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第百四十八話

 『教会』陣営内部に、さらなる裏切り者がいることが発覚し、お互いがお互いを信じられず疑心暗鬼の状態で動いていた。それは、英雄側からしたらメリットでしかなかった。

「――やるじゃん、学園長」

「じゃあ、手筈通りに動いてくれよ、皆」

 信玄が笑い、丙良が静かに号令を出すと、院と透以外のメンバーは分散し動きだした。

 今やもう母数自体が少ない英雄の軍勢がとる作戦は、戦力の分散。人数が少ない場合、かつそれぞれがちゃんとした強さを保有している場合、一点集中型の陣形よりかは分散し、万が一当人が敗走した場合でも、一気に敗北に近づく可能性がいくらか減る。

 敵側も広く分散するだろうが、主である待田をはじめとして、前線きって動きはしない。物量で圧しこみ、戦意喪失を狙う策だろうが、敗北のリスクを冒すには状況が良くない。

 数にして、約六百の有力軍勢を真正面から相手にしたら、ある程度の限界が生じる。それが一年次、二年次それぞれの最強格が集った面子であっても。

 だからこそ、まずは馬鹿正直に真正面から相対せずに、ある程度の搦め手を用いて人数を減らすことが最善策であった。

 ただでさえ、『教会』側は信一郎の一言により、二度目の内部分裂が起こっていた。戦力を効率的に分断するには、この状況はうってつけであった。

「お前が裏切り者だろ!!」

「大した力もねえのに裏切るかよ!!」

 始まりは、ファクトチェックすら行われていない、程度の低いフェイクニュースにより踊らされた自分たちが、学園長からの情報に踊らされる結果に。英雄陣営を勝手に裏切っただけなのにも拘らず、「自分が悪い」という思考が存在しないのだ。

 現在地、板橋区の外れ。多くの裏切り者たちが、互いを罵り合いながら索敵していた。そんな中、どこかからか声が聞こえる。

「あっちにいたぞ、丙良だ!」

 しかし、駆け付けた先には誰もおらず、『騙してごめんね?』とだけ書かれた木製の看板のみが立ち、皆仲良く乱暴な土流に飲まれるのみ。勢いとしては、命を奪うほどのものではなかったが、どれほどの手練れであろうと身動きを取れるようになるには、少々時間を要するほど。さらにそこに、その土流の主がそれ以上の『最強格』であったとしたら。

 流体であった泥が、大剣が突き立てられることによって瞬時に岩ほどの硬度へ変化。その上に立つのは、仲違いしていた数名を見下ろし、嘲笑する丙良であった。

「……君たちさ、仲違いするのは勝手だけど……流石に陣営内で聞こえたことのない声の元に向かうのは――些か不用心が過ぎないかい?」

「へ、丙良……ッ!!」

 同年代から多くの恨みを買っているであろう丙良。最初その事実を知ったときは傷ついたものの、心に折り合いをつけそれら有象無象の障害として立ちふさがる。

「正直、君たち同級生が、大した努力をせずに厳しい世界を渡っていけると思っている、そんな酷い体たらくっぷりに、脳が痺れるほどの甘さに――――がっかりしたよ」

「お前に……何もかも恵まれた奴に分かられてたまるかってんだ!!」

 どれほど恨み節を吐かれようと、所詮は落第生一歩手前の負け惜しみ。固形化を解除することなく、その場を立ち去ろうとする丙良であったが、突如として見知った魔力反応を感知する。感知能力は振動に特化している彼だが、それでも容易に理解できる一際濃い魔力。

「丙良……お前終わったよ」

「奴はもう……お前の知る英雄じゃあない」

 振り返ると、そこにいたのは丙良より一組下、しかし一年次の時は丙良と同級生であった存在。

「やあやあ、久しぶりだね丙良さん! この感動的な再開に祝杯を上げようじゃあないか!」

「――御門、王歌」

 英雄学園英雄科二年二組、御門王歌ミカド オウカ

 栗色のセミロングに、紫色の瞳。贅肉などありえないと言わんばかりに、すらりと伸びた四肢。もし英雄としての道が初めから無かったのなら、モデルとして十分通用するレベル。しかし自己主張が激しい人物のため、絢爛豪華なアクセサリーの類を無数につけている。

 女子生徒の中でも有数の実力者であり、ベース能力は火。元々は丙良同様、上昇志向のある生徒であったが、度を越したナルシシズムと力への渇望の結果、学力不足にいくつかの校則違反を重ねた結果、二年次に昇級する際一組ランクダウンしている。

 実力は、元々丙良や信玄と競えるほどの下地が出来ているため、裏切った有象無象と一緒にするのは失礼だと言えるほどの存在である。

「……なぜ、御門さんがここに? 君は少なくとも……そこで地を舐めているような、ろくでもない英雄ではないと――思っていたけれど」

「単純さ、ボクのステージを押し上げるには、デバイスドライバー以外のエッセンスが必要不可欠……何せボクは英雄界の頂点トップ・オブ・ザ・ヒーロー・オブ・ザ・ヒーローである必要があるからね! 君たち平民英雄を束ねる、ボク一人だからね!」

 傲岸不遜な態度を一切崩さない御門。その下腹部には、既にチーティングドライバーが装着されている。精神汚染が進んでいる証であった。

「ボクは思うに……君は邪魔者であり、宿敵ライバル……王であるボクの道を邪魔する、ドラマティックな不届き者さ。手始めに……君の首を持ちかえるとしよう。王の初陣を果たすなら――うってつけだね」

「御門さんのナルシシズムは元からまあまあ酷かったけど……汚染の影響をもろに受けているようだ、真っすぐな君だったはずなのに……実に猟奇的≪バイオレンス≫で見ていられないよ」

 その一言に、うっすらと口角を上げる御門。その立ち居振る舞いに疑問を抱く丙良であったが、その疑問を指摘する余裕はなく、互いにライセンスを認証、装填する。

『暴れん坊皇帝ネロ――暴君は、我がままに国を欲しいままに操り、死して尚多くの民衆の心を掴み、浮世に揺蕩う』

 デバイスドライバーと異なり、無機質な音声が鳴る。今まで立ち会ってきた敵の中で、その認証音声を聞くことは、丙良は初めてであった。

(――何で、こっち側が扱う武器やドライバーの音声と酷似しているんだ?)

 その疑問を抱えながらも、丙良はロック・バスターのグリップを三度捻り、辺りに流体化させた土を纏わせる。御門は自身を片腕で抱きしめるように振る舞いつつ、冷徹な瞳を向け華麗に上部を押し込む。

『Crunch The Story――――Game Start』

「「変身!!」」

 暴君対半人半神の英雄。ローマに所縁のある因子継承者同士の戦いが、東京二十三区外れにある板橋区にて……一大劇が開幕した瞬間であった。


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