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第百四十二話

 皆が完全に目覚めるまで、大した時間はいらなかった。丙良、信玄の帰還。それに、まさかのゲストまでやってきたこと。目覚ましには充分であった。

 その間にあったことを、丙良と信玄は三倍速で全て説明。何度か礼安の脳味噌がパンクしそうであったが、その度に忠実な側近である院と透、エヴァがかみ砕いて説明。艱難辛苦を乗り越え帰還した二人を褒め称えるのだった。

「……さて、問題はここからだよ。つい出来心で連れてきてしまったキーパーソンだけど……」

 説明の合間に、丙良は信之の縄をほどき、『黄金の果実』ライセンスを用いて完全に回復。丙良の間抜けな叫び声が、屋内実習場の空に響き渡った。それにより生まれた変顔の写真を撮ろうとする信玄と、全力で止める丙良。皆、楽しそうに笑っていた。

「――貴方が、茨城支部の支部長さんなんだね」

「……何だよ、瀧本礼安。敵につかまって、あまつさえ回復の施しまで受けて。俺を間抜けだと嗤うのか」

 礼安はその信之の言葉に、首を静かに横に振る。

「……皆を大切にしなかったが故に、皆から見限られて。でもそれは、森ししょーと競い合いたかったんでしょう?」

 礼安にとって、学んだもの以外のマイナスの感情はよく分かっていない。しかし、多くの痛みを知っているからこそ、よりポジティブに捉えることができる。

「――お前が俺の何を知っている。恵まれたお前に、俺の何が分かんだよ」

 信之は、礼安に対し棘のある態度をとるも、礼安は聖母のような優しい笑みで、信之の手を取る。

「そりゃあ、当然何も分からないよ。だって、今まで貴方と接したことがないし。分かるはずが無いんだよ。でも、傍に寄り添ってあげることは出来るもん。痛みを共有して、少しくらいは和らげることくらいは出来るもん」

 分からないからこそ、傍で支える。痛みの度合いが分からないからこそ、寄り添い続ける。何より分かっていても、分からなくても、礼安は困っている人に手を差し伸べ続ける。

 そして、その度に自分の身を犠牲にしながら解決を試みる。見ず知らずの赤の他人であっても、お構いなし。

 例えそれが、敵の長であっても。

「――差別って、いつだって、いつの時代だって、どこの国だって駄目なことだと思う。誰かより劣っているだとか、誰かより勝っているだとか。それを明確に態度に出され続けて……深く傷ついたんだよね」

「……俺は、いつだって『持つ者』を恨み続けた。『持たざる者』の代表として、お前ら英雄たちと敵対してきた。殺しだってやってきた」

 独白を続けた信之に対し、優しく頬を平手打ちする礼安。しかしその痛みは、実に大したことのないもの。だが信之にとって、どれほどの拷問よりも『響く』痛みであった。

「――それがいけなかった。どんな理由があろうと、誰かを殺めることで優越感に浸った貴方。森ししょーを越えたい、その願い……その欲望を胸に頑張る姿は良かったのに……そこで全てが狂ってしまった。どれだけ主義主張が正しくても……誰かを傷つけ、殺める行為は等しく悪だよ」

 初めての、ちゃんとした説教は、信之の心を穿つ。今まで暴力が主体となった、半ば当人のストレス発散行為と化していた『叱る』という行為は、信之にとって何より忌み嫌う行為となっていたのだ。だからこそ、上司から叱責された際、その上司を殺害した。かつて両親から受けた虐待の記憶が、フラッシュバックするためである。

「……んで、そんな英雄様は、俺をどうするつもりだよ。悪いがそう簡単には味方にはならねえぞ。この場で舌を?みちぎって死んでやってもいいんだぜ」

「――大丈夫だ、信之くん。僕たちの目的は、別にある」

 夜が明ける、午前五時。礼安をはじめとした、数少ない残留戦力たちは、一堂に会し対『教会』茨城支部の作戦を講じ始めたのだった。

 始まりは実に平和なものであった合同演習会も、あと少しで終わりを迎えようとしていた。



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