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第百二十九話

 多くの被害を負った英雄陣営は、寝返った英雄たちを除くとたった数名。丙良達のみであった。彼ら最強格を意地汚く蹴落としにかかった結果、味方の方が圧倒的に少ない状況にあった。未だ、試合は始まっていないのにも拘らず。

「――丙良先輩と礼安は、無事でしょうか」

「……大丈夫だろ。二人とも、イカレた強さだしよ」

 加賀美をはじめとした、女子陣が森の中を走っていく中、そこに合流したのは大田区から弾き飛ばされた丙良。土を流動させながら高速で追いついたのだ。

「待て、『証明』しろ」

 丙良は恥ずかしく思いながらもデバイス内のアプリを起動。そこに映るのは間抜けな丙良の変顔。恐らく、埼玉支部にカチコミをかける前、礼安がエヴァを治療した際の、男子寮での写真。それ以外で、男子寮内で顔面崩壊した表情を見せたことはない。

 半笑いになりながら、丙良の合流を認める透。笑いをこらえ切れていない一行は、ついに吹き出してしまった。

「この時どれだけ精力スタミナ奪われたか分かる!? 学生らしく真っ当に宿題やっていたタイミングでこれだよ!?」

 エヴァはどこか申し訳なく思いつつ、丙良の背中を優しくさする。精一杯の気遣いであった。

 しかし、丙良はそんな雰囲気を何とか戻すべく、口を開こうとした、その時であった。

 一行の前に現れたのは、丸サングラスをかけていない森であった。

「――よォ、俺っちだよ。コンビニ帰りで皆いなくってよォ、焦ったぜ」

 皆一様に、雰囲気の異なる森に対し、殺気を向ける。丙良だけは、皆を庇うようにして立つ。

「――『証明』は?」

 「何だそんなことか」と呟くと、デバイスを操作しお粗末なアプリを開く。そこには、しっかりと丙良の変顔が映されていた。

「……じゃあ二つ目だ、『秘密の質問』は??」

 それに対し、答えることが容易いと言わんばかりに、丙良に笑いかける。

「森信玄、英雄学園英雄科二年一組、血液型はAB型――――」

 そこまで語った森を、全力のロック・バスターにて弾き飛ばす。骨折など一切気にしない、明確な殺意を込めた一撃であった。

 そして、その際にグリップ部を捻って高速変身。丙良は、眼前の敵に立ち向かうべく装甲を纏ったのだ。

「……馬鹿だな、お前。『秘密の質問』なんていうのは『無い』んだよ」


 六人だけの休息地に入る前の、会議の中でのやり取り。

「もし本人か疑わしかったら、真っ先に確認作業ね。もし確認できない、その他もろもろの事情があったら……『秘密の質問』を投げな」

「まるで、SNSのパスワード忘れたときみたいだね、森ししょー」

「それ言わないお約束ね?」

 紙に記された文言をしっかり覚え、静かに頷きそれ以上は何も語らない一行。

 そこに記されていたのは、以下の通り。

『秘密の質問なんて無い。もしこの質問を投げかけられたら、ただこの紙を見せるだけでいいよ。このことは他言無用かつ、この紙きれは無くしちゃあいけないよ。分かったら頷いてくれ』


 デバイスに関しては盗めば解決してしまう。いくら信玄自作のインディーズアプリとはいえ、そこの問題点があった。だからこそ、一切の中身のない『秘密の質問』を投げかける必要性があった。

「――間抜けは、見つかったようだね」

「……流石にそこんところはケアしているか。流石、兄貴がライバル視していただけあるよ」

 土煙の中で、静かに笑う信之であったが、それを切り払い丙良に対し念銃を向ける。

「――確か、話には聞いていたよ。信玄の弟がいる、っていうのは。そしてその本人は……『教会』に所属している、とか」

 丙良の渾身を込めた薙ぎ払いでも、傷一つ追っていない信之。静かに笑いながら、『信長』のライセンスを認証、および装填。その銃口を女子陣の方へ向ける。

「変身」

 数発のエネルギー弾。それを情け容赦なく打ち放つも、エヴァや院、透の攻撃によって弾かれ、叩き落される。それにより辺りの木々が力なく倒れていく。しかし、残った圧縮装甲の銃弾は、信之の方へ。

 それを蹴る――のではなく、裏拳で殴り飛ばすように装甲を高速展開。最初は定着することを装甲自身が拒んでいたものの、信之自身の強圧により、強制定着。

 信之が纏った装甲は、信玄のものと形状が異なっていた。信玄よりもより歪で、信玄よりもより凶悪で、信玄よりもより攻撃的。

 テンガロンハットを模した装飾はそのままに、腕部と脚部の装甲が完全に一体化。鎧をまとっている、というより、南蛮鎧を模した怪物に近しい。しかしそれでいて、獣の荒々しい呼吸など聞こえるはずもなく、多少なり精神汚染されていながらも平然としていた。

 しかも、本人と兄弟関係にあるからか、念力も自在に操れるようで、本人以上の力を本人と同じ安定性で操れるようになったのだ。

「その力は、信玄のものだろ……何で、何で操れる……!!」

『ライセンスの中に内蔵された、無数の戦闘データ……それを応用したまでさ。それに、この力で才能に満ち溢れた、お前らのような英雄どもを駆逐する方が……より、兄貴の尊厳を叩き壊せるってもんだろ』

 その情報は、通常英雄学園での座学でしか知らない要素。それに二年次になってから学ぶ内容であった。その時点で、信之だけでなく学園長からタレこまれた『裏切り者』の正体が分からなくなっていた。

『――いい加減気づけよ、丙良慎介。お前ら英雄を裏切った存在が誰なのか……何で俺がここ、英雄学園屋内実習場にいるのかをよォ』

 最もあり得る仮説は、最も信じたくない仮説。

「……何も言わねえし、つまらねェからネタバラシしとくわ。『森信玄こそが、英雄学園二年次の裏切り者』だ」

 丙良にとっての、相棒と呼べるような、ライバルと呼べるような存在の、裏切り。丙良の精神は、信之によっていつしか歪められていた。

『お前らとの友達ごっこはさぞかし滑稽だったろうなあ……『教会』側の人間でありながら、さんざアンタらだまくらかして、機密情報の横流しをしていたんだからなあ?? まあもう潮時だろうってので、一時戦線離脱しているが』

 丙良は信じたくなかった。しかし、ライセンスの仕組みや、ここまでの騒動になった現状を鑑みるに、そうとしか思えなかったのだ。それでも――

(『ダブル・シン』として、暴れようぜ)

(何度、逃げてきた。俺っちと組むことがそんなに嫌か)

 その信玄の言葉たちが、嘘とは思えなかったのだ。

 たとえ、裏切り者であることが事実だとしても、丙良はそれらの言葉を信じることにしたのだ。目の前の信之の言葉を信じるのではなく。

 どれほど疑心暗鬼の状況になろうと、いつだって信じられるのは最強格の面子だけ。だからこそ、誰が変装していようと見分けられる手段を用意した。お手製のアプリに答えのない『秘密の質問』。

 それは、例え信玄が英雄側を裏切っていたとしても、考えがあって裏切っていた証。いつだって戻って来られる逃げ道を用意していた、のらりくらりと仕事をこなす彼らしい手段であったのだ。

「――お前は、信之君は。きっと真実を述べているんだろうな。だからこそ揺さぶるために僕たちの目の前に現れたんだろう……それに、君は今茨城支部のトップ……君こそこの試合における大将首なんだろう」

『……へぇ、洞察力は相変わらずか。兄貴が一目置くわけだ』

 目線だけでエヴァに「逃げろ」と伝える丙良。エヴァは、頷くだけで皆を連れ離れていった。信之は丙良を越え追うことは無かった、追う道を丙良が塞いでいたからだ。

 それに、信之にとっても、この状況は好都合であった。横やりを入れられない安全が確定した瞬間であったからだ。

『――いつだって、英雄は一対一タイマンを望むからな。一対多でボコボコにする、っていうのは……英雄としての矜持が、許しちゃあくれないんだろうなァ』

「……あぁ、そうだね」


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