所変わって、豊島区中央部。多くの小説や漫画作品の舞台となった、池袋にて。信玄は気だるげに佇んでいた。
「――本当、運命って悪戯だよな。ちょっとの間疎遠だった弟に会うし、タイマンガチ喧嘩やって停戦するし」
念銃を手元で遊ばせながら、のらりくらりと無人の都市を歩いていく。
そんな信玄を狙うのは、大勢の裏切り者たち。槍や銃を構え、元同級生を殺す心持を整える。いくら皆裏切ろうと、人間の心は残ったまま。
しかし信玄は、『甘え』を胸に抱きながらワンチャンスに賭ける、そんな裏切り者たちを嘲笑する。全て、自分よりも位が低い存在であるためか、誰がどういった手段で殺しにかかろうと意味がない。
「――おいおいおい。ビルの上階だとかで殺そうか殺すまいか、二の足踏んでいる間に殺ったらどうだい。そっち側には『教会』すら裏切った真の英雄が存在すんだろ? んなのに負けてていいのかよ、だから負け組のレッテル貼られてんじゃあねえのかよ」
その信玄の挑発に、陰に隠れていた裏切り者たちは、レンジなど一切気にすることなく飛び出し、一斉に信玄に攻撃を仕掛ける。
しかし、信玄はチャームポイントの八重歯が見えるほどに口角を歪ませ、間抜けたちと相対する。
「バぁカかお前ら、馬鹿正直に挑発に乗ってどうすんだよ」
念銃をすかさず起動させ、視界外からの攻撃を、銃身をただ当てることで攻撃着弾地点をずらし、エネルギー弾をその場で炸裂させ眩い光を生みだす。
一同の目を潰した瞬間、銃口部を立てて念剣状態へ変形。その場で回転斬りを放ち、男女関わらず平等にダメージを入れる。
しかし、そのダメージは当人に対してのダメージではない。全て武器へのダメージであり、無力化を図っていたのだ。信玄自身も何だかんだ、チョコラテのように甘い男のままである。
吹き飛ばされた裏切り者たちは、皆チーティングドライバーを起動させようとするも、十数名のドライバー全てを寸分狂わず銃撃を叩きこんだ結果、変身が不可能なレベルで破壊された。
「早撃ちで俺っちに敵ったこと、お前らなんぞにあったかよ」
生身の状態であっても、このように敵わない中で何ができるのだろうか。そんな憂いなど忘れたかのように、それを真っ先に行ったのは、命知らずの裏切り者たった一人であった。
二年次の中でも最も劣等生である、五組の元生徒。恵まれた英雄の因子を持ったわけでも、恵まれた体躯や頭脳を持ち合わせているわけでもない。惜しい命はない。銃撃により、配布されたチーティングドライバー、そして元あったライセンスも綺麗に破砕。
対抗手段は、原初の暴力手段である、ただの拳のみ。
「――その覚悟は認めるけど、後先は考えてる?」
「考えているわけ……ねえだろ!!」
「あっそ」
信玄に向かい、生身の状態で走り一矢顔面に報いようとする男の拳は空を切り、信玄の情け容赦のない腹部へのスマッシュでノックダウン。しかも、その拳は念力を込めた、鳩尾への一閃。
臓器全てを揺さぶるほどの力で、裏切り者を容赦なく叩き潰す。その容赦の無さは、辺りの裏切り者たちを震え上がらせた瞬間だった。
「俺っちね、アンタ等裏切り者が何考えてんのかなんて分からねーのよ。でもさ、裏切るにはそれなりの理由と覚悟ってのが必要だよねん」
心臓が一時的に停止した、勇敢な裏切り者を無情に傍へ放り投げると、信玄は有象無象へ向け、今まで誰にも見せたことのない、丸サングラス越しに憤怒と侮蔑の混じった目を向ける。
「――だからさ。中途半端な嫉妬心で俺っちたちに刃を向けたら、こうなるってのは目に見えてたよな? それなのに、教会側の力に変に依存した結果、自分でその力を定着だのなんだの、少なからず努力を重ねなかったが故の敗北だよな??」
丙良が怒りを露わにしたように、信玄もまた声を上げるばかりで大したアクションを起こさない、そんな下級の生徒たちが許せないのだ。
どれほどの才能があったとしても、大した機会が恵まれなかろうと、いくら血統に恵まれていようと。努力を重ねることは無駄にはならない。その生き証人こそ、礼安たちをはじめとした『最強格』と称された面子たち。
恵まれた境遇をそのままに、ただ台無しにし続ける者たちが、かつての自分を見ているようで許せなかったのだ。
皆、黙る以外にできることは出来ず。大した存在でもない人物を相手にするほどに暇ではない信玄は、池袋の地を後にしようとした、その時であった。
「――情けないわね、本当に」
信玄の進行方向に突き立てられる、一本の槍。それと同時に、人間の姿へ戻る人物。
「……武器科の女子か。悪いけど俺っち先約があってねん」
「名前くらい覚えたらどう、物忘れ激しいのかしら」
殺意、攻撃欲。それらを感じさせず音速に迫る攻撃を、すぐさま念剣状態に形態変化し防ぐ信玄。これほどに優れた能力を持った存在は、武器科の中でも有数の存在。
攻撃を何とかいなし、後方へ飛び退く信玄。実際、顔を見た瞬間に、その人物の正体を理解した。驚愕、後に困ったように笑った。
「――おいおい、裏切った相手は下の位の生徒以外にもいんのかよ」
「その様子だと、思い出してくれたようね信玄」
信玄の前に立ちふさがるのは、武器科二年一組所属、
『武器の匠』であるエヴァと比べると各能力は劣るものの、能力の無駄のなさや類まれなる頭脳、英雄科顔負けの戦闘能力と言い、まさに才色兼備。先ほどの信玄の持論の通り、最初から恵まれてはいなかった中で、努力で能力を研ぎ澄ましていった、まさに努力の天才であった。
「――何でアンタさんがここにいるんだ、琴音っち」
「あまり馴れ馴れしくしないで貰いたいわ、信玄。それぞれの想いを理解もせず、頭ごなしに否定して……恵まれなかった者が足掻くまでの過程を見てあげてないのね」
信玄の喉元に向けられるのは、綾部の因子元である『ゲイ・ボルグ』のレプリカ。魔力量が底を尽きない限り無限に生成できる、一刺一殺の禍々しい呪われた蒼の槍。
「……何だろうな、ちょっと見ない間に、誰かを心配できるほどにまで精神が丸くなったのねん。相変わらず言葉自体は冷てぇけど」
恵まれなかった者への救済。それを語るには、少々因子元が有名過ぎる上に、本人がその甘言を撥ね退けられるほどの努力を重ねている。それ故に、一切理解できなかったのだ。綾部が信玄の前に立っている、この事実が。
「――誰か、人質にでも取られてんの?」
「まさか。もしそうだとしたら、信玄に心配されずとも、私単独で救いに行く。私がここに立つのは……私の意志でよ」
「……琴音っち」
しかし、信玄は察知した。その話題を出した瞬間、常人には理解できないほどであったが、ほんの少し、槍の切っ先がぶれたのだ。
「――わーったよ。少しくらいは黙って足止め食らってやる。武器科と英雄科、どっちも最高峰。どっちが上か、ちょっくら腕試しと行こうか」
念銃にライセンスを込め、銃口を綾部に向ける。綾部自身も、すでに装着したチーティングドライバー上部に手をかける。
信玄に、女子を甚振るなんて下種のような趣味は存在しない。加減はするものの、相手の根幹に悟られてはいけない。しかし、これだけは口にしたかった。声にはせず、あくまで読唇術で読み取れる範囲で。
(――琴音、今助けてやる)
「「変身」」
様々な思惑が交差する、池袋での合戦が始まった瞬間であった。