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第百三十六話

 拠点地下、その奥深くに一つだけ設置された牢獄に、たった一人だけ放置されていた信玄。光一つも刺さないほどの世界であったため、暗闇に目が慣れる事すらあり得ない。さらに、そこら中から人間が嫌う血肉の香りが充満。わざわざ動物の死骸を放置していることにより、悪臭は尋常でない。

 複数の裏切り者により、拷問を受けた状態のまま放置されていた信玄。上半身裸、靴は脱がされていた。さらに手足を手錠で繋がれ、椅子に縛り付けられた状態で、多くの傷跡を抱え、まともな治療などされずにいたのだ。血は滴り続け、信玄の足元には巨大な血だまりが形成されていた。

 鞭にバット、ハンマーやペンチにゴルフクラブ。多くの拷問道具で、生身に攻撃を受け続けた信玄は、意識が朦朧としていた。受けた拷問の数々の跡が、信玄の足の指の『潰れ方』や、体中の無数の打撲痕により、容易に理解できる。

(――あの子ら、元気してるかな)

 自身がどれほど極限状態にあろうと、心配の先は礼安たち。自身の不在により、多くの艱難辛苦が訪れただろう。しかも、『教会』は礼安たちを徹底的に追い詰めようとしている。それが信玄への拷問に表れていた。どこにいるか、あるいはどのような力を振るうのか。

 しかし、どれほどの苦痛を浴びせられようとも、信玄は頑なに口を開かなかったのだ。自分を信じているであろうお人よしのために、自分の身を犠牲にしていたのだ。

(……数時間前、大田区のほうで……バカでけえ魔力反応があった。恐らく……待田ってやつが酷いことやったんだろうな。礼安っち……無事だといいんだが)

 口の中は、常に血で満たされているように、鉄の味が常時する。無数の釘を噛ませ、何度も殴られた結果そうなったのだ。人間の持つ治癒力など、たかが知れている。絶え間なく溢れる血を細かく吐き出しながら、この牢獄に近づく人物の足音に耳を澄ませる。

(――音は二人。頭が大分ぼーっとしてきたが……逃がしてくれんのかな……)

 思考が鈍る信玄の淡い期待は、あぶくとなり消えた。それは、その場に現れたのが待田と鍾馗であったからだ。

「――よお、信玄とやら。元気してるか」

「……住み心地はさほど良くねェな。エロ本かAVの一つでも用意してくれたら、少しはQOL上がんのにさ」

「俺の趣味のモンで良かったら、鑑賞会でもやろうか? だとしても、俺と同い年くらいの世間でいう熟女モノがやたら多いがよ」

 冗談交じりに、待田は信玄の頭に手を置く。それと同時に、強力な念能力により脳を汚染していく。

 脳をフードプロセッサーに叩き込まれ、即座にスイッチを入れられたかのように切り刻まれ、蹂躙される感覚。血と共に、胃液を吐き出す信玄。脳を犯され、好き放題に弄られる感覚は、物理的な痛みなど可愛く思えるほどの苦しみを生みだす。

「俺ァよ。両性に言えることだが……叫びってのはどうも好かねえ。だから未だにAVでは無理やりヤる類のは好きじゃあねえ。――が、それは拷問とは別の話だ。速度を求めるなら……『力ずく』や『無理やり』ってのは最も効率が良いんだ」

 脳内を汚染していく、待田の念能力。まともな思考力を捨てさせるには、最初からフルスロットルで力を行使するに限るのだ。

「昔から、俺は特撮作品において、最初から全力や必殺技を出さねえ敵にやきもきしてたよ。変身くらいは見守ってやるが、その後のパワーアップなんて……気にすることはねェだろうによ。自分が負けるリスク負ってまで、主人公のパワーアップの土台になり続ける……そんなご都合主義的な展開が苦手だったぜ」

 最初は同じ念能力と、自身の手に爪を突き立て、痛みを伴った反抗で抵抗していたものの、暴れる事すらやめ、目は虚ろに。吐き出す胃液も、次第に少なくなっていく。心臓の鼓動は荒ぶり、因子や瞳が待田の色に染められていく。

 脳内を犯される感覚は、次第に快感へと変わっていくのだ。待田の性的志向と同じように、従順な僕へと作り替えていく。

「――『俺に従え、信玄』。英雄サイドを、お前の手で皆殺しにしてやれ」

 力なく、だらりと垂れる首。汚染が済んだのか、手枷足枷を開錠する待田。彼の声に呼応するように、本人についていく信玄。未だ出血を続ける生傷ばかりであったが、待田の手により全ての傷が、目的地へ歩んでいく中で、ただの傷跡へ変わっていく。

 完全にはがれた状態のまま放置されていた足指の爪も、体中の根性焼きの跡も、罅や完全に折れた骨の数々も。

「そして、お前さんにもう一つ、命を与えてやろうじゃあねえか。これも実に大事なもんだ」

 面を上げる信玄に、あくどい笑みを湛える待田。その命令は、この状況を何より面白く捉える彼だからこそのものであった。


「――信之を、お前さんの手で殺せ。そうすれば、少しは温情をくれてやる」



 信玄が地上へ辿り着くと、望まない現状がそこにあった。信之が磔にされている状態で、拷問を現在進行形で受けていたのだ。裏切りの末待田派となった残存の英雄たちが、支部長であるはずの信之を痛めつけていた。

 まさに、関係性の崩壊。ルールがほぼ無効な中で、大将首も待田に名義は『譲渡』されたため、彼に残された道は服従か死のみ。敗北の可能性があったため、ドライバーを破壊こそしなかったが、当人の価値はほぼ無くなっていた。

「――無様なもんだろ。お前さんへの復讐心のために、多くの部下を捨てていった無能だよ。最初、茨城支部は新興組織な中でも、人数は埼玉支部に匹敵するほどの下っ端がいたんだが……こいつの人使いが荒いせいで下っ端は使い捨て扱い。上に立つ者としての自覚ってのが足らなかった結果こうなった」

 多くの試練を乗り越え、信玄の前にいたのは自分を恨んでいた弟。持つ者から力を奪い、持たざる者を脱却し。いつか兄を殺してやりたい、絶望感を抱かせながらどうにかしてやりたいと。マイナス方面でありながらも大志を抱いていた存在。

「――確か。これはどっかからの又聞きのようなもんだが……お前さんこいつに殺されそうになっていたらしいじゃあねえか。仕返すチャンス、それが今じゃあねえか」

 その手に戻ってきた、念銃と『信長』のライセンス。奪われた時間は、実に一日に満たないものであったが、拘束されていた時間や意識を失っていた時間が大体なため、不思議と長く感じた。

「――久しぶりだ、『行光』と『長谷部』。俺っちは……銃の長谷部の方が、因子共々慣れ親しんだモンだけどよ」

 武器を手に馴染ませる中、ぎりぎりで意識が戻った信之は、信玄を罵倒し始める。

「……よォ、英雄サマ。見るに堪えねェ、みすぼらしいなりしやがって」

「奇遇だな、俺っちも……お前に対しそう思うよ」

 お互い、ボロボロの兄弟。どちらかが死ぬまで終わらない、歪んだ兄弟関係。信玄がどう思っているかは知らないが、信之は終わらせたがっていた。しかし、このような呆気ない終わり方を望んではいなかった。

 敵は敵らしく。英雄は英雄らしく。徹底的に叩き潰す、呪いともいえる繋がり。

 刀身を六十度ほど倒し、念銃モードへと変形。まるで前世からその銃を握っていたのではないか、そう思えるほどに馴染むのだ。

「……『信ちゃん』。俺っち……現状いまを変えてやりてェよ。答えてくれよ……俺っち英雄として……まだ何も成し遂げられてねえ。力の芯を担う手前の願いも、碌にねェ中でやってきたが……やりてェことが見つかったかもしれねェ」

 今まで、信玄は誰かの前で泣いたことなんてなかった。だが今は、己の無力に、静かに泣いていた。『二年次最強』と謳われた自分の驕りが、実にばかばかしかった。

「――ここでこいつを殺せれば、お前さんは晴れて自由の身だ。仲間の元にも戻れる。良いことずくめじゃあねえか」

「信玄……殺せよ。俺を……敵である俺を、容赦なく殺せよ」

 信之の怨嗟の声が、信玄の心の傷を深く抉る。お互いのすれ違いが生んだ、兄弟の軋轢。

 持つ者と持たざる者。最初からすべてが運命の悪戯に決めつけられた中で、信玄は多く悩んできたのだ。

「――信之。俺っちは……俺は、お前が思うほど……出来た奴なんかじゃあないし、努力なしでこの座を得た訳じゃあなかったんだよ」



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