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第百四十四話

 数名の傍観者ギャラリーなどなんのその、羽田空港全体を舞台とした、兄弟二人きりの決闘場。普段ならば、多くの空港利用者でごった返すその場であったが、ここはジオラマ。無人という異質さがそこにあったはずなのに。

 心臓の鼓動すらうるさく感じたはずの静寂が、たった二人の兄弟喧嘩によってかき乱されていく。

 怪人としての念能力、そして英雄としての念能力。それらが激しく、素早く交差することによって生じる衝撃波は、まるでその場に台風が発生したかのように場を荒らしていく。

 念剣同士、あるいは念銃のエネルギー弾同士。それらが交差していく中で、二人の中に生まれるものは数知れず。

 それは、長いようで短かった、幼い頃の仲が良かった頃の記憶。


(兄ちゃん、負けないぞ!)

(俺が信之に負ける訳ないでしょ!)


 鍔迫り合いによって、何度も至近距離で顔を合わせる二人。しかし、その表情はいがみ合うものではなく、ただ笑っていたのだ。

「楽しいな、兄貴」

「初めてだ、喧嘩を楽しいって思ったのは」

 一瞬のゆるみが生じ、信玄は体勢を崩し。その間に容赦なく念剣で斬りつける信之。

 派手に装甲が削れ、弾き飛ばされ。多くの壁やガラスを巻き込みながらも着地する。

 高笑う信之のがら空きな胴体目掛け、念銃に変形し数発のエネルギー弾を撃ち放つ。一切の容赦なくその弾を弾き飛ばすも、弾き飛ばした勢いそのままに他の壁や柱を破壊していく。

 煙が生じ、その中から念剣を携えた信玄が迫りくる。

「そうか、そこまで織り込み済みかよ!」

「そうだよん、信之!」

 まるで侍のように、激しい剣戟を繰り広げる二人。踏み込み、体重を乗せたまま斬りつけ。構えなんて大それたものはそこにはなく、ただ馬鹿力のままにぶった斬るのみ。とても同じ時代を生きた侍、あるいは武将を因子元とした人間の戦い方とは思えない。

 二人の因子は、それでも共鳴し合う。『信長』と『蘭丸』。互いに同じ時代を同じ陣営で生き、特に目をかけてきた存在だからこそ。

 刀を振るう際の型など関係ない、チャンバラでもいい。

 ただお互いが、気が済むまで斬り合えば、撃ち合えば、殴り合えばいいのだ。意見の食い違いや、多くのすれ違いなど関係ない。そこにあるのは、ただ長いこと語り合えなかった兄弟が場を用意され、やっとの思いを乗せ語り合うだけであった。

 激しい斬り合い。その中で、装甲を削られた信玄のやり返しと言わんばかりに、怪人の肉体を激しく斬り崩す。袈裟も、逆袈裟も。

 激しく血が流れようが、お構いなしであった。

「すっげえ血の量! ここまで出ると気持ちが良いよねん!」

「本当だなクソッタレ、治す身にもなれよ!!」

 傷に手をかざし、傷跡そのままに血の流出を止める。しかし、治すにもほんの少し隙が生まれる。その瞬間にかざした左手を斬り飛ばし、欠損状態にまで持っていく。

「すっげえ、俺っち初めて誰かの手を斬り飛ばしたよ!」

「それが弟ってのも救いがねえよな!!」

 互いに罵り、互いに讃え合い。世にも奇妙な殺し合い。しかし、二人にとって空いてしまった隙間を埋める方法を知っているはずもなく。不器用に互いを乱暴に傷つけあうだけ。しかし、二人にとってはそれでよかったのだ。

 やり返しと言わんばかりに、信之もまた乱雑に力を込め、信玄の右腕を肘から切り落とし、完全に肉やら骨やらが丸見えの状態にまで持ち込んだ。

 それすら魔力によって治す、そんな中で、意表を突くために治りきる前の腕によって殴り飛ばす。それによって治癒が遅れようと関係なし。お互い、どれほど怪我をしようと最後にその場に立っていればいい、それだけの実に乱暴な考えでお互いの前に立ちふさがっていたのだ。

 念剣でさんざ斬り合ってきた中で、二人一緒のタイミングで刃部分を倒し、念銃へ形態変化。それぞれが人体の急所である脳や心臓部を狙い銃撃するも、それぞれがすんでのところで回避し続ける。

 顔面に撃たれたときは、銃身で弾道を曲げ。

 心臓部に撃たれた際には、同じエネルギー弾で相殺し。

 念銃自体で殴り掛かる際には、腕や足で勢いを相殺。

 一切の攻撃も通らない、許さない。一進一退の攻防劇。

 お互い後方へ跳躍し、そのまま何度も銃撃。互いに攻撃が直撃することはないものの、互いの心理や行動が兄弟ながら読めているのか、どれだけ銃撃が交わされようと被弾しないのだ。

 しかし、こんな喧嘩の中でも、二人は実に楽しそうであった。

「懐かしいな! 昔ゲーセンでこんなゲームやったことあったよな、信之!」

「あったな、よくスコアアタックしてたよな! 確か五分五分の戦績だったか!?」

 空港が最初のステージ。多くの敵兵士や、機械兵器を相手にしたエージェントのガンシューティングゲーム、『タイムクライシス4』。仲良くそのゲームをプレイしていた記憶が蘇る。

 どれほどに場を荒らそうと、兄弟にとっては楽しい記憶が蘇っていくのだ。人間は、楽しかった記憶より嫌な記憶を保有する癖があるが、二人にとって嫌な記憶は多すぎた。だからこそ楽しかった記憶ばかりが過るのだ。

 先ほどの剣戟によって負った傷は完全に治ったものの、魔力量の差が如実に表れ始めた。信玄はまだ余力があるようであったのだが――信之は違っていた。次第に肩で息をするようになっていたのだ。

 遮蔽に隠れる事すらせず、当人同士銃撃をお見舞いしあうだけ。

 頬を掠めるものもあれば、胴体にクリーンヒットするものも。

 互いのありったけを込めた銃撃は、本人にヒットすることなく、それぞれの念銃を捉え弾き飛ばす。

「……おかしいな、俺っち信之の顔面捉えたはずだけどな」

「――お互い、心の底では思ってんじゃあねえの、『終わってほしくない』って」

 信玄は、そんな信之の言葉に、初めて純粋に笑った。そこに、他意はない。

「……それ、信之も思ってんだ」

 弾き飛ばされた念銃を追うこともなく、二人は羽田空港だった場所の中央に集まる。戦いの中で、理路整然としたゴミ一つない無人の空港が、もはや粗大ごみの集積場。瓦礫の山と化している。

 英雄と怪人の喧嘩は、碌な状況を生まないものであったが、今がまさにそうであった。

「――何でだろうな、本当。傍から見たら、全力で殺し合っているようにしか見えねェのにねん。すっごい楽しくて……仕方ないねん」

「……本当だよ、俺……今まで生きてきた中で、今がいっちゃん楽しい」

 他の怪人よりも、信之の怪人体は顔がよく分かる。何かしらの障害によって視線や口元が遮られることが多い怪人体の中でも、数少なく顔が分かりやすい。目元も口元も、因子が存在するため、英雄の頭部装甲に近しいヴィジュアルとなっているのだ。

 そんな信之も、満身創痍に近しい状態でありながら、しっかりと楽しそうに笑っていたのだ。


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