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第百四十九話

 ネロはかつて、自身の派手なパフォーマンスによる財政難を、貴族の追放や処刑による財産没収で補おうとして、元老院貴族やキリスト教徒から『暴君』と呼ばれた。

 そんなネロとその時代の鎧の特徴を捉えた、雄々しいものであった。古代ローマ兵士が着用していたとされる、ロリカセグメンタータと呼ばれる板金鎧を、より歪に。さらにそこに薔薇が各所にあしらわれた、華美な深紅のドレスを纏う。上半身の守りはかなりのものであるが、基本的に動きやすさを重視した、火力と防御力を両立した姿であった。

 しかし、完全な怪人化、という訳ではなく。英雄独自の装甲に怪人化の要素がちりばめられている、まさに信之が当初変身した姿と似通っていたのだ。大剣を持つ右腕は確かに変貌してはいたが、それ以外は基本的に装甲そのまま。英雄の因子を正式に持ち合わせた存在はそのように変貌する、良いサンプルであった。

 いくらジオラマとはいえ、二人のぶつかり合いによる破壊は、現実だったら考えたくないほどにまで被害額が膨れ上がっていた。戦いが始まって、ほんの数秒時点で、である。

 何より、二年次最強クラスである丙良に、肉薄するレベルの実力者である御門。組がワンランク堕ちた理由も、学業の方が成績不振かつ、いくつかの校則違反が理由なだけ。本来なら戦力として、申し分なかったのだ。

 燃える激情を示すような紅の大剣。それを片腕で扱う御門。力自慢である丙良も、片腕でロック・バスターを振るう。対戦相手としては華奢な女子であるが、お互いパワータイプであったのだ。

『本当、君は好敵手としてうってつけだ……流石ヘラクレス! ボクの相手にとって不足無しだよ!』

「ノリノリなところ悪いが、そこまで君の一人劇場に、時間かけてられないんだよね、御門さん!!」

 辺りの土を流動させながら、防御壁にしたり、そのまま斬撃を具現化させたり。多種多様な活かし方で、御門の動きを鈍らせていく。

 しかし、御門本来の戦い方は、両手をある程度縛られる大剣使いでありながら、軽やかに戦うことに真髄がある。まるで、ダンスフロアで華麗なステップを踏みながら、そのフロアの主役に君臨するように。

 丙良の戦い方は、基本的に地盤を固めながら堅実に立ち向かう、良くも悪くも安定したスタイル。RPGでよく見られる、重鎧をまとった戦士こそ丙良。御門は、その重戦士ウォーリアーたるスタイルに、あろうことか踊り子ダンサーの軽やかさを包含しているのだ。

 火力は幾分か落ちるものの、それを補って余りあるほどの変則さと速度。型破りな戦い方である故、丙良は多少なり苦戦していたのだ。相手が女性、というのもそれに拍車をかけている。丙良に女性を傷つける趣味はない。

 火の性質を纏った紅の大剣が、土の性質を纏った丙良のロック・バスターと何度も打ちあう。剣同士がぶつかり合う音はせず、板橋区に響き渡るのは重機が喧嘩しているような激しい打撃音。

 あたりの有象無象もたまらず逃げ出すほどの、火花と土が融解した残骸。当たれば火傷では済まない。

 大剣同士だと拮抗状態のまま、そう考えた丙良は大剣中ほどに備えてある、小剣ロックと大本である大剣バスターに分割。二刀で紅の大剣を迎え撃つ。

 しかし。怪人化に伴って各ベース能力が向上した結果、火の性質を操る紅の大剣はさらに勢いを増したのだ。丙良の能力によって固められた土が、灼熱の炎に焼かれ千度ほどのマグマに近しいものに。

「――本ッ当、凶悪な性能だよ怪人化ってのは」

『どうかな、この力! 主役としては振るわないだろうが、それでも君に肉薄できる! 君がタイマン上等のドームを展開しようと、ボクは抗って見せるとも!』

 その言葉に多少の引っかかりを覚えた丙良は、装甲全体の出力を上げた。どれほど土を溶かされようと、打撃で補えるように。

 紅の大剣は元から一本の大剣であったが、ロック・バスターは最初から分割かつそれぞれフルパワーを出せる状態が存在する。それこそ、装甲との連動。

 元が一の数値を持った武器があるとしたら、フルパワーになったらその二倍。ただそれだけ。しかし、これがそれぞれ一の数値を持ち合わせ、魔力を流し込んで一対のフルパワーになれる武器だとしたら。二の数値を持った武器が二本出来上がり、振るうスピードも上がれば一石二鳥である。

「君にはいろいろ聞きたいことがある……というか、結構山積みなんだけどね、問題は! 殺しはしないが……性別差ある中でいたたまれないが、無力化位はさせてもらうよ!」

『いいね、是非ともボクの心を躍らせてくれたまえよ!』

 多くの建物を巻き込みながら、多くの有象無象たちを巻き込みながら。区全体が割り振られた戦闘エリアのため徹底的に戦いあう。

 その中で、丙良は敵を観察しだしたのだ。攻撃の手を緩めている訳ではないが、大剣同士の攻撃や各々の能力がぶつかり合う中で、魔力の流れ方や言葉遣いをつぶさに観察したのだ。

 結果、戦いなのにも拘らず、一切の敵意を感じ取れなかったのだ。まるでこの時を楽しんでいるかのように、大剣を交わし合っていく。まるで精神汚染されているようには思えないほど。戦闘前の言動こそ、偽りの自分を示しているようであったのだ。

 それに、信一郎の発言からしても、『それ』としか思えなかったのだ。

 その中で一つの結論に至った丙良は、大剣で有象無象の気配が少ない場所に叩き飛ばし、すぐさまにその場へ乱暴に着地する。

『――いいね、こういった人気のない場所は。誰に邪魔されるでもなく……お互い高め合うことができる』

「――やっぱり、そうだ」

『どうしたんだい、君御得意の決着をつける、コロセウムならぬドームを生成しないのかな? ボクとの戦いがそんなに不満かい? さあ、互いに高め合おうじゃあないか、より上の次元に!』

 その言葉、そしてこれまでの戦いっぷりに疑問を抱いた丙良は、その場にロック・バスターを突き立て、その言葉通りに辺りの土や建物を高速で分解しつつ、辺りの声や光を完全にシャットアウトできるほどの巨大なドームを生成した。

『良いね! 我々竹馬の友たる、ボクたちの決着をつけるには相応しい――――』


「――もう、演技はやめにしないかい、御門さん」


 丙良は、どことなく察していた。一切の殺意も、一切の敵意すら感じ取れない。そんな御門王歌という『敵』ではない『対戦相手』に。

 丙良は自身の大剣を地面に突き刺し、ドライバーからライセンスをすぐさま排莢。人間としての姿に戻る。

「……最初から、君は僕と外界をシャットアウトして戦いたい、そう言っていた。それは暗に、表立って戦いたくない理由があるはずだよ。例えば――」

『……君には、驚かされてばかりだ。戦いも、そういった洞察力も。改めて――君には敵わないと実感するよ』

 怪人化してはいるものの、表情を窺い知ることのできる装甲であるが故に。彼女の寂しげな表情がクリアな仮面越しに映る。

『――そうだよ、ボクは学園長が言った『内通者』の一人だよ』


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