その日の深夜、というよりもう日付をぎりぎりまたいだ午前零時半。深夜のグラウンドに、礼安と透が立っていた。
院と子供たち、ひいては学園長にも内緒で、「あの決闘の続きがしたい」と透から切り出したのだ。最初はあの日の続きと聞いて難色を示していたが、透の真剣な表情を見たら断ることは思考の外へ消えていった。闘争心が燃え上がり、結果的にノリノリで引き受けたのだ。
「――受けてくれてありがとうな、礼安。お前にメリット……無いだろうに」
「じゃあ……今日の学食、私が勝ったら奢ってよ!」
苦笑いでそれを引き受ける透。彼女の食欲の異常性は、昨晩の焼肉含めありとあらゆる部分で聞いていたために、借金地獄にあえいでいたのにまた金欠に陥るのか、と冷や汗をかいていたのだ。
「私が負けたらその逆、透ちゃんに学食奢るね!」
「俺小食だって知って言ってんのかこの野郎!?」
二人、あの日にはなかった笑顔がそこにはあった。透は眼前の存在をただ上回っていることを証明するため、礼安は暴走気味だった透を止めるため。そこに、『楽しい』という感情は存在しなかった。
しかし、今は。二人とも学食についてではあるが笑いあっていた、それほどにこの案件は二人の間を近づけたのだ。
お互い、多くの辛いことがあった。しかしその経験は、辛さだけではなく当人に強さをもたらしたのだ。
「――んじゃあよ、お互い……全力でやろうぜ」
「もちろん。じゃあなかったら……この機会、無駄になっちゃうしね」
談笑を終えた二人の表情が、一気に英雄としてのそれに変貌。お互いドライバーにライセンスを装填、礼安は自分のライセンス二枚を装填しているが、透にとってそんなものは誤差である。
どれだけ力に恵まれようと、環境に恵まれようと、努力を怠らなかった礼安。
『認証、アーサー王、トリスタン!! マッシュアップ!!』
その逆の境遇に置かれ、それでも上へ上へ這い上がろうと戦い抜いてきた透。
『認証、サイユウ珍道中、猿の巻!!』
お互いに距離を取り、少しして向き直る。まるで荒野の決闘よろしく、近世のガンマンのように。
『『GAME START! Im a SUPER HERO!!』』
「「変身!!」」
二人きり……厳密には、遠くの方で木陰に隠れ見つめている、楽しそうな予感を感じ取った学園長も含めの三人ばかりの校庭で、お互い後腐れのない、実に爽やかな決闘が始まったのだ。
装甲を纏った二人は、互いに一呼吸置き。
その一瞬後、地面を蹴り超スピードで激突。
十トントラック同士が最高速度で対面衝突したかのような、轟音つんざく中で。二人は、何とも楽しそうに笑っていたのだ。
徒手格闘のみの、実にシンプルな決闘であったが、ラッシュも蹴りのコンボも、何もかもが楽しそうな意志を滲み出させていたのだ。
以前の透のように、何かに追い立てられるように、判断をミスしたからといっていら立つことはない。ただただ、眼前の相手とこうして拳を交えられるのが、心の底から楽しかったのだ。
正直、ライセンス一枚と経験による差は実に大きい。どれだけ腕の立つ存在に修行を付けてもらおうが、人間の身ではある程度の限界がある。それを埋めるための努力であったが。心の底から戦いを楽しむ、野性的なアーサー王の現身同然である礼安には、全てのステータスにおいて勝ち目がない。
しかし。それでも透は食らいついていく。自分の修業相手や修行内容に間違いがなかったことを証明するべく。それと学食代を何とか浮かせるべく。
風の魔力を込め、拳の流れを変える。それと同時に激烈な追い風を吹かせ拳を急加速させるも、強化された雷の反射速度には敵わず、ショートアッパーを合わせられ威力を殺される。
相手に隙を生むべく、風の力込みで足を払おうとしても、頑強かつ単純な力で防がれ、徒労に終わるのみ。
しかし、この何十に渡る力のやり取りの中で、透は未だに回数を宣言されていない。あの時は、短時間かつ短いやり取りの中で二度殺されている。
攻撃を捌きながらも、一矢報いるべく何度も攻撃を繰り出すも、情け容赦なく捌かれるか同じ攻撃で合わせられ、その攻撃自体を殺されるか、単純に力負けして礼安の攻撃が突き刺さるか。
勝ち目は、笑ってしまうほど無かったのだ。
しかし、それでも。透の心は実に晴れやかなものだった。互いの全力を以って、こうして拳を交えられる。あの時に至っては感情の昂ぶりもあっただろうが、礼安と共にグラトニーを打倒した。それほどの、自信があった。
当人にそんな意識は毛ほども無いだろうが、それを嘲笑うかのように透の攻撃を殺し、自分の攻撃を叩きこんでいく礼安は、透自身の望みを達するために力を振るう。これはあの時と変わらずであったが、その表情は冷徹なものではなく、友達としての礼儀を尽くすため。
それが、透にとってたまらなく嬉しかったのだ。
しばらくの攻防の後。透はボロボロ、礼安は無傷といった状況。
透はそれでも降参せず、最後まで戦いたいといった意志を見せた。礼安もまた、そんな透の意志を汲み、全力をぶつけることを誓う。
ここに、言葉などない。
ただ、単純な
これを最後の一撃とするべく、お互いドライバー両側を押し込んだ。
『『超必殺承認!!』』
お互い宙へ飛び、飛び蹴りの体勢を整えた。
『
『
「「はああああァァァァァァァァァァッ!!」」
完全に同タイミングでの接触。稲妻と暴風が入り乱れ、その場に超強大なサイクロンでも起きたかのよう。
分身――もとい、妹弟たちの反抗心を具現化した八人の分身に、透の一撃を加えた九倍の一撃。それに対するは、多くの人をおせっかいで救ってきた、覚悟宿る究極の一撃。
透にも、確かな覚悟があった。しかし、礼安の一撃に敵うことはなく、そのまま力負けし弾き飛ばされた。万が一に備え、力のセーブは多少しただろうが、それでも遠く及ばない。その現実を突きつけられた透は、自動的に変身解除。校庭に寝転がる透と、そんな透に手を差し出す礼安。
「私の勝ち、だよ」
「――ああ、正真正銘俺の負けだ。だが……すっげえスッキリした!」
礼安の手を借り起き上がると、二人は気持ちのいいくらいに笑いあっていた。最初の息苦しさなど微塵も感じさせない、『親友』が出来た瞬間だった。
たとえ学生のものとはいえ、その必殺技の衝突は、ただものではない。陰から見ていた信一郎も呆れ笑っていた。
「こんだけの威力……普通なら大豊作だ、って言うべきかもしれないが……これ余波で窓ガラス割れてないよね?」
なんとも心配になりながらも、その二人のやり取りを見守る学園長。しかしこの時は、子供たちのやり取りを見つめる親の表情をしていた。実に柔らかな笑みで、これからの成長を見守る、陽だまりのような温かさを持っていた。
「久々に……若人の青臭いシーン見ちゃった……アオハル、ってやつ? すっごい清涼感だ、めちゃくちゃメントール味の強い歯磨き粉使ったときみたいだ」
そんな青春を堪能している二人に、これを突きつけなければいけないのは多少心苦しくあったものの、教師陣から学園長としての仕事をさぼっていると思われたら心外なため、仕方なく動くことにしたのだ。
その手にあったのは、校則違反者への反省文用の原稿用紙。なんせ、事前に申し出のない決闘は校則違反。院という仲介役がいなくなるとこうなる、それを示してもらった信一郎は、苦虫を噛み潰したような苦しい表情をしていた。
その後。礼安の申し出により、透は正式に信一郎の語った『計画』の一人となった。もとから信一郎自身がそうしようと考えていたのもあり、すんなりと主要メンバーの仲間入りとなったのだ。
ちなみに、それが決まったのは校則違反者への罰の一つである一年次フロアの窓掃除中。透は喜んでいいはずだが、しかし今罰則を受けているため実に複雑そうに、礼安は心の底から嬉しそうに。透を迎え入れるのであった。
滝本礼安、真来院、エヴァに信一郎、そして新たに礼安一派の仲間入りを果たした、天音透。埼玉全土を巻き込んだ案件は、多くの勇敢なる人により争いが集結、それぞれの思いを胸に未来へ歩き出した。
学園都市を始めとした東京都各部、今日も程よく騒がしく平和である。