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第百十三話

 事の異変に気付いたのはすぐのこと。仮想敵を倒し次の標的を探し回っていた時のこと。都市部の方で、複数の衝撃が起こっていたことが、何よりの判断材料であった。

 たとえ最も強い仮想敵を相手していたとして。それにしては、それ以外の負の感情を感じ取っていたのだ。具体的な感情はぼんやりとしていたが、それでも嫌な予感が胸中に立ち込めた瞬間、礼安はその方へ駆けていた。

「――待ってくれ礼安っち! もうちょい様子見してからでもいいんじゃあないかい!?」

「被害を受けている人がいるなら、黙って見過ごすことはできないよ! ……それに……」

 オウム返しする信玄に対し、礼安の深刻そうな表情で粗方察していた。

「……嫌な予感がするんだ……この間の事件のような」

「――埼玉の奴みたいに、か」

 その礼安の超直感、それは信玄も何となく理解していた。ただの演習会、というには莫大な魔力の衝突が多すぎる。いくら二年次がパートナーとはいえ、そこまでのものはぶつけ合わないはず。明確な『殺意』を持っていないと、ここまでの色濃いものは感じ取れない。

 念の力による索敵方法は、五感を鋭敏に尖らせることが主である。土や風の力のように、振動や波形を以って、潜水艦のソナーのように探知できるわけではないが、基礎能力を底上げすることで、それらに匹敵するほどの索敵能力を有することができる。

 今まさに向かっている先は、東京二十三区『新宿区』エリア。そこで、多くの魔力反応が消失している。『あってはならない』ことが起こっている、そんな予感を二人は感じ取っていたのだ。

 常時、体中に電気を流し基礎身体能力をブーストしている礼安も、徐々に疲労の色が顔に現れ始めていた。数分もの間、全力疾走している負荷は、ある程度電気の力によって軽減しているだろうが、限度がある。

(――流石に、力のコントロールはまだ習得していないか。足りないものがあるようで良かったよ――それまで習得していたら、『アイツ』以上のバケモンが確定するが)

 礼安の身を案じ、少々速度を緩めよう、そう提案しようとした丁度そのタイミング。

 鉢合わせたのは、まさに礼安の武器と色違いの大剣を持つ、フードを目深に被った高身長かつガタイの良い存在。

 それと、まさに信玄と全く同じ武器を持つ、信玄と顔も姿かたちもうり二つの存在であった。

「――え!? 森ししょーが……二人!?」

「……お前は……!!」

 今まで飄々とした、どこかつかみどころのない男……そう表現できた信玄が、初めて明確な感情を表に出した。それは、小さな丸サングラスでは隠し切れないほど、困惑と怒りがごった煮になったものであった。

 瓜二つの男は、小さな丸サングラスをかけていないのと、髪型が少々異なる以外は、基本的に信玄と瓜二つ。目の形も、醸し出す潜在的雰囲気も。

 しかし、何よりもの相違点は……当人にこれまでにないほどの明確な殺意が存在する点。何があったら、ここまでの怨念に近しい、どす黒い感情を生成できるのか。部外者同然である礼安には到底理解しえない。

「――久しぶりだな、信玄」

「……久しぶりもクソもあるか、何でここにいる」

 手にした念銃を向ける信玄であったが、瓜二つの男は影を湛えながらくつくつと笑うのみであった。

「――じきに、お前の『天下』は終わる。尽くを裏切り続けたお前の道は……どこへ辿り着くんだろうな」

「馬鹿を言うな、お前は――――」

 何かを言いかけた信玄であったが、屋内実習場各地での衝撃により全てかき消される。強烈な地震が起こったかのように、直立すら難しいほどの揺れが頻発する。

「な、何が起こってるの森ししょー!?」

「分かんね、けど合同演習会どころじゃあないかもしれないねん!!」

 念銃によるエネルギー弾を、ドッペルゲンガ―のような男に射撃するも、傍の男に全て弾かれる。その剣を目の当たりにした礼安は、驚きを隠せなかった。

「―――――『王様』??」

「何言ってるんだい礼安っち!? ここは一旦退くのが得策だぜ!!」

 礼安の腕を空中で引き、その戦場から離脱する礼安・信玄タッグ。学園長の考えていることがよく分からなくなっていた二人であった。


「……良かったのか、逃がして?」

「――逃がさなきゃ、これからの面白いことが台無しになる」

 信玄と瓜二つな男と、謎の屈強な男。二人ともフードを目深に被っているため、お互いの表情は口元しか伺い知れない。しかし、瓜二つの男はこの屋内実習場全域に、チーティングドライバーを操作し、ホログラムによってある情報を流した。


 それぞれの場所に離れた生存者たちが、そのホログラムを確認すると、酷く青ざめた。

「――礼安!? あの子……いったい何を……!?」

「……不味いですね、この合同演習会……ただの交流会なんかじゃあなかったんだ」

 院とエヴァは、事の最悪さに気付き始め。

「……礼安……嵌められたな」

「同様の意見だね、これは――結構不味いかもね」

 透と丙良は、真犯人の究明に動き始め。

 そして各所に散らばっていた、事情をあまり知らない二年次と一年次のタッグは、仮想敵そっちのけで、血眼になり礼安と信玄を探し始めた。

 男が行ったことは――『特別ゲスト――タキモト ライア&モリ ノブハル』と虚偽の情報を、英雄たちを虐殺するコラージュを流布することであった。


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