呆気にとられた信玄。実の娘を総大将にする、その学園長の決断に驚愕していたのだ。
「――アノ人、何考えてんだ……?」
礼安の性質上、間違いなく皆のために戦うことを優先するだろう。そこに、狙われ襲われる危険性の孕む総大将のジョブ。間違いなく噛み合わない。
「どうしよう……どう動いた方が良いのかな……?」
困惑する礼安をどうしようか案じていた中、合流したのは透・丙良タッグと院・エヴァタッグの四名。今礼安が置かれている状況を、ざっと説明する信玄であった。三倍速で。
その結果、帰ってきた四人のレスポンスは、口を開けて呆けていた。うち二名、丙良と透に関しては総ツッコミ状態であった。
「礼安ちゃん、何でそんな重要役職を!?」
「礼安、お前絶対大将なのにバカ凸するだろ!?」
まだ何もしていないのにこの反応。礼安に重要役職は任せるべきではない共通認識が、仲間内であっても存在するのは何とも悲しい事実である。
バカ凸、とは。FPSなどのパーティーゲーム内で数人一チームで動いている中、たった一人で敵陣に突っ込む行為のことを、非常に蔑んで言われるスラングである。別名単凸とも表現されるが、余程自分の実力に自信が無い限りタブー行為とされている。
怒られた子犬のように委縮し「ごめんなさーい!」と謝罪しつつ、コメディチックにぽろぽろと涙を流す礼安。院と透はどこかその可哀そうな姿に『新しい扉』が開きそうな予感がしつつも、礼安を宥めていた。三タッグの二年次は、現状の情報共有を行った。これまた三倍速で。
その結果。この一件に『教会』茨城支部が関わっていること。現状の英雄側の損害、そして今までの教会幹部や戦闘員以上の存在が多くいること、それらについて知った。
「――ありがと、慎ちゃん、エヴァっち。だいぶこっち側が人数不利抱えてんのは、大いに理解した。その分戦略考えてみる」
「――気を付けて下さいね、信玄さん。正直……信玄さんよりもヤバいベース能力持ちがいることは確かです。味方内で裏切りも――十分あり得るでしょうね」
ただでさえフェイクに踊らされた味方は一定数存在。むしろ、礼安たち最強格以外全員と捉えてもいい。真に信じられるのは、ここの面子だけ。
さらに……その信玄以上の念能力者、それらに大勢の生徒が殺害されている。戦力は削られ、あちらの実力は小出しではあるが目撃してしまい、精神的にも実際にも不利的状況であることに変わりはない。
おそらく、現状の英雄・武器の陣営の中で……あの男に対抗できる存在は誰一人いない、そう言えるほどの大罪人が存在する。
その旨を礼安たち一年次に伝えようとしていたが、丙良に肩を持たれ止められる。異を唱えようとした信玄であったが、丙良の表情は実に重苦しいものであった。
「……礼安ちゃんだけには絶対に伝えるな。あの子のことだ、絶対にその念力持ちの男に敵討ちをしに行く。あの子のことを、入学前から見てきた僕だからわかる。あの子は……院ちゃんや透ちゃんよりも、誰かを想う力が強い。自分の損害を一切顧みない、実に危ういほどにね」
先ほど、都市部に向かおうとしていた彼女のことを思い返すと、最もわかりやすい。自分が力及ばない存在だろうと、誰かを助けようと体が動く。真正の英雄気質であるのだが、自分の命を一切顧みないため、まさに狂気的なのだ。
「――礼安さんは、自分以外の誰かに対して、『優しすぎる』んです。そして自分に厳しすぎる。だからこそ、誰かのために戦い続けるんです。今回ばかりは……止めるべきです」
入学前、入学後から関わってきた二人の、心からの願い。あとは敗北の危険性が非常に高まるため、何より避けるべき
最も適しているからこそ、そして最も強い位置にいるからこそ、最も危うい。精神的に未熟な点も内包しているため、仮に『最悪』の事態に発展してしまったら。最後の砦である学園長が出張る事態も考えられる。
「――わーった、二人とも。礼安っちには絶対に喋らんとく」
「悟られる可能性もあるから、本当に注意してね」
「心配ご無用、今まで大小関わらず嘘はいくらでもついてきた」
その言葉に込められた意味は、エヴァと丙良は知る由もない。
「――と、言う訳ですわ」
「……オッケ」
「頑張るよ、私!!」
一年次三人が集まって何かを話していたが、信玄が近づくと途端に話をぶつ切りに。
「あー……ディープなガールズトークでもしてた??」
「まあ……そんなところですわ」
院も透も、礼安同様嘘をつく顔が非常に下手糞。三人してまともに口笛は吹けていない上に、汗が滝のよう。全員端正な顔立ちをしているのにも拘らず、ひょっとこのような顔立ちに変貌。仲良しで何よりである。
「そうかそうか、まあ深くは追及しないわ。俺っち花園に男引き連れて、そこ踏み荒らす真似したかないし。百合の間に挟まったり、『ご無沙汰』な人妻寝取る間男ってマジで大ッ嫌いでね」
何を語っているか全く理解できていない無知な礼安と、睨みつけつつ若干顔が赤くなる院と透の二人。
「じゃあ、ここの六人だけの作戦会議を始めようか。信じられる面子だけ、でね」
事実上の四面楚歌状態。英雄チームの他タッグの殆どは、一度フェイクニュースに踊らされたため信じられない、裏切り者と見ていいだろう。無論信じられない。それらを情報や力で言い聞かせるように、茨城支部が頂点に鎮座する。問答無用の敵であることに変わりなく、ポイント奪取のために動いてもいい。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。それは万が一離れて行動した際に、自らの証明行為を行う必要性について。確かにここにいる面子が信頼できるとはいえ、その証明が必要であるだろう。
「だから……『これ』をデバイスにインストールしてもらう」
その場の六人全員にインストールされたのは、信玄自身が開発した自作のアプリ。とはいっても、流通しているものと比べたら非常にお粗末なもの。
「どういうものかってのは、ここでは言わないよ。ワンチャン盗聴されている可能性もあるからねん」
礼安がそのアプリを何も語らず開くと、丙良の変顔が映し出されていた。他面子も同様に開くと、同じ丙良の変顔が映し出される。丙良を除き失笑していた。
「どこで撮ったのこれ!?」
「え、数日前寮の窓から映った慎ちゃんの顔を、ちょちょーっと加工させてもらったやつ」
「――――後で覚えてろよ?」
「悪いねえ、俺っち記憶力悪ィんだ。あ、俺っちもうどこで撮ったか忘れた!」
「撮ったって白状したな今!? 忘れてないじゃアないか!!」
苦情があったとしても、口頭でその顔の特徴を伝えるのは少々難しい。しかも考えは理に適っているため、丙良はそれ以上苦情を述べることはしなかった。それにそれぞれ加工した本人以外、知る由もない加工された表情が写っているため、紙幣に施された偽造防止技術に似たようなものと同義。デバイスを近づけたら一致率が自動的に映るため、偽造手段をとことん潰していく。
「もし本人か疑わしかったら、真っ先に確認作業ね。もし確認できない、その他もろもろの事情があったら……『秘密の質問』を投げな」
「まるで、SNSのパスワード忘れたときみたいだね、森ししょー」
「それ言わないお約束ね?」
紙に記された文言をしっかり覚え、静かに頷きそれ以上は何も語らない一行。
「――じゃあ、英雄サイド側の仮設休憩所に行こうか」