の休みですし、どこか遠出でもしますか」
「いや、透ちゃんのとこに行くよ! あの子たちと、遊びたいな!」
こう明るく振舞ってはいるが、あのグラトニーのせいで妹弟全員被害に遭い、何なら弟を一人失っている。頼れる家族が誰一人いない透に、少しでもおせっかいが焼きたかったのだ。
あの案件以降、頼れる人物として連絡先を交換している。毎日、少しでも寂しくならないように、とビデオ電話を欠かしていない。昨日も、どうやら一人でアポイントメントを取っていたらしく、行き先は最初から決まっていた。
「……そう。礼安、貴女は……十分すぎるほどに優しい子よ。少しくらい自分のために休んでもいいのよ?」
しかし、そんな院の気にかけなどつゆ知らず。すぐさま礼安の姿を見失ってしまった。礼安は方向音痴の気が強いため、一人でどこかに行かせると碌なことにならない。
「ちょっと待ちなさい礼安!! また学園都市内で迷子になるわよ!! また迷子になったら今月二十回目、記念すべき迷子デーでしてよ!!」
何とか案の定迷子だった礼安を見つけ出し、透の寮へ辿り着く二人。院は大層げっそりしていた。応対した透の表情が何かを察したかのような表情だったのは、まさしく院の表情を見て。
「――苦労してんのな、院」
「――ええ、それなりに」
問題の根源である礼安は、透に挨拶した後は子供たちと和気あいあい遊んでいた。最近流行りのゲームハード『ボタン』を手に、子供たちにゲーマーとしてゲーム指南を行っていた。
透と院は近くの椅子に腰かけ、子供たちの様子を見守っていた。
「……しっかし。あんだけのことがあっても、礼安は相変わらずかよ。もはや人間じゃあねえだろ、スタミナ化け物だしよ」
「人懐っこすぎる&めちゃんこに可愛すぎる大型犬を相手にしているようなものと思えば、苦ではありませんわ……たまに結構どっと疲れが押し寄せますが、平和そのものですわ」
そう語る院の表情は、実に過保護な親そのもの。ある程度自由性に任せている自分とは大違いであったために、どうもリズムが狂う。お互い親代わりとして頑張ってきた間柄ではあったが、スタンスが別物であるのだ。
「お前姉妹バカって言われねえか」
「まあそんな最高の誉め言葉をくださるなんて」
「畜生、お前ツッコミ役だと思っていたのにあいつと同じ大ボケガールかよ!!」
透のこれからの学生生活を考えたものの、胃痛の未来しか見えずにいた。
子供たちと礼安は、遊び疲れたのか全員でお昼寝タイム。毛布を掛けながら、透は院に呟いた。
「本当に……今回の案件はすまなかった。俺がもっと強かったら……ここまで長引かなかっただろうし……何より……青が」
「それ以上は、お口にチャックですわ」
院は許可をもらい、コーヒーを淹れていた。そのコーヒー入りのマグを透の座る席前のテーブルに置くと、そこに座るよう促す。透が黙って定位置に座ると、院は彼女の手を握った。仲居の手を握った礼安のように。
「確かに……青くんが亡くなってしまったのは事実ですわ。おそらくあの子たちも……もうこの世にいない事実は分かっていることでしょうし、これからも大いに悲しむことでしょう。それでも……自分を責めすぎるのは貴女の悪いところですわ。全てを抱え込み過ぎると、いつか――――壊れてしまいますわ」
どこか、体験談のように語る院。その瞳の先には、礼安の姿。
彼女がどういった経緯で、あそこまでイカれたお人よしになったかは、院と信一郎から事細かに聞いている。いつ頃、彼女が一度完全に『壊れた』かを。
「――正直、その過去の実例があるからこそ、もうそんな方は見たくありませんの。それは透さん、貴女も例外ではありませんわ」
一年次の中でも、とりわけ実力と心情、そして実情を知っているからこそ、放っておけなかった。
「――私たちはもう他人ではありません、一人の『仲間』です。貴女が誰かに借りを作りたくない、性根の優しい人であるのはあの案件で十分に理解しましたし。どうか――我々を頼ってくれませんか、『仲間』として」
今まで、だれにも頼ることのできなかった環境に置かれてきた透。誰かを信じれば、何かの拍子に裏切られ、金を徹底的に毟り取られる。それの繰り返しで精神が摩耗しているのは重々理解した上での、礼安と院の共通の願い。それこそが、『仲間を頼る』ことであったのだ。
思えば、孤独に暮らしていた透を少しでも突き動かしたのは、礼安が「友達になろう」と壊れたおもちゃのように声をかけ続けたから。あの礼安の行動がなかったら、こんな結末になんてならなかった。孤独に借金を抱え続け、剣崎と橘を頼ることもせずに自分の身を差し出したことだろう。
身売りでも、臓器でも。残された子供たちのために少しでもなれるのなら、どこまででもする覚悟であったのだ。
しかし、今は違う。そんな理不尽な借金返済などもうどこにもない上に、心の拠り所と出来る存在は多数存在する。もう透が孤独に苦しむことは無いのだ。
「――――そうかよ……ッたくよ。お前ら二人ともクソお人よし過ぎてこっちがおかしくなりそうだ。おかしくなって――――」
院の握る手を、ほんの少しだけ握り返す透。それは暗に、透の結論を示していたのだ。
「――涙が、出ちまいそうだよ」
透の涙を拭いながら、微笑みかける院。その院の瞳にも、うっすらと涙が浮かんでいたことを語ることは、少々野暮だろうか。
夜は、透の寮で皆仲良く焼肉パーティー。企画者は無論礼安。そこに子供たちの好奇心も入り交じり、親役の二人は断ることなど出来はしない。何だか前回の案件最後もバーベキューだったような気がするが、子供たちが喜ぶのだから、それで良かったのだ。