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第百九話

 廊下を歩く礼安と信玄。礼安は実にぎこちなく、その正反対で信玄は頭の後ろで手を組んで気楽そうに。

 緊張でガチガチの礼安を見計らった信玄は、後ろを見つつ話題を振る。

「――さっきはルーキーちゃんとは言ったけど……君はそうじゃあないね。ちょっと前の教会による事件、その二つを解決した立役者らしいじゃあないの」

「ま、まあそれほどでもねえです!!」

 未だ態度が軟化しない礼安を鑑みて、「敬語はいらないよ」とだけこっそり呟くと、礼安の表情が一気に明るくなった。敬語が異常なほど苦手な彼女の心中を察した結果である。

「紹介、まだ足りないかもだから一応ね。俺は森信玄。一応丙良慎介……まあ慎ちゃん同様仮免許カリメン持ってる二年よ」

「凄い……どっちが強いの??」

 その礼安の質問に対し、信玄は得意げに笑って見せる。

「――今は、俺よん」

 丙良の実力を知っている礼安だからこそ、その発言に驚愕した。入学前、自分を事実上鍛えた存在は丙良。それに神奈川支部の引き起こした事件を共に解決したのも丙良。

 そして、礼安の眼前で気楽に歩く存在は、それ以上。礼安の心は踊った。

「――あんだけ周りから疎まれてっけど、俺は一応今の二年次英雄科最強張らせてもらってる。相棒である『ノブちゃん』……世にも有名な『織田信長』とこの銃剣と共に、な」

 普段腰付近に携えており、たった今手にした武器は剣型の武器、『念剣・行光』。刃部分が稼働し、倒してあげると銃型の武器となり『念銃・長谷部』と変形する。全体的にオレンジとピンク色メインの塗装が施されている。

「ま、詳しいことは俺っちがおいおい教えたげるよ。今全部話しても面白くないっしょ」

 購買部で購入した焼きそばパンを礼安に手渡し、自分はもう一つの焼きそばパンを頬張る信玄。嬉しそうに焼きそばパンを頬張ろうとした矢先、礼安の不注意で落としてしまう。

「――っと、噂に違わずドジっ子さんだな」

 信玄が一切見向きもせず手をかざすと、宙で焼きそばパンが完全停止。礼安は不思議そうに完全停止した焼きそばパンを取り戻すと、マジックの類かとそのパンを訝しげに見つめ始める。

「――あ、俺っちのベース能力は礼安っちとは違うの。念力って知ってるかい?」

 念力。超心理学では『サイコキネシス』とも表現される、まさに超能力。火、水、風、雷、土の五属性が英雄内のベース能力としては一般的。この中だったら、雷が最もレアリティが高いものの、後述するものと比べるとそうでもない。その中で、他の英雄よりもレアリティが高い能力持ちが時折存在する。

 その確たる例が、念、光、闇の三種類。信玄のベース能力はそのうちの念力である。かつて超能力者ブームが起こった日本ならわかるだろうが、スプーン曲げや透視能力、超常現象の類はこの念力のプロトタイプを持つものが引き起こしたものである。

 信玄の念力は、ある程度研ぎ澄ましたもので、それらマジックのようなチープさはなく、物体に対し手を触れず掴めたり、音を形にできたり、広い範囲の透視が出来たり。あるいはちびっ子が特に慣れ親しんだ『バリア』を張れたりする。

 汎用性が高いため、信玄のズボラさに磨きがかかるのだ。

「サイコパワー……!」

「お、ちびっこみたいに目が輝いているね。そこも噂に違わず可愛いじゃん」

「いやあそれほどでも……」

「――色恋には結構疎いなこの子」

 初対面の女子と相対する際の固定ムーブが通用しないのを、意外そうにしていたものの、目的地に到着したため歩みを止める。

「ここだよ、屋内実習場」

 提示された場所は、一年次が主に利用する第一図書室。礼安は目を疑うも、一切の迷いなく足で引き戸を雑に開ける信玄。

「邪魔するよー」

 透と仲直りしたい際に何度か立ち寄ったことのある場所ではあるが、運動のうの字もないだろうその場所に疑問符が並ぶ。

 迷いなく日の当たらない奥の本棚に歩いていくと、既定の本を奥に押し込む。その数は十冊分。しかも結構なスピードで押し込んでいるため、通常なら覚えるのにも四苦八苦する。いざというときのシェルターも兼ねられているため、敵の侵入を許さない工夫である。

「これ速さ、押し込む種類含め覚えておいた方が良いよ、次入る予定あるとき結構苦労するだろうし」

「あ、もちろん覚えたよ!」

「動体視力も結構なもんだなこの子……」

 ちょっと意地悪をしたつもりが、思わぬ高スペックに笑ってしまう信玄。

 本棚が横に移動していき、そこに生まれるのはエレベーター。入り込むと自動でドアが閉まり、ボタンを押すことなく目的地へ直行する。ガラスで前面と背面が作られているため、その道中も窺い知ることができる。某スカイツリー顔負けの速度で降下していく。

「――見てみな、礼安っち。これが、滅茶苦茶だだっ広い屋内実習場よ」

 次第に長いトンネルを抜け光が差し込むと、そこに映し出されたのは東京二十三区を忠実に再現した巨大なジオラマ。規模、建物の一つ一つ、それぞれのレトロ感。全て本物そっくりに造られている。人は一人もいないが各所電飾等は生きているため、少々不気味ではある。

「ここが、屋内実習場。俺ら二年次をはじめとして、仮免許取る際もここで実習したり、実戦を見据えたトレーニングをしたり、学園長がトレーニングする場所よ。天候や状況を自在に変更できるし、仮想敵を馬鹿みたいに増やしてテロリズム鎮圧もシミュレートできるし……ありとあらゆる環境下でのトレーニングも可能になってるよん」

 礼安の中で思い起こされるのは、入学前の修業。バトルロイヤルで身を削ったあの日々。

 そして、今まさに彼女の胸中で新たな靄が生まれた。

(――何だろう、さっきからこのざわざわが……怖い)

 礼安の表情が快活なものから、非常に重たいものに。それを横目に、同じように何かを察した信玄。

「――何か、仕組まれてそうなの……礼安っちも気付いた感じ??」

 黙って頷く礼安に、不安を払拭するよう笑って見せる信玄。

「――ま、大丈夫っしょ。何とかなるなる!」

 そう笑いながら肩を組む信玄であったが、即座に礼安に耳打ちをする信玄。

(――礼安っち。デバイスドライバー、準備しておきな。透視で見る限り、バチバチに嫌な予感がする)

 静かに頷く礼安と、腰後方に携えた念銃を、後ろ手で静かに握りしめる信玄。彼は、信一郎が優しそうに見えて、とんでもないほどにスパルタ的指導をするということを、たった一年の間に思い知っているが故の行動であった。

「……一年次一人と二年次一人、合同で組ませるって時点で、なーんか怪しかったんだよねん。今の二年次も一年次も知らない、そんなセトリを組んでる時点で、企みは分かりやすいもんよね」

 そして信玄は、もう一つの引っかかりを覚えていたのだ。

「――それに、あの『敵のポイント加算』ルールについて。普通、一年次でもやれるような雑魚に俺たち負けるかね? 答えはNOだね。確かに弱い奴はいるだろうが、それはごくごく一部と見た。ほとんどが二十点クラスの敵、後その他数パーセント。そういう構成だと見た。仮想敵の割合を公表してなかったのもクロの証拠だねん」

 礼安もまたデバイスを手にし、あの時の疑問点をぽつぽつと語りだした。

「……クジも、ズルされていたのかな?」

「ま、だろうねん。デジタルで示された番号の人間、最初から組み合わせは考えられていたんだろうね。たとえ紙製のよくあるタイプを提示しても、自分が望む特定の奴を選ばせるマジシャンの常套手段、『マジシャンズ・セレクト』でもやって、好き勝手にタッグを仕組むだろうな」

 マジシャンズ・セレクトは、マジシャンが複数の選択肢が用意された質問を行い、会話などで相手の選択を誘導、相手の答えを予言するトリックの一つ。必要とされるのは誘導できるトーク力であり、自分から選んでいると錯覚させる技術が必要である。初心者はトランプで行うが、慣れた人間はキーワードや実体のない言葉すら操ることができる。

 これの最たる例が、メンタリスト。言葉巧みに相手を操り、自身の思うままに動かすことのできる技や技術。さながら、自身の心が掌握されているように錯覚させる、詐欺師スレスレの技である。

「――そろそろ目的地に着く。一年次最強の力、見せてもらおっかな?」

「私も、丙良ししょー超える力見たいな」

 お互いが、目を合わせるだけで、扉が開くタイミングを見計らっていた。

 今まで、会話や息遣いで多少は音が生まれていたのにも拘らず、今は布ずれの音すら聞こえない、息が詰まるほどの完全なる静寂。

 そして、扉が開いた瞬間に。二十ポイントの敵が二体食って掛かった。

「変身!!」

 ライセンスを即座に装填し、礼安のみが変身。装甲を纏い、瞬時に生成したエクスカリバーで攻撃を受け止め、二体の攻撃を完全に弾く。二体に雷を流し込み、脳からの電気信号をシャットアウト。動きを鈍らせある程度のイニシアチブをとるも、横に一人いないことを察知する。

「……あれ、森ししょーは??」

「まあ、見てなって。多分だけど、俺っちの見せ場ショータイムだし」

 念銃・長谷部を握り締めた信玄は、刃部分を稼動させライセンススロットを生みだす。グリップ側にライセンスを差し込むと、そのまま敵に銃口を向ける。

『認証、信長英傑大絵巻! 尾張生まれの大うつけ、戦国の世でド派手に大立ち回り!!』

「変身」

 トリガーを引くと、撃ち放たれるエネルギー弾。それと共に自分の圧縮された装甲が飛来。それを思い切りハイキックで蹴り壊すと、スムーズに装着されていく。

 武者甲冑のようなベースの中に、西洋鎧の兜にテンガロンハット。着物の意匠も施されており、和洋折衷を地で行くスタイルである。若干色褪せた黒地のカラーリングにオレンジ色のラインが所々に入っている。

「凄い……」

「俺っちに気圧されんのはこっからよ、礼安っち」

 変身後の隙を狙って、最上位仮想敵が後方から迫りくる中で、一切そちらを見ずに二発の銃撃。即座に銃身部分を稼働させ、刃部分へと変形。

 礼安が請け負っていた敵を小ばかにするように煽りたて、迫りくる中でがら空きとなった腹部に一閃。

 勢いそのままに背面部に回り込んだまま容赦なく切り付け、戦力を削ぐ。

「おいおい、その程度かい雑魚ちゃん」

 肩に念剣をぽんぽんと遊ばせ、不敵に笑む信玄。それにいら立ったのか、駆けていく仮想敵二体。

 トリガーを押し込み、念力でより鋭く、より長い刃を延長。目にもとまらぬ速さで右肩口と左腹部から流れるように二閃。さながら燕返しのよう。

「フィナーレだ、俺っちと踊りなよ」

 さらにトリガーを押し込むと、念剣・行光をはじめとして急速に魔力が辺りに満ち始める。

『必殺承認! オケハザマ・ストラッシュ!!』

 一際巨大な念の刃を一瞬で生成し、力任せに横薙ぎ。礼安は巻き込まれる危険を察知して雷の速度そのままに直上跳躍。仮想敵は成すすべなく、その刃を受け爆発四散する。

「――ま、こんなもんっしょ。礼安っちもマジでナイスフォロー。正直、一年かつまだひと月しか経過してない、英雄の卵が出来る芸当じゃあない」

 礼安が敵に流したあの行動阻害のための電流。ベース能力を自在にコントロールするのは、主に二年次からの学習要領になる。ほんの少し触れた程度で、ある程度自分の意のままに操れる待機状態にまでもっていくのは、二年次でもできるのは少ない。

「――全て、経験したからだよ!」

 すぐさまライセンスをスタイリッシュに排莢し、変身を解除する。着地した礼安もまた変身を解除し、すぐさまデバイスを確認する。元々学年最強同士が組んでいるため初期点数は四十点。そこに先ほどの雑魚敵二体分の四十ポイントが加算され、合計八十ポイントとなった。

「――多分、アノ人のことだ。こういう奇策をはじめとしたやり方で、俺っちたちを詰ませようとしてくる。適度に気張って行こうねん」

「オッケー、分かったよ森ししょー!」

「……その森『ししょー』っての、呼ばれなさ過ぎてむず痒いの極みなんだが」

 圧倒的アドバンテージと裏付けされた経験を元に、今回合同演習会最強のタッグである礼安・信玄ペア。現在ポイントランキング『二位』である。

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