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第百十二話

 怪人体となった二年次生徒たちを、二人きりで鎮めた中、どこかからか手を叩く音が聞こえてきた。

「――結構、結構。埼玉支部を攻め落とした、その実力は確かなようだな」

 半壊したビルの屋上から、純白のローブに身を包んだ、戦闘能力を持たないような白髪ばかりの、皴の少ない老齢の男が一人。

「……通りで。でも私たちが一番の危険因子と見た女子は……ここにはいないみたいですね」

 そして男とは正反対の、漆黒のパンツスタイルのスーツに身を包んだ、黒髪を後方で乱雑に束ねた眉目秀麗の女が、院たちの前に現れたのだ。胸には、『教会』に所属している証であるバッジが煌めく。

「――『教会』支部、ですか」

 そのエヴァの剣幕を嘲笑うかのように、男は辺りの生徒たちを無理やり魔力で動かしていく。その様子からして、魔力性質は念。状況としてはあまりにも不利であった。

「詳しいことをくっちゃべるほど、俺は尻軽じゃあねえんだ。悔い改めな、テメェら英雄や武器共の驕りを」

「『自分たちが必ず正しい、自分たちが絶対的正義』……そのように立ち居振る舞う、貴女がた英雄の皆さんには――滅んでもらいたく思いまして」

 所属、思惑など何もわからないまま敵は、怪人化すらしていない二年次を操りけしかける。

「――卑怯な」

「卑怯って言葉が、戦の中にあるとでも?」

 静かに笑む男の気迫。それは今まで戦ったどの教会支部の幹部より、じっとり冷汗をかくほどのプレッシャーであった。

 生物の持つ第六感で、危険を察知した院はエヴァの手を握り、もう片方の手にワイヤーガンを生成。その場から完全に離脱する。エヴァは院に体を預け、なるべく負荷のない体勢となりながら。

 苦悶に喘ぐ二年次生徒たちを片手間で操りながら、男は女に対し告げた。

「誇りやら何やら。そう言ったもの無視して逃げを選ぶ、か。思ったよりあのガキンチョは賢いようだ。面倒臭ェが、若ェのに大したもんだ。そりゃあ、金稼ぐこと以外大した能の無ェ埼玉支部が陥落する、ってもんだ」

「あの『武器の匠』もまた、退くことを選択した。そこいらの英雄よりよほどクレバーですね。何度か待田さんがきっかけを何とか作ろうとしても、操るなんてできない。それほどに、自我が確立された存在、という事でしょうね」

 見下す存在は、今まさに操られている者たち。一年次生徒は皆、完全に戦闘不能状態であったが、二年次生徒はそれらと比べ、なまじタフネスが備わっているため、操られてしまったのだ。さながら屍生人ゾンビのように。

「――おうテメエら。無様に助かりてェヤツァ、いるか?」

 二年次生徒たち十数名ほどが、男を睨みつけ静かに反抗の意志を見せていた。そんな中で、一人だけ、武器科の女性生徒で手が上がった。

 その生徒は、漆黒のショートヘアーであり、紅の三白眼に頬にはティアドロップタトゥーが三つほど入っていた。肢体は少々細く、双丘も目立つほどではない。他生徒よりも醸し出す雰囲気は暗いものであった。しかし、その奥に秘める『異常性』を見抜いた男は、傍の女に静かに語り掛け、女はそれに頷いた。

 一切の反抗的精神を見せず、精神が完全に恐怖により支配されていたのだ。

「――なるほど。是が非でも生きたい、と。敵の施しを受けながら、情けなくも生きたい、と。そうおっしゃるのですね」

 今まで、学科こそ違えど共に学んできた仲間が、そのたった一人の生徒を見やる。多くが、憤慨に満ちた瞳で。しかし一部は、恐怖に心を支配されたことを憐れむ、同情の瞳を向けていた。

 口の自由を得たその生徒は、恐怖に震える声で大粒の涙を流しながら呟いた。

「……生きたいです……!!」

 敗北濃厚となり、敵に命乞いをする。そんなシチュエーション、英雄を志す存在として何より恥である。そう教わってきたであろう、数多くの生徒。武器科もまた、英雄を補佐する存在として誇り高くあるべき、そういった高尚な思考を教わってきた。

 しかし、今多くのものが目の当たりにしているのは英雄でも、その補佐を行う武器でもない。人間としての、純粋な欲そのものだったのだ。

「――そうか。よく言った。俺ァそういう正直な奴こそ助けたかった」

 男は片手で複雑な印を組み、その女性生徒以外の首を、一切の容赦なく捩じ切った。宙を漂いながら、ゆっくりと男たちの元へ着地する一人の女。

「……貴女もまた、実にクレバーです。尊厳だの教えだの。そう言ったしがらみを振り切って根源的欲求に忠実になった。生物として、実に正しい在り方です」

 女がそう言って、武器科二年三組の女性生徒……鍾馗蓮ショウキ レンに一枚のライセンス三枚ほどを手渡す。

「それは、埼玉支部が力を入れていたインスタントライセンスです。一度変身、そして解除すれば、そのライセンスは自動的に塵と化します。いくらこちら側についた、とはいえ少しの間完全には貴女のことを信用しないので。信じられる結果で、証明してくださいね」

 その言葉に答えるように、静かに口角を上げる鍾馗。先ほどまでの恐怖はなりを潜め、実に狂気的な笑みを浮かべていたのだ。先ほどまで流していた涙は、涙の跡すら残すことはなく、一瞬にして消えていた。男も女も、この眼前の鍾馗に常人とは異なる、『異常性』以外の何かを感じ取っていたのだ。

「――ようやく、復讐が出来ると思うと……嬉しくて」

 その表情には、多くの恨みを内包したヘドロのような、人間の醜悪な面が顔をのぞかせていたのだ。しかしそれは『教会』に向けられたものではない。並大抵の酷い思いを何百経験したら、これほどのものが抱えられるのか、男には理解しがたかった。

「……嬢ちゃんも、色々苦労してんのな。俺もまあまあ……いや嬢ちゃんと比べたらとんでもないほど年食ってるが、果たしたい復讐の一つや二つ、中に抱いて当然だ。『教会』茨城支部の面々は……お前さんを歓迎するぜ」

 この合同演習会に侵入した存在は、『教会』茨城支部。関東地方内では他と比べ規模が小さい。しかしそれは、ここ最近出来上がった最も新しい支部であるため。神奈川支部のような凶悪さ、埼玉支部のような財力は無い。しかし、それら二つの支部以上にベテランが存在するのだ。

 まだ出来上がって間もないため、それなりに他支部から手練れを寄こされているのだ。故に、現状最も勢いのある支部である。信仰者も増え、その分戦力も鰻上りに増強されていくのだ。

「行くぜ、嬢ちゃんら。目的を果たしてずらかるぞ。最悪二週間ここに拘束だなんてまっぴらごめんだ」

「そうでしょうね、待田さんには酒を浴びるほど飲む時間が必要ですからね」

「んな俺を酒カス扱いすんじゃあねえ」

 実にやり取りが軽妙であった。あれだけの人を、能力を用い殺害しているのにも拘らず。

「……鍾馗、とか言ったか。お前さんの……目標って何なんだ」

「――決まってますよ、至極単純です」

 インスタントライセンスを握りしめ、自身の心臓に持っていく。今まで、自分には理解できなかった温かみを感じる。自身の中にあるのは英雄の因子ではなく、武器の因子。

 一部の人間からは、『劣等科』と罵られる、そんな武器科であることを、鍾馗は何より苦痛に思っていたのだ。だからこそ、英雄の力を断片的ではあるとはいえ扱える、今の立場が何より心地よい。

「自分よりも優れた存在全てへの、復讐ですよ」


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