多くの被害を負った英雄陣営は、寝返った英雄たちを除くとたった数名。丙良達のみであった。彼ら最強格を意地汚く蹴落としにかかった結果、味方の方が圧倒的に少ない状況にあった。未だ、試合は始まっていないのにも拘らず。
「――丙良先輩と礼安は、無事でしょうか」
「……大丈夫だろ。二人とも、イカレた強さだしよ」
加賀美をはじめとした、女子陣が森の中を走っていく中、そこに合流したのは大田区から弾き飛ばされた丙良。土を流動させながら高速で追いついたのだ。
「待て、『証明』しろ」
丙良は恥ずかしく思いながらもデバイス内のアプリを起動。そこに映るのは間抜けな丙良の変顔。恐らく、埼玉支部にカチコミをかける前、礼安がエヴァを治療した際の、男子寮での写真。それ以外で、男子寮内で顔面崩壊した表情を見せたことはない。
半笑いになりながら、丙良の合流を認める透。笑いをこらえ切れていない一行は、ついに吹き出してしまった。
「この時どれだけ
エヴァはどこか申し訳なく思いつつ、丙良の背中を優しくさする。精一杯の気遣いであった。
しかし、丙良はそんな雰囲気を何とか戻すべく、口を開こうとした、その時であった。
一行の前に現れたのは、丸サングラスをかけていない森であった。
「――よォ、俺っちだよ。コンビニ帰りで皆いなくってよォ、焦ったぜ」
皆一様に、雰囲気の異なる森に対し、殺気を向ける。丙良だけは、皆を庇うようにして立つ。
「――『証明』は?」
「何だそんなことか」と呟くと、デバイスを操作しお粗末なアプリを開く。そこには、しっかりと丙良の変顔が映されていた。
「……じゃあ二つ目だ、『秘密の質問』は??」
それに対し、答えることが容易いと言わんばかりに、丙良に笑いかける。
「森信玄、英雄学園英雄科二年一組、血液型はAB型――――」
そこまで語った森を、全力のロック・バスターにて弾き飛ばす。骨折など一切気にしない、明確な殺意を込めた一撃であった。
そして、その際にグリップ部を捻って高速変身。丙良は、眼前の敵に立ち向かうべく装甲を纏ったのだ。
「……馬鹿だな、お前。『秘密の質問』なんていうのは『無い』んだよ」
六人だけの休息地に入る前の、会議の中でのやり取り。
「もし本人か疑わしかったら、真っ先に確認作業ね。もし確認できない、その他もろもろの事情があったら……『秘密の質問』を投げな」
「まるで、SNSのパスワード忘れたときみたいだね、森ししょー」
「それ言わないお約束ね?」
紙に記された文言をしっかり覚え、静かに頷きそれ以上は何も語らない一行。
そこに記されていたのは、以下の通り。
『秘密の質問なんて無い。もしこの質問を投げかけられたら、ただこの紙を見せるだけでいいよ。このことは他言無用かつ、この紙きれは無くしちゃあいけないよ。分かったら頷いてくれ』
デバイスに関しては盗めば解決してしまう。いくら信玄自作のインディーズアプリとはいえ、そこの問題点があった。だからこそ、一切の中身のない『秘密の質問』を投げかける必要性があった。
「――間抜けは、見つかったようだね」
「……流石にそこんところはケアしているか。流石、兄貴がライバル視していただけあるよ」
土煙の中で、静かに笑う信之であったが、それを切り払い丙良に対し念銃を向ける。
「――確か、話には聞いていたよ。信玄の弟がいる、っていうのは。そしてその本人は……『教会』に所属している、とか」
丙良の渾身を込めた薙ぎ払いでも、傷一つ追っていない信之。静かに笑いながら、『信長』のライセンスを認証、および装填。その銃口を女子陣の方へ向ける。
「変身」
数発のエネルギー弾。それを情け容赦なく打ち放つも、エヴァや院、透の攻撃によって弾かれ、叩き落される。それにより辺りの木々が力なく倒れていく。しかし、残った圧縮装甲の銃弾は、信之の方へ。
それを蹴る――のではなく、裏拳で殴り飛ばすように装甲を高速展開。最初は定着することを装甲自身が拒んでいたものの、信之自身の強圧により、強制定着。
信之が纏った装甲は、信玄のものと形状が異なっていた。信玄よりもより歪で、信玄よりもより凶悪で、信玄よりもより攻撃的。
テンガロンハットを模した装飾はそのままに、腕部と脚部の装甲が完全に一体化。鎧をまとっている、というより、南蛮鎧を模した怪物に近しい。しかしそれでいて、獣の荒々しい呼吸など聞こえるはずもなく、多少なり精神汚染されていながらも平然としていた。
しかも、本人と兄弟関係にあるからか、念力も自在に操れるようで、本人以上の力を本人と同じ安定性で操れるようになったのだ。
「その力は、信玄のものだろ……何で、何で操れる……!!」
『ライセンスの中に内蔵された、無数の戦闘データ……それを応用したまでさ。それに、この力で才能に満ち溢れた、お前らのような英雄どもを駆逐する方が……より、兄貴の尊厳を叩き壊せるってもんだろ』
その情報は、通常英雄学園での座学でしか知らない要素。それに二年次になってから学ぶ内容であった。その時点で、信之だけでなく学園長からタレこまれた『裏切り者』の正体が分からなくなっていた。
『――いい加減気づけよ、丙良慎介。お前ら英雄を裏切った存在が誰なのか……何で俺がここ、英雄学園屋内実習場にいるのかをよォ』
最もあり得る仮説は、最も信じたくない仮説。
「……何も言わねえし、つまらねェからネタバラシしとくわ。『森信玄こそが、英雄学園二年次の裏切り者』だ」
丙良にとっての、相棒と呼べるような、ライバルと呼べるような存在の、裏切り。丙良の精神は、信之によっていつしか歪められていた。
『お前らとの友達ごっこはさぞかし滑稽だったろうなあ……『教会』側の人間でありながら、さんざアンタらだまくらかして、機密情報の横流しをしていたんだからなあ?? まあもう潮時だろうってので、一時戦線離脱しているが』
丙良は信じたくなかった。しかし、ライセンスの仕組みや、ここまでの騒動になった現状を鑑みるに、そうとしか思えなかったのだ。それでも――
(『ダブル・シン』として、暴れようぜ)
(何度、逃げてきた。俺っちと組むことがそんなに嫌か)
その信玄の言葉たちが、嘘とは思えなかったのだ。
たとえ、裏切り者であることが事実だとしても、丙良はそれらの言葉を信じることにしたのだ。目の前の信之の言葉を信じるのではなく。
どれほど疑心暗鬼の状況になろうと、いつだって信じられるのは最強格の面子だけ。だからこそ、誰が変装していようと見分けられる手段を用意した。お手製のアプリに答えのない『秘密の質問』。
それは、例え信玄が英雄側を裏切っていたとしても、考えがあって裏切っていた証。いつだって戻って来られる逃げ道を用意していた、のらりくらりと仕事をこなす彼らしい手段であったのだ。
「――お前は、信之君は。きっと真実を述べているんだろうな。だからこそ揺さぶるために僕たちの目の前に現れたんだろう……それに、君は今茨城支部のトップ……君こそこの試合における大将首なんだろう」
『……へぇ、洞察力は相変わらずか。兄貴が一目置くわけだ』
目線だけでエヴァに「逃げろ」と伝える丙良。エヴァは、頷くだけで皆を連れ離れていった。信之は丙良を越え追うことは無かった、追う道を丙良が塞いでいたからだ。
それに、信之にとっても、この状況は好都合であった。横やりを入れられない安全が確定した瞬間であったからだ。
『――いつだって、英雄は
「……あぁ、そうだね」