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第百七話

「うーん……実に多い……今月の投書は特に多い……」

「学園長、こちらコーヒーです」

 一礼と共にマグを受け取る信一郎。淹れたて熱々のものを、火傷上等とばかりにぐい、一息にと飲み干す。それを秘書に「ごめんね、あともう一杯貰えるかな」と苦笑し、空っぽのマグを返すのだった。

「――学園長、根を詰めすぎると翌日に響きますよ」

「……まあ、家に持ち帰っちゃうと色々と考えちゃうから……ここで片付けたいのさ」

 信一郎の専属女性秘書、明石は彼の頑固さを理解しているがために、それ以上何も言わず学園長室の隣室、給湯室に向かった。

 あの埼玉での事件から、およそ二週間後のこと。信一郎は生徒から匿名で寄せられる意見、嘆願に目を通していた。学園内に設置されている目安箱から、誰でも投書できる。

 主に、こういった投書から特に気に入った内容を、学費……からではなく学園長の膨大な財産を扱って増設されるものがほとんど。トレーニング施設の増強が大体なのだが、今回ばかりは違う。

『最近頭角を現している瀧本礼安さんのように、短期間集中講義などを行い、強くなれる催しごとの開催を願います』

『楽して強くなることは考えません、どれだけ厳しくコーチングを受けようと、素早く世に貢献できる英雄の卵になりたい』

 ――その当初の大体が、礼安や院、透にまつわるもの。故に匿名性が高かろうと、大凡投書主が一年次であることが推測できる。

「――ま、確かに。この間のデモンストレーションでも……強くなるよう煽っちゃった手前、私にも責任はあるよなあ……反省だ」

 礼安や院、透は元からの才能が他の一年次よりも別格であった。しかもそこに実戦経験が加わると、ある程度努力を重ねようと埋められない差は存在する。

 その結果の、焦りが表面化していたのだ。一般人からしてみればたかが一週間、とみるだろうが、英雄学園の『システム』上焦るのも仕方のない話。

 ある一定の成績を持ち合わせていないと、問答無用の落第。実戦経験、勉学の成績、素行。これらが全て一定数値を越えないと進級できない上に、組によっては退学の危険も孕む。新たな英雄ヒーローやその相棒である武器ウエポンとして、世にデビューなどできないのだ。

 事実上一年で、自分の身の振り方が決まる。だからこその焦燥。

「――学園長。こちら十杯目のコーヒーです」

「ごめんね、これで終わりにするからね。もう今日は上がっちゃっていいよ」

 「そうですか」、とだけ柔らかな笑顔と共に言い残すと、静かに一礼し学園長室から去っていった。

 それぞれの匿名投書と向き合い、学園中の生徒と対談している気持ちになる。日頃豪放磊落をそのまま人間に表したような信一郎も、学園のトップとしてのメリハリをつける時間が必要なのだ。

「『短期集中講義』、なぁ……」

 大学等でよく見られる、数日間から一週間程度の短期間に、一つの科目を集中的に学習する単位習得方法。学生にとって、教育内容の集中的理解が促されるメリットが存在するが、生徒の授業外学習時間を確保し辛いデメリットも存在する。

「――いや待てよ、彼らが願っているのは単純な力方面よな? 勉学方面じゃあなく」

 そこで信一郎は、ある一つの催しごとを思いついた。講師陣はたった一人、何なら自分が担当すれば、気にすることはさしてない。

「勉強面は……こういう『ルール』が良いか……これは……いいボーナスになるというか……」

 メモとして書き込みながら、ある場所へ電話をかけつつ踏ん反りがえる。

「――あ、もしもし?? アンタに匿名でタレこみたいって言うか……」

 電話先は、信一郎のみ知る。一通り話し終えると、肩を回しつつ準備を進める。白紙のコピー用紙に殴り書いていくのは、多くを巻き込んだ『催しごと』について。懸念点が……無いわけではないが。

「『あの』生徒のやる気を出させるには……どうしたもんかね」

 目線の先には、在籍する二年次生徒リスト。そのうち、『最も自由な男』を凝視していた。

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