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第百五十四話

「――んぅ、戻ってきたか」

 涙混じりの寝ぼけ眼で、現実世界へ帰還した信玄。いつの間にか、念銃のスペックが上がっていたのを感じ取った。それもそのはず、アップデートがされた中、過去の武器や装甲のままだとエラーが生じる。パソコンやゲームデータと一緒である。

「……え、本当にこれ変わったのか?」

 しかし、念銃以外にアップデートされた信長の力が、あまり感じられないように思えたのだ。どれほど力もうとも、出そうになるのは今までとあまり変わりない質の魔力。

 首を傾げつつ、新規空間から外に出る信玄であったが、そのすぐ前に。

 壁を貫く、蒼の槍。

「あっっっっっぶねえな馬鹿!!」

 装甲を展開していない中、あろうことか信玄の鼻先すれすれまで高速で飛来し、迫ってきたのだ。まるで最初からその位置に頭が来ることが分かっていたかのような、異常なほど正確無比な飛来であった。

『お遊びは、終わりよ』

 高層ビルの天井を着地の衝撃で派手にぶち抜き、その中には変身していない信玄と怪人体の綾部のみ。レンジは至近距離、念銃を得意とする信玄が不得手とする、最悪のレンジであった。

『――なぜ、変身していないの? 死ぬわよ、信玄』

「……なに、そんなに俺っちのこと心配してくれてんの?」

 そんな信玄の見え透いた挑発に、耳を掠る蒼の槍。多少なり出血するも、信玄はほのかに笑って見せた。

「――何で、さっきから俺っちを殺そうとしないの? ぜーんぶの攻撃、すんでのところで回避できるよう振る舞っているよね」

『信玄が回避しているだけでしょう、邪推はやめなさい』

「でも、今のは俺っち一切避けてねえよ。……教えろよ、何をされた」

 信玄の目は、完全に怒りに満ちていた。サングラス越しに向けている対象は綾部ではなく、その向こう側に存在する『何者か』。全てにおいて、温厚な信玄であるが、自分の手を汚すことなく誰かを傷つけようとする輩が本当に大嫌いなのだ。

『――もうどうにも、ならないのよ。私がやらなきゃ……』

 涙をこらえる綾部。震えが止まらず、信玄を害すことを止めるように少しずつ離れていく。

 彼の情報網は、そこまで広い方ではない。それこそ、情報屋なんて隠し事を表立って行っているわけではないため、何より科が違うため詳しいことは知らないが、彼女に兄弟や近親者は既にいない。両親は早くに死に、兄弟はいない。失うものが信玄と同じレベルまで無い存在が、何を失ったら怖がるというのか。

 名誉。特段それにこだわっている節はない。恋人。そういう色恋に興味はない素振りを普段から見せている。学業。程よくおかしい人物ではあるが、学業にひたむきな学園長が脅しているとは到底思えない。

「……どうした、琴音っち」

『やだ……やだ……!! 誰かが……私を……!!』

 頭を抱え、苦しみだす綾部。涙か血液か、辺りに撒き散らしながらも操られるように信玄に槍を向ける。その表情は、藁にも縋るほどの切羽詰まった人間の顔であった。

『やだ!! やだ!! 止めて!! 信玄、逃げて!!』

「――そいつぁ、聞けねえ相談だな」

 以前よりも輝きを増した、というよりは本来の姿となった『織田信長』のライセンスを手にし、念銃へ認証、装填する。

『認証、信長英傑大絵巻! 尾張生まれの大うつけ、戦国の世でド派手に大立ち回り!!』

「琴音っちの人生を……弄ぶなや。どこの誰かは知らねえけど……大切なもんを人質として取って、好き勝手させようだなんて……絶対に許さねェ!!」

 拓かれた上空に向けて放たれる、複数の圧縮装甲弾。その後、念銃を腰に備えた信玄は、無手の状態で暴走する綾部の元へ歩き出した。


「もう、誰も失わせない。もう誰も死なせない。俺の一座の人間に――手ェ出すな!!」


 宙を複雑に曲がりくねった圧縮装甲弾は、暴走する綾部に向かい走る信玄へ、順に着弾していく。足元から、腰へ。そして胴体部に移り、頭部装甲へ。拳がぶつかる寸前、腕部装甲が完全に装着され、完全に装着が完了された。

 以前礼安の前で変身した時よりも、各種装甲が煌びやかに。より発色が鮮やかになった結果、甲冑モチーフの装甲が新品のような輝きを誇っていた。

 迫りくる槍を拳で弾き、咄嗟に念銃を構え零距離射撃。弾き飛ばされる勢いで壁が破壊される。

 しかし、何かに操られた様子の綾部も、抵抗を止めない。宙で身動きが自由に取れない中でも、魔力による足場を生成。踏ん張りを効かせた状態で槍を射出。

『止めて私の体!! 動くのをやめて!!』

 自分の意志とは無関係に、無差別攻撃をし続ける綾部。だが、成長した信玄の鋭敏な動体視力と装甲のサポートにより、槍を掴み圧し折るか、念剣にモードチェンジした状態で切っ先にて弾道を変えるか。

 無駄な力が抜け、今までよりも遥かにスムーズな捌き方。しかも、それらの見切りは達人の間合いで行われていたのだ。

 ミリ単位、マクロ単位のもので、さらに最小の力のみでの受け流し。合気道の達人のような、優れた立ち居振る舞い。

「人の邪念ってのは、いつだって誰かを害する。当人以外に満足する人物なんていない。故に質が悪い。自分さえよければそれでいい、最低な人格を持ち合わせた畜生が陥る思考だ」

たわけることは悪ではない。だが――人を貶める行為はうつけを通り越した、非人ひにんの他無し』

 信長の幻影が、信玄の肩に手を置く。温度など感じないはずなのに、魔力の温かみが信玄に伝わっていく。それと同時に、信長の各種技術も伝わっていく。

「――こりゃあ、銃の方が良いか」

『その通りじゃ。あの女子を救いたいんじゃろ?』

 黙ったまま頷くと、静かにサイドトリガーを二度引き、念剣全体に魔力を帯びさせていく。

『必殺承認! サンダンウチ・サイコブレイク!!』

 魔力により、複数の念銃のレプリカを横並びに生成。狙撃銃のように片膝立ちの体勢で構え、一斉に、そして規則的に魔力によって生成された超高火力弾を打ちまくる。ガトリングガンよりも発射レートは低いものの、その持続性は抜きんでていた。

 当時も綿密な計略、そして組織の団結力により武田の騎兵隊を亡き者にしたが、それぞれの念銃が無限弾倉を備えているため、三段構成で補っていた究極の弱点であるリロードの隙がまず存在しない。さらに、それぞれ弾一発の威力が、現存する銃のどれも敵いはせず、驚異的な発射レートで超高火力弾を無限に撃ち続けるのだ。

 しかし、それは怪人体になってしまった本人より、その奥に眠る魔力の塊を捉えていく。まるで一昔前の祭りの屋台にあるような、型抜きのように、繊細かつ大胆に。綾部を操る魔力の残滓だけを的確に、綾部の体内から追い出していく。

 次第に現れたのは、まるでどぶ川の奥底に積もった、醜悪なヘドロのように濁り切った魔力が、人の形となって現れる。次第に実際の人の姿を取り戻していき、その人物は信玄の与り知らない、裏切り者の人間となって表れたのだ。ご丁寧に彼女から外されたチーティングドライバーが、裏切り者の腰に添えられる。

 淀んだ魔力が抜かれ、変身解除した綾部は、魔力の足場を失い落ちてしまうものの、咄嗟に駆け出した信玄の片腕によって抱きしめられた。片膝立ちの状態で、現れた雑魚を見やる。

『や、止めろ信玄!! 俺が死んでしまう!』

 信玄すら知らない、それほどの下の階級の元生徒。みすぼらしく、一糸纏わぬ生まれたままの姿で放り出される。

 汚らしいモノはチーティングドライバーに隠されているものの、目も当てられない全裸の姿であった。それもこれも、魔力をそのまま綾部にオールインしていたためである。

「お前が誰かは知らない。だが……女に手を出し、脅した挙句自分の手を汚さずに俺を殺そうなどとは……笑わせんなクソ野郎」

『貴様には、地獄すら生温い痛みと恐怖を刻み込んでやろう。仮にも……儂は後世にて、残虐な面も有名らしいからのォ。大盤振る舞いとして、その面を存分に見せてやろうではないか』

 さらにトリガーを三度引き、先ほど以上の魔力をふんだんに込める信玄。どこかへ逃げようとする魔力の塊……否、みすぼらしい男は、信玄と信長の念力によって生成した第三の腕によって、完全に捕縛されていた。

『ま、待て信玄! 俺は武器科二年五組、雑賀魚政サイカ ウオマサ! 裏切ったことは悪いと思っている! 許してくれ、礼と言っては何だが、そこの女のいろんな事情を教えてやる! ゴシップってやつだ! 誰が好きだとか、どんなブランドを好むだとか……弱みも知っている! 野郎なら誰でも気になるであろう性事情は――――』


「『問答無用だこのクソ下種ド畜生野郎が!!』」

『超必殺承認!! ホンノウジ・サイコブースト・フィナーレ!!』


 ありったけの魔力を込めたその念銃による銃撃……否、キャノン砲から撃ち出された砲撃は、まさに魔力の乱気流渦巻く、殺意満点の超高密度エネルギー砲。これまで三段撃ちによって放たれていたのは、ただの序の口であることを理解させるほど。

 通常銃や砲台には口径、という概念が存在するが、それらの最大サイズはおよそ八十から九十センチほど。しかし、その魔力砲の口径は、少なくとも大の大人が十数人満足に横に並び、満足に殺されることが可能なレベル。センチではなく、もはやメートルであった。

 その砲撃に被弾したものは、一切の情け容赦なく高濃度、高密度の魔力により焼かれ、切り刻まれ。骨すら残さずに消失する。葬儀屋いらずではあるが、その後の苦しみも担保されている犯罪者泣かせのものであるのだ。

『――お見事だ、免許皆伝と言ったところか?』

「……免許皆伝に必要なのが、あんなクソ野郎相手、ってのが気に食わないけどねん。琴音っちも無事だし……ハッピーエンドかな?」

 苦しみから解放され、怪人化から解放された綾部の表情は、実に穏やかなものであった。


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