信玄は、中学入学後に自分が分からなくなっていた。実の弟から今までの行いを否定されたショックは大きく、今まで優等生であった信玄はやさぐれていった。入学した中学は信之とは異なり、将来の『英雄の卵』が集まるようなエリート校であったが、成績をわざと落とし不良グループの一員となった。
学校外でも、しょっちゅう喧嘩に明け暮れ、補導対象としてマークされていた。何度も警察の世話になり、両親には『期待』の念を押された結果、さらにその道を逸れるように歩く。
「――信之は、俺とは違う。俺っちがドロップアウトすれば……相対的に努力を重ねたアイツの評価が上がる。――これでいいんだ、俺っちがろくでなしになれば……アイツは報われる」
支えることが許されないのなら、関わることが許されないのなら。自分が堕ちていけば評価が上がると考えたが故の、不良になる未来を選んだのだ。
実際、不良として生きていく中で、何不自由ない生活であった。元々『因子持ち』であったがために、素の能力が並大抵の不良よりも上であった。多くの不良を束ねる、
しかし、信玄の心は完全に満たされることはなかった。どころか、虚無感すら生まれてしまうほどにまで退化していた。『因子持ち』であることに胡坐を掻き、碌に勉強しなかった結果、退学の危険性すら孕んでいたのだ。
弟のため。そう自分に言い聞かせ、自分の人生を棒に振る。その決断は、本当に正しいものだったのだろうか。
今まで、自分の内に眠る英雄とも会話できず、ただそこにあるだけであったため、次第に『因子持ち』の中でも落ちぶれていった。危機感を抱き始めたときには、もう遅かったのだ。周りが大人になっていく中、ただ暴力だけでしか自分を表現できない不良としての在り方は、空っぽな信玄には辛かったのだ。否が応でも、空っぽであることを自覚してしまうのだ。
どれほど暴力を振るおうと、一切満たされない。中学二年になっても暴力でしか自分を表現できない自分が、とにかく惨めでしょうがなかったのだ。
その時であった。
不良たちが徒党を組み、次第に暴走族として成立していく中、同じ中学に在籍していたとある人物主導の風紀委員たちが、不良グループを解体しようと動き出したのだ。それこそ、『ヘラクレス』の因子を持った丙良であった。
最初、信玄は丙良のことは歯牙にもかけなかった。自分とは一切関係のない、道が交わることのない存在であると考えていた。
だが、あるタイミングで喧嘩を吹っ掛けた。その後に地に転がっていたのは、信玄の方であった。丙良の力は、信玄を嘲笑うほどに圧倒的であった。当時から、恵まれた才覚に胡坐を掻くことなく、なおも努力を重ね高みを目指す、まさに優等生と言った風格。
信玄は、初めて心の底から敗北を認めた。弟のため、そう理由を付け、大した努力をしなかった自分を恥じたのだ。誰かを心配するのは、強者の証であると実感した信玄は、その日から不良の自分を清算することを決めた。
そこから、信玄の中の憧れは、丙良へと変わったのだ。
無論、多くの反対が仲間内から生まれた。しかし信玄は、丙良という目標に向け成長したがっていたのだ。絶対的な柱を失うことになろうとも、元々の頭≪ヘッド≫が、新たな世界へ羽ばたこうとする覚悟を見せられたら最後、それを引き留める理由はない。
信玄は、その日から勉学も実技も、まじめに取り組むようになった。何が理由か分かっていなかった親族は皆、急な改心に驚いたものの、そんな信玄を必死に応援した。一度挫折した人間であったからこそ、より一層の熱を持った応援となったのだ。