目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第四章『決着と力の使い方と試合』

第百四十三話

 丙良達が帰ってきた、約一時間後の午前六時。朝日上る中、信玄と信之は一対一の状況で向かい合っていた。それぞれが了承し、大田区海岸沿いにある羽田空港の敷地丸々を決闘場として、互いの胸中の靄を晴らそうとしていた。

 その提案主は、他でもない礼安であった。


「――過去のこと、全部聞いたよ。森ししょーみたいになりたかったんだよね、英雄ヒーローになりたくて犯罪に手を染めたんだよね」

 細部は異なるが、噛み砕くとそうなる。恵まれた存在が傍にいたからこそ、その恵まれた存在と同格になりたかった。差別などのない、まともな学生生活を送りたかった。兄弟同士、高め合いながら未来を切り拓きたかった。

 運命が無情なせいで、恵まれなかったせいでそうはならなかったのだが。

 その結果、信玄と信之は互いを敵とみなしてしのぎを削った。片方は英雄科二年次最強として、そしてもう片方は世に名を轟かせる教会の支部、その長として大きく成長した。

 互いがいたから、互いが成長できた。ならば、数年越しの果し合いこそが、今の信之には必要なのではないか、と礼安は感じたのだ。

「……ならさ、ルールに則った喧嘩をしようよ。殺し合いとか……試合ゲームとか、そういうの一切関係なし。互いの意地のぶつけ合いで、どっちがただ単純に強いかってのを『競い合う』のが、二人の決着として一番適しているんじゃあないかな」

 その勝負に賭けられたものは、大したものではない。ポイントは移動しない、どちらかが死ぬまでなんてことはない。

「……ならよ、一つ交換条件だ。戦ってもいい。俺の本懐が遂げられるのなら本望だ――故に、俺が勝ったら『兄貴と丙良』は……あと二時間後の試合には出られない。俺が負けたら……『俺』が出ない。百喰と一緒の負債を背負ってやる。そうした方が、お互いに本気でやるだろ」

 そう言い放った信之であったが、信玄はそれを二つ返事で了承した。半ば暴論ともとれる、英雄側が不利な条件を、いとも簡単に呑んだのだ。

 それは、兄弟の確執に決着をつけるためでもあり、どちらの力が正しかったかを示す、兄弟にとって願っても無い状況であった。


「……何で、こんな不利なルールをのんだ」

「簡単だ、弟を救うためだろ」

 信玄は傷だらけ。未だ、拷問によって傷つけられた痛みは傷跡として残ったまま。待田に簡単な治療を受けたものの、結局は痛みを伴った傷跡はそこにあるまま。

 それを良く思わなかった信之は、丙良に対し無言で指示する。心底嫌そうな表情をしつつ、心なしかげっそりした丙良は、ライセンスを用い治療する。

「――この借りは高くつくよ?」

「大丈夫、必ず勝つよん」

 その言葉にこれ以上にないほどの『重さ』を感じ取った丙良は、自分の精力を注ぎ込んで完全に治療しきったのだ。

 一通り治療を終えた丙良は、ロック・バスターを背負いなおし、二人の距離のちょうど中間に立ち、この戦いの見届け人として床に大剣を突き立てる。弱り切っているため、突き立てているようで微妙に刺さってはいなかった。

「――勝負はこの羽田空港敷地面積全て。反則行為は特になし。奇襲不意打ち何でもあり。どちらかが戦闘不能になるか、降参するかで勝負は決着とするよ」

「……だってよ、信之」

「するわけ無ェだろ、兄貴」

 今までいがみ合っていた兄弟は、この時ばかりは不敵に笑いあっていた。

 二人の手に握られているのは、そっくりそのまま同じ武器。しかしモードは異なる。信玄は念銃、信之は念剣。それぞれの因子元たる、英雄の愛武器そのままの名前を背負い立つ一振と一丁。

 エヴァが作った念銃と、『教会』がそっくりに作り上げた念剣。普通ならこの世に一本しかないはずのそれが、今二つ存在する理由。それは、信玄がこの設計図の情報も流していたから。しかし、その真意はいつか来るであろうこの時を、見越していたからこそ。

 信之が、信玄への精一杯の嫌がらせで、『織田信長』の忠実な僕として活躍した『森蘭丸』、またの名を『森成利モリ ナリトシ』を、非合法に継承するであろうことも見越した名づけであったのだ。

「――兄貴には、最初から敵わなかった。まるで未来を見通すように、敵対した後もこの武器をあてがった。俺が『蘭丸』の力をパクったなんて、一切伝えなかったのによ」

「……伊達に、中学までまともな兄貴やってないんだよ。考えうる最悪の状況っての……それはきっとこうなるってのを、ただ予想しただけだよん。きっと、本当に嫌がらせしたいなら……信之は蘭丸の力を違法適合手術であてがうはずだ、ってねん」

 弟がこうまでなったのは、自分のせい。自責の念が渦巻いた結果、あらゆる情報を流していた中で、重要な情報を多く横流ししていた。しかし、その情報群は精査すると根幹の機密情報ではなく、ある程度踏み込みはするも、一学生でも手に入れられる情報群であった。

 信之に見合った武器の設計図も、結局は同じようなもの。エヴァからの信頼は少々落ちるものの、真相を話せば多少は許してくれるだろう。

 銃恐怖症であるエヴァには設計図とパーツのみを作成してもらい、独学で完全に組み切った。信之は教会お抱えの武器職人に作らせた。

「……あの時から、俺たちは狂ってしまった。運命に弄ばれた結果、クソみたいな親をこの手で殺してから……多くの命を摘み取ってきた。そこら辺の雑草を根ッから摘み取るようにな」

「――何度か、この英雄の力を恨んだよ。縁が半ば切れたけれど大切な弟が、狂った原因こそ『因子』にあった。中学半ばまで、俺っちじゃあなくて信之にこれがあったら……って何度も考えたよ」

 あり得ないイフでありながら、二人とも望んでいた未来。

「……僕は、二人の勝負には呼びかけられない限り参戦しない。あくまで僕は、この試合を見届ける一人の男。そのスタンスでありたいのさ……兄弟間のいざこざに土足で踏み入るほど、落ちぶれてはいないからね」

 丙良は二人の雰囲気を察したのか、その場から去った。言葉通り敷地内にはいるだろうが、二人きりの時間を作りたかったのだろう。それが、かつてコンビを組み暴れた人間への、最大限の配慮であると自覚していたのだ。そのためなら、精力を削られても許せる。そこに言葉はいらない、男同士の純粋な友情を示していたのだ。

「……本当、慎ちゃんは気遣い上手だこと。今度、いいエロ本でも見繕おう」

「――大分、暢気してんのな、兄貴」

「まあね、これが俺っちの『いつも』さ」

 冗談めいたように信玄が語ると、二人は静かに笑いあった。

「……思えばよ、兄弟喧嘩っての。今までやったことなかったよな」

「だね、何だかんだ俺っちが全て譲ってきたからさ」

 望むものがあれば、兄である信玄が譲れるものは全て譲ってきた。『因子』が芽生えるまでは。芽生えてからは、両親がそれを許さなかったのだ。喧嘩する余地すら生まれないほどの、徹底的な差別により、まともな争いをしてこなかったのだ。

 二人とも、それぞれの武器にライセンスを装填。あとは、どちらかが口火を切るのみ。

「覚悟は、良いか?」

「――出来てねェ訳、ねえだろ」

 今までいがみ合っていた、二人きりの兄弟。こうして向かい合う今が、尚早だったか最高のタイミングかは、二人のみ知る。

「「――――変身!!」」

 エネルギー弾ともに圧縮装甲を射出する念銃、袈裟斬りを具現化させた斬撃と共に、局所的に空間を捩じれさせ当事者を異形へと変貌する念剣。それぞれの攻撃がすんでのところで頬を掠め、宙を舞いそれぞれの方へ飛来していく。

 しかし、変貌や装甲を纏う前から、二人はそれぞれに向かって歩き出していた。怨恨や嫉妬心など、一切感じさせないほどの穏やかな精神で。

「――『教会』と英雄。どっちが強いか、ある意味根競べか」

「……上等。実の弟だからって言って加減しないよん」

 静かに笑いあった二人は、その場を力強く蹴り、一気に駆け出す。今までの距離を、急速に縮めていく。

「信玄ゥゥゥッ!!」

「信之ィィィッ!!」

 拳がぶつかる寸前に、それぞれ力を纏い。拳がぶつかった瞬間互いの念能力がぶつかり合う。空間はねじれ、一瞬にして衝撃波が敷地全体を伝っていく。人一人いない羽田空港の窓ガラスが、たった一撃が衝突しただけで六割がた破砕される。

 始まりは、いつだって嵐。

 互いの念能力、互いの英雄。交わるはずのなかった物語が、まるで作品の二次創作のように、無限に展開されていく。

 たった二人きりの勝負が、朝七時に幕を開けたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?