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第百十五話

 一方、地上の学園側では大騒ぎとなっていた。

 事の全てを最初から監視していた教師陣が、すでに十数名の二年次が死亡したことにより、対応に追われていたのだ。

「――はい、授業中に『教会』の襲撃に遭い……はい……なんと申し上げたらいいか……」

 生徒の訃報を、その親に伝えるというのは実に心苦しい業務である。死を覚悟していた親も少ないが確かに存在する。しかしその逆で死を受け入れられない親の方が圧倒的多数であることに間違いはない。実の子が死んだのだ、電話の向こう側で泣き崩れる親が多い。

 最初の入学誓約書の時点で、『敵対する組織の襲撃により、学習やヒーロー活動中に死亡するケースが存在する』とは第一項の時点ででかでかと記載されているが、それでも常人は簡単には受け入れられない。そのことに了承し子の意思を尊重したものの、結局は『死』という現実には向き合いたくないだろう。

 しかし、そんなときでも、信一郎は現地に向かおうとしなかったのだ。生徒が何人も、何十人も死んだ非常事態であるのにも拘らず。それを、多くの教師にたった今追及されていたのだ。

「一体どういうことですか不破学園長!! 屋内実習場は安全だったはず!!」

「今回は一体どういう意図があるのだか分かりませんが……生徒をこれ以上危ない目に合わせるわけにはいきません!!」

「この合同演習会は即刻中止するべきです!!」

 全て真っ当な『正論』。一般的な教育現場のあるべき形である。それぞれの権力のうまみをしゃぶりつくすのではなく、生徒ファーストであり続ける、まさに教師の鏡たる非常勤の一般科目の教師たち。しかし、それぞれの教室の担任教師たちは、どこかそんな一般科目の教師たちの姿を憐れむように見ていた。

 それは、学園長である信一郎も同一であった。

 いつもと変わらず、秘書の明石から渡されたマグを手に、外を眺めながらコーヒーを啜る。

 そんな信一郎の胸倉を乱暴に掴み、こちらへ向けさせる非常勤の男性教師一人。マグとコーヒーが高価なカーペットの上に、撒き散らされ転がる。

「アンタ……『原初の英雄』だか何だか知らないが、自分の娘もいる中でよくそんな平然でいられるな!? 雇い主だとかそういった上下関係抜きに、アンタは『人でない』のか、『人間を逸脱した感覚』しかない!! 生徒たちのことを第一に考えたらどうなんだ!?」

 心からの慟哭であった。信一郎に向けられた言葉の刃。しかしそれを真に突き立てる前に、ボロボロと涙が零れ落ちていたのだ。唇を噛みしめているため出血しながら、眼前の存在に異を唱え続けるのだ。

 しかし、信一郎はあしらうかのように、その強固な手をあっさりと解いて見せる。まるで、一般人の力など些細なものだと言わんばかりに。


「じゃあ逆に聞くが、子供が仮に、世に出て活躍してからもそんな世迷言、一英雄や敵対する人物に向かって言えるのか??」


 まるで当然かのように。常識を説くように。一般教師が徹底的に間違っているのを正すように。

「自分の子が……死んだ……!! 教会の手によって!! あっけなく首を捩じられ!!」

 信一郎は泣き崩れる教師の肩を持ち、涙を拭う本人の手を撥ね退け、本人の顔をさらけ出す。

「じゃあなんだ、英雄の力を保有しているのにも拘らず、野菜を育てるかのように温室ぬくぬく、そんな状況で育った結果、真に危機が迫った際本来の力を出せなかったら――それは誰の責任だ?」

 いつだって練習。基礎を固めるのは、数学などの一般科目においては必須事項となる。しかし、いつだってイレギュラーが当たり前の戦場において、かすり傷擦り傷くらいでやいのやいの並べ立てる一般人の視点が、何より邪魔ノイズなのだ。

「じゃあ何かな、君は敵にお願いするのか? 『自分の子供が戦地に赴くので手加減してください、無様に負けて下さい』と。無論聞くわけがない。互いの主張を声高にぶつけ合う中で、手加減なんてできるはずはない。英雄を、それらの闘争を。舐めるなよ、一般人パンピーごときが」

 自分が現地に赴いて、何ができるわけでもないのに。

 自分が現地に赴いた結果、得られたのは捕虜になる道か、無力に殺される道だけだというのに。

 多数の無力な声が、少数の有力者を阻害している。いつだって、英雄の教育現場はそうである。

「いつだって、自分の身を守れるのは自分と味方だけだよね? 何なら、味方が裏切る危険性を孕んでいたとしたら、自分一人しか信じられない。そんな死と隣り合わせの状況に身を置くことになるよね?? それなのに、一般の常識を持ち込んだ結果、生まれる結論はいつだって一般的かつ普遍的なものへとなり下がるのさ。分かるかい??」

 あるイレギュラーが起こった時、死ぬことに了承している。それなのに異を唱える存在こそ、この学園内では異端なのだ。

 大勢の一般人の明日を守るため、一人きりで無数の傷を負い、守ってきたはずの一般人によって投げられる、多くの誹謗中傷に耐えてきた信一郎だからこそ。死と隣り合わせの環境下で『原初の英雄』として生きてきた彼だからこそ。その正論の皮を被った一般論、および感情論が大嫌いなのだ。

「私は、自分の子が死ぬかもしれない……そんなことは因子発覚時から承知済みだよ。いくら挫折しようと、いくらどん底に落ちようと、ある程度のサポート以外は手をかけない。それが、英雄の親たる者の役目だと思うんだがね??」

「――い、イカレている……」

 甘えた戯言を抜かしていた教師が、呆気に取られていた。自分の置かれたステージとは、大きく異なる世界で生きてきたからこそ、自分こそ異端であることを、たった今気づいたのだ。

「英雄ってのは、それを補佐する武器ってのは、一般人よりも圧倒的に『イカレて』いなきゃ通用しない。子の死を悼むなとは言ってないんだ、死の理由に不可解なものが無い限り、それは真っ当に生きて英雄として死んだ証。何も知ってやれていない親が、何も分からない中で横やりを入れるんじゃあない。不愉快だし、何よりただ単に邪魔でしかない」

 通常世界だったら、間違いなく批判が殺到するであろう考えであったが、英雄やその親になるのなら、『死』は常に隣りあわせとなるのは確定事項。

 だからこその、信一郎の考えこそ。英雄の親としての『模範的に狂った』考えこそ、この世界を背負って立つ英雄を、しっかり後腐れなく巣立たせていく最善の思考なのだ。

 いつしか、子を亡くした親……もとい教師の涙は枯れていた。眼前の強靭な存在の気迫に当てられてか、そして心構えを学んだ影響か、それ以上異を唱えることはしなかった。

「なに、この事態を想定していなかったわけじゃあない、むしろ『想定内』。だからこその、ルール変更、新しい試合ゲームを行おうと思ってね」

 信一郎の手に握られていたのは、『第二ラウンド』とだけ書かれた資料。複数コピーされたもののため、教師陣全員に配られたのだが、パラパラとめくっただけで、この事態をある程度打破できるものだという確信があった。

(あっごめんね明石さん)

(ありがとうございます学園長)

 足元に転がるマグを回収、そして高価なカーペットを回収しようとしていたため、信一郎は片手で学園長の机を持ち上げ、回収を手助け。ちなみに机の重さは、迂闊に動かないよう五百キログラムは下らない重さである。

「さっき言ったよね、殺された子供を悼むことは許されている、とね。だから……生徒の成長を手助けしつつ、教会陣営に手痛い一撃を与える、それらを両立させるための策が、今しがた渡した資料の中身、ってワケ」

 先ほどまで圧倒的重圧を感じられるほどの信一郎であったが、一瞬にしてあっけらかんとしていた。その表情や気迫の変化ぶりに末恐ろしさを感じていたものの、しかしその優しい笑顔の奥には、静かな怒りを確かに感じ取れた。じわりじわりと、教職員室内に信一郎のプレッシャーが充満していく。

「やられっぱなし、ってのは性に合わないのよね? 弔ってやりたいのよね??」

 子を亡くした一般教師らに対し、笑いかける信一郎。先ほどまでのひ弱な精神性を露呈させていた男は、一皮むけたような表情に。

「――君らの無言は、マジもんの肯定と捉えるよ」

 不敵な笑みを浮かべた信一郎は、屋内実習場へアナウンスできるマイクを手に、強気な宣誓を語り始めたのだった。


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