目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第百五十二話

 綾部の怪人化の姿は、御門とは異なった、完全なる異形の姿であった。瞳を隠すようにバンダナのような模様が施されており、女性的な肢体とほのかな膨らみはそのままに、片方の掌に蒼の槍が縫い付けられていた。さらにもう片方の腕は腕ですらなく、肩口から腕が切り落とされたかのような状態に、槍が痛々しく歪に生えていたのだ。

『私は――勝たなきゃいけない』

 面を上げた綾部の顔を目の当たりにした信玄は、目を細めた。口は完全に縫い付けられており、声を張り上げる事すら何者かから禁じられているようで。全てにおいて、綾部の胸中がそのまま怪人体に現れているようであった。

「――負けるつもりは毛頭無ェけどさ。今の琴音っち……すげえ苦しそうだよ」

『うるさい……信玄に何が分かる!!』

 両の腕、ならぬ両の蒼槍そうそう。緩急の付いた、しかしそれでいて明確な殺意を感じ取れるほどの速度で信玄に迫りくる。

 通常念銃を使うのが信玄のポリシーなのだが、近距離戦を押し付けられてはたまったものではないと、咄嗟に念剣に切り替え、それら蒼の槍を捌いていく。

 しかし、信玄の装甲サポートよりも、怪人化した綾部の膂力の方が上回っていたのだ。

 頭部装甲のうち、頬を掠める蒼槍の突き。罅は入らなかったものの、仮に信之とタイマンを行ったあの時のように、頭部装甲が無かったらと思うと、鳥肌ものであった。

 次第に、治ったはずの各所の傷が、ジワリと痛みだした。丙良の精力スタミナ不足で、若干治りきっていなかったのだ。

(マジかよ、俺っち顔が命なのに!)

 少々くだらない思考をしていないと、痛みで考えや流れが乱れてしまいそうだった。

『信玄に遠距離戦はさせない、こっちの得意なことを押しつけ続ける』

「そうかい、そりゃあヤなこった」

 念剣で弾くよりも、一点に威力が集中する念銃こそ信玄の独壇場。迫りくる蒼槍に、何と銃撃を合わせたのだ。

 蒼槍自体の質量は女性でも扱えるほどに軽快なもので、丙良のようなパワータイプに当たると、途端に攻守が逆転すると言えるほど。

 信玄に、そんな丙良を越えるパワーは簡単には出せない。しかし、一点に込める力と英雄らしからぬ回りくどい手段、そして策を考える頭脳は、彼の十八番であった。

 そして、なにより。機を見たのだ。どれほど高速で振るわれる槍だろうと、ほんの一瞬見つかる隙が存在する。よほどの熟練者でない限り、どんな武器を扱おうと隙を生じさせてしまう。特にまだ人生経験が豊富でない学生の振るう刃は、必ず綻びが存在するのだ。

「そして俺っち閃き丸! ちょーっと準備を整える、そんなお色直しタイムが俺っちに必要だってのが分かった。という訳で――即席閃光手榴弾フラッシュバン!」

 エネルギー弾を、あろうことか綾部の眼前すれすれで炸裂させ、その場から一時退散したのだ。目を封じている相手に有効、という訳が無いのは知っての通り、気持ち程度ではあるが。

 彼女は、学生時から主に魔力探知に秀でていることは理解していた。だからこそ、五感で魔力を感じ取るうえで一番の阻害効果を生む、大雑把な魔力の粒子を顔面スレスレで起爆させる必要があったのだ。

 目は最初からないものと考え、嗅覚と聴覚、触覚を完全にダミーの魔力で潰す。その間に体勢を整える事こそ、彼には必要だったのだ。

『こ、この卑怯者……!』

「頭がいいと言っておくれよ!」

 遠くに離れ、一旦策を練り直そうとした信玄が目にしたのは、驚愕の光景だった。

 たじろぐ綾部がとった手段は、何とバンダナに覆われた自身の目を、己の槍で潰すことだった。辺りに血と共に自分の濃密な魔力をまき散らし、ダミーの魔力を完全に相殺。閃光手榴弾……という名の閃光弾ごときで優位を捨て去るなどあってはならないと、聴覚と触覚、そして嗅覚に全てを頼ったのだ。

(おいおいマジかよ、いくら再生能力がデフォで備わっているからって言って、そこまでやるかよ!?)

 綾部は口で仮初のクリック音を出し、ビルを飛び渡りながら一時退散する信玄を暗闇の中に見つけた。その後、左腕から生えている蒼槍を、まるでマシンガンのように高速射出。速度はかなりのもので、コンクリ製のビルが易々と倒壊するほど。

 クリック音、または反響定位エコーロケーション。それは、発した音や超音波の反響で物体の距離や方向、大きさなどを知る方法。主に蝙蝠や海豚、十週間ほどのトレーニングを重ねた人間が用いる。音の種類は舌打ちによるクリック音のほか、杖で地面を叩くか指を鳴らすケースが多い。

(あンの馬鹿野郎、槍かと思ったら今度はガトリングガンかよ!! 事情あるんだろうが容赦ねえな全く!!)

 声の位置で彼女に全てがバレることを悟った信玄は、口にこそしなかったが、態度は完全に怒っていた。しかも、仮初のクリック音もかなりの精度であり、音が分散するであろう空中でも、信玄の位置を炙り出すことが可能。

 各種基本性能が向上する怪人化は、それほどのメリットが存在するのだ。

 そのため、念剣を用いて蒼の槍を弾き飛ばすことも出来ず。遠距離が主軸となるはずの信玄の主戦場は、高速槍によって完全に封殺。遠距離戦をさせたがらないが故に、槍本来の主戦場よりもそれぞれのレンジに対応した戦い方を、綾部自身の想像力で可能にしたのだ。

 すぐさま遠く離れた無人のビルに逃げ込み、そこで念力により簡易隔壁を生成。音も空気も断絶した、新たな別空間を生みだしたのだ。

「――正直、琴音っち魔力感知能力秀でているだろうから、これ察知されんのも時間の問題かもしれねえけど……今はこれしかねえ」

 その空間の中に入り込み、すぐさま変身を解除。自身の目の前にライセンスを置く。

「――あんときも応えてくれなかったな、ノブちゃん。お互い仲良くやろうぜ」

 目の前で胡坐を掻く信玄であったが、ライセンスの大本――『織田信長』は一切答えない。

「……なに、俺っちのことがかつて戦った、武将のおっちゃんに名前の漢字似てっから……と言うか読み以外ほぼ一緒なのが嫌なのか? 悪ィけど俺っちこの名前気に入ってっから、おいそれと改名は出来ねェぞ?」

 どれだけ親近感溢れるお調子者を振る舞おうと、ライセンスの主たる信玄には答えない。

 ついに信玄は観念したのか、そのライセンスの中に精神を同化させ、入り込む。しかし、信玄の表情は、実に浮かないものであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?