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第百三十話

 ロック・バスターを静かに構え、暴走する信之を止めるべく対峙。

『――先手は譲るぜ、丙良。それこそが……この試合『教会』側の大将たる、俺の余裕さ』

「僕もそこまで先手ってのは好きじゃあないんだけど……じゃあお言葉に甘えて!」

 大剣を振るい、数多の土たちと共に攻撃を仕掛ける丙良。剣を防げば土流が襲い、土流を避ければ大剣にヒット。攻撃の取捨選択を相手に委ねる、攻防一体の形であった。

 しかし信之は、念剣で大剣の攻撃をいなしながら、高い跳躍によって土流をやり過ごしたのだ。

「……怪人体っての、誰もかれも本当に身体能力が高いな、本当に!」

 乱暴な土流は、大剣を突き立てることで形状をさらに変え、守りを穿孔するドリルが付いた無数の触腕へと変貌。

「トリッキーにはトリッキーだ、ヘビーな攻撃偏重だと思われがちだけど、僕にも変わり種はあるんだな!」

 森エリアの中を掻い潜りながら、無数のドリルが障害物である木を削り取りながら信之怪人体を追跡する。どれほど素早く動き回ろうと、隠れ場所が無くなった場合高所に逃げるほかない。

『――実に理にかなった攻撃だ、面倒くさいほどに頭が切れるな』

 複数の触腕を念剣でぶった切り、さらに自身の腕により引き千切る。どれほど硬質化させようと、あくまで人間の範疇に収まる硬度であることに変わりない。

 ドリルが突き立てられようと、信之怪人体の肌を通ることはない。ダメージを生むことも無い。

 多くの触腕を巻き取り、盛大に引き千切る。丙良の攻撃手段を削いでいく中で、丙良を挑発的に手招く。自分の手を汚さない限り、自分はどうしようもできない。それを示した瞬間であった。

「何でこうも、僕がマッチする相手は面倒くさいのが多いんだ本当に……!」

 切り拓かれた森の道を、土を流動させながら高速で進む丙良。たがが壊れたエスカレータ―のように、徐々に速度を上げていく。

 速度と質量。それらが両立する攻撃は、それ相応の攻撃力を持つ。礼安ほどではないが得意とする丙良は、大剣による大打撃を狙っていた。ロック・バスターは斬撃の性質ではなく、打撃の性質が強いため、速度を絡めた攻撃と非常に相性がいい。

 待ち受ける信之に打ち据えられる、ロック・バスターの一撃。通常なら腕を容易に圧し折るほどの強力無比な一撃であったが、両腕で防がれている中で『何か』別のものに阻害されている感覚があった。一切の手ごたえを感じ取れなかったのだ。

『待ってたよ、ここまで近距離に迫ってくれるこの時を!』

 がら空きになった、丙良の脇腹。そこに深く突き刺さるのは、不可視の拳。腕を確かに使っているはずなのに、第三の腕が丙良の肝臓部を捉えたのだ。

 脇腹を庇い、何とか距離を取る丙良であったが、一切の容赦なく迫りくる信之。

「――どういうことだ、君に英雄の因子は……無いはずだ!」

 自在にベース能力を扱えるのは、英雄の因子を持った者のみ。仮に『教会』側の力で扱うなら、そこには英雄のものとは異なる、薄気味悪く歪んだ魔力がそこにあるのみ。しかし、信玄自身に実直な魔力反応を感じ取っていたのだ。

『分かんねえかよ、この念能力を扱える理由≪ワケ≫をよ』

 拳と大剣が交わり続ける中、信之は静かに笑って見せた。そのあくどい笑みで、全てを察した丙良。自分は実際にその場にいた訳ではなかったが、礼安たちも出会ったことのある最悪の存在。

「!! ――――違法適合手術か」

 埼玉支部の十八番たる、違法因子摘出手術。英雄を誘拐し、生きたまま血液全てと心臓を丸々摘出。それらを全て対象者に全移植することで、因子の違法移植が完了する。

 因子が存在しなかった信之は、それにより『森蘭丸』の因子を得たのだ。奇しくも、信玄の中の因子である『織田信長』と、生きた時を同じくした英雄のものであったのだ。

『――正直よ。俺はこの蘭丸の力を嫌っていたよ。あてがわれたのは、ただ単に悪趣味な『上』の都合なんだろうが……今となっては納得しているよ』

 元々は、信長の忠実な側近。明智光秀に裏切られ、本能寺にて信長と共にその生涯を終えた……とされているが、その忠実な側近に裏切られる、そんな信長の末路は、本当に辛いもの。明智はともかくとして、大切に育ててきた蘭丸すら裏切ったら。

 そんなイフの物語が、この現代に悪趣味な人間の思惑によって実現してしまったのだ。

『さらにだ、話や時代を同じくした英雄同士がぶつかり合えば……どれほど不死身の存在だろうと死に至る。お前だって、知らねえはずはねえ』

「――クラン、彼のことを言っているのか!」

 大剣の攻撃はより苛烈になるが、格闘技のルールなど一切無視、常識の範疇を超えた攻撃群に、次第に防戦一方になっていく丙良。

『ご明察だ、アイツはアーサー王の因子継承者を探し求めていた。自分が死ぬためによ。それと同様に、俺はお前らを裏切った信玄を殺してやりたいんだよ……そうすることで俺の本懐は達せられる。今まで飲まされた煮え湯も、その時までの布石だったと思える』

 筋の違う話の人物が与えられるダメージは、死に至るものではなく、実際大したものではない。だからこそ、英雄たちはフルパワーで戦ったとしても、自然と手加減が出来る。殺さない『確証』を得られるため、『やり過ぎる』心配が元から存在しないのだ。

 しかし、怪人体となればこのリミッターは関係のない話。『教会』側はそのリミッターをチーティングドライバーによって解除しているため、基本的に英雄は不利な存在である。現に、丙良へ叩きこまれた不可視の拳は、ダメージがかさむばかりである。

 だが、英雄側も怪人側も、等しく力のリミッターが外れるタイミングが存在する。それこそ、同じ時を生きた英雄同士がぶつかり合うタイミングである。

 仮に、時を同じくした因子が出会ってしまったら、どちらにも死ぬ危険性が付きまとう。その英雄の因子同士、力のリミッターが全て外れてしまうためである。当人の意志とは関係なしに、何かの奇跡が起きない限り、対峙した瞬間どちらかが死ぬことが確定してしまうほど。

 故に、味方につけた場合が一番の最適解。当人らの力のリミッターは解除され、死に至る危険性は大分減る。

 今こうして、怒鳴るように語らいあいながら、傷つけあう二人。しかし丙良の攻撃は、致命傷にはなりえないものばかり。信之の攻撃は、その攻撃自体を殺さない限り丙良が死んでしまう。

 どれほど骨を砕く一撃を食らわせようと。

 どれほど圧倒的土流を本人にぶつけようと。

 それらはあくまで傷にはなるが、確実に死に至らないものばかり。

 英雄側なら装甲が魔力により修復されていき、怪人側なら治癒力で痛みを伴いながら再生したり。しかし修復速度は怪人側に分がある。いつだって、『とある』状況下でない限り英雄側は不利なのだ。

『――今まで、俺は散々周りの人間に『劣等』だと罵られた。だからこそ、俺は『教会』へ入信した。教会の力と非合法に得た英雄の力を以って、バカにしてきた血縁関係者を皆殺しにする。いわば、英雄やそれをよしとする無才能共に虐げられてきた者たちが、反旗を翻す場こそ……『教会』だ』

「……ふざけるな、それで多くの弱者を傷つけてきたのはお前らだ。いくら過去自分が酷い目に遭ったからと言って……それが誰かを傷つけていい免罪符になるはずがない!!」

『じゃあその綺麗事の、その通りに動いている清らかな人間が、この世にどれほど存在すると思ってんだ?? 人間は嫉妬深い、業に塗れた薄汚い生き物だ……自分より優れた存在をよしとしない、免罪符なんてくそくらえ、這い上がろうとするやつらの足を引っ張ることが、何よりもの快感だってクソも存在する!! 人生の逆転なんて許さない、底にいる奴は皆底のままだ!!』

 その信之の怒りは、攻撃の苛烈さに拍車をかける。元々痛みを庇っているために防戦一方であった丙良が、次第に攻撃が防ぎきれずチップダメージが増えていく。

 底にいた人間こそ、丙良の眼前に存在する信之。信玄を嫉妬し続け、結局は関係修復など夢のまた夢、嫉妬から変貌した殺意を胸に、『教会』茨城支部の頂点にまで上り詰めた。

 マイナスな感情は、プラスの感情同様、人間の原動力になりうる。自然と、斬りつける力も強くなる。

 念剣はロック・バスターのリーチよりも短いが、それでも尚攻撃と防御重視でもある丙良が圧されるほどに強靭であった。

(正直……彼の怒りや恨み、嫉妬の心は強すぎる。彼の原動力たるエネルギーが永久に供給され続ける限り……彼という暴走列車は止まらない)

 土の魔力で自身の踏ん張りを強めても、それを上回る信之の負の感情。圧倒的な力を制御しきれないのか、筋肉や腱がぶち切れ、血が噴き出そうとも止まらない。

 それと同様、丙良も限界を感じていた。故に、選択は一つであった。

 丙良の足元の地面を急速に泥濘ぬかるみへ変える。力の逃げ道を作り出す。行き過ぎた力を空回りさせる、力を殺す以外に道が無かったのだ。

 バランスを崩す二人であったが、丙良は地面に手を触れ『自分だけ』地面に潜航。その戦闘の場から離脱したのだ。

『――クソッタレ』

 信之は、丙良への罵倒と共に辺りの木を念能力でなぎ倒す以外に、力の行き場を無くしていた。半ば自暴自棄ともいえるような状態であったのだ。

『……俺は、どうすればこの感情をどこかへやれるんだよ……!!』


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