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第百四十話

 そこから、信之は教祖のあてがった因子を非合法に継承。信玄の因子とつながりのある、そして刺し違えた際殺すこともできる『森蘭丸』の因子。信之は酷く喜んだのだ。

 そこからの信之は、力に溺れた。

 『因子持ち』という鳴り物入りで、支部のエースとして茨城支部に配属。何も持たない下っ端と一緒にされることを嫌ったのだ。かつての自分を見ているようで、ただただ気分が悪かったのだ。

 いつだって、出世を望む。下積みという前段階を踏まず、最も高い地位を望んだ。

 上司からの叱責に耐えかね、役職持ちを容赦なく力を振るって殺害するほどに、信之は驕り高ぶっていたのだ。自分の嫉妬心の方が、他の人間が抱き続ける負の感情より上であると信じ続けていた。

 結果、短い期間の間に信之は役職持ちになった。その際も、同期である下っ端たちをこき使い、死んだとしても馬鹿にはしないものの、特に心を痛めない。自分の目標のために、徹底的に利用してやる。そこまでの深い野心で、役職持ちでありながら更なる躍進を願った。

 そんなある日。教祖の悪戯により、信之は支部長の座を手に入れた。調子に乗った信之はその元支部長を容赦なく殺害。多くの反感を生みつつも、力で従わせていたのだ。

 結果、茨城支部に仲間意識など存在しない、最悪の支部と化したのだ。埼玉支部の人使いの粗さが、可愛く思えるほど。新興組織でありながら、新参を蹴落とす容赦のない組織へと変わっていった。

 その末路は、今まさに信之が実感していた。力こそが全て、そんな無法状態において、どれほどのどん底を経験した人間が支部長になろうと、気遣いや情けは無用。自分のこれまでの行いが、痛みとなって襲い掛かるのだ。


 信玄は、その引き金を引くことを躊躇っていた。敵である弟を手にかけることに、迷いが生まれていたのだ。

「――躊躇うこたァねえのによ。いくら兄弟とはいえ、相手は多くの人を手にかけた犯罪者だ。情けをかけるほうが、英雄ヒーローとして『らしくねえ』ぜ」

 震える銃口、零れる涙。信玄は、信之との誓いを果たせずにいた。『兄弟だろうと、これからは敵同士。情け容赦なく、殺し合う』こと。それをあの日に誓ったはずなのに。

 英雄と敵。その直線同士は決して交わることはない。それなのに、信玄の指は、脳は、理性は、殺めることを許してはくれない。

「……んだよ、兄貴。情けねえ……そんなんで、英雄学園二年次最強を名乗っているだとか……笑わせるぜ」

 深く傷ついているはずの信之は、信玄を嘲笑う。

 覚悟が出来ていないのは、自分だけ。そんな状況に、酷く情けなく感じてしまった。

「いつだって、俺たちは殺し合う。互いの主義主張は、折り合いがつかねえもんだ。折衷案なんてのは、どんな時も妥協案になる。そんなもんが、殺し合う中で罷り通ると思うか? 答えはNOだ。いつだって最高の状態を追い求め合う中で、どちらかが折れるしかねえんだよ」

 じれったい状況を見た待田は、信玄の手に念を送り、引き金を無理やり引かせるように動かす。最後は、自分の意志一つあればどうとでもできる、通常であれば最高の御膳立て。しかしこの場においては、最悪の未来すら見える御膳立てであった。

「――ごめんな、信之」

 涙ながらに、そう呟いた信玄は、血管が数本ちぎれるほどの全力で、念銃を数発、『上空』に撃ち放つ。待田は力を抜いていたとはいえ、初めて自分の念能力が、純粋な力と同じ念能力で競り負けたことに衝撃を受けた。

 数発のエネルギー弾は、地面を強く『振るわせる』ほどの高威力であったと同時に、信号弾ともいえる役割を果たしていた。近くに誰がいる、という訳ではなかったが、遠く離れた大田区でも視認できるほどの莫大なもの。

「――これが、若ェ力ってやつかい」

「それだけじゃあない、俺っちは――――『相棒』を信じただけだ」

 そう、信玄の放った銃撃は、強烈な『振動』を生みだした。それ故に、最高の可能性を手繰り寄せたのだ。崖っぷちに立たされた、信玄のド根性。そして信じ抜く心。


「――ナイスタイミングだよ、『ノッブ』!!」


 脈動する地中から、土で出来た龍と共に現れたのは、他でもない丙良であった。


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