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第百五十六話

 所変わって、文京区と千代田区。二地点に立つのは信之と河本であった。

「我々はここの警備だそうですが……他の区では順調に戦闘が行われているようです」

「――そっスか。でも……」

 しかし、この二区は他の区と打って変わって、凪のようであった。有象無象が来るでもない、誰かしら幹部が来るわけでもない。不思議とこの二区が避けられている様子であった。

「……何だろう、これ俺居なくても良かったんじゃ?」

「そ、そんなことはない……と、思います」

「説得力ねェっスよ河本さん」

 区の境目に仁王立ちしながらも、誰か来ないか警備している二人。他の区からは轟音鳴り響く中、この二区に関しては一切の音が鳴らない。ただ二人の呼吸音だけが、大気中にかすかに聞こえるのみ。次第に、二人とも「誰か来てくれ」と願っていたのだ。二人だけの空間が、たまらなく辛く感じてしょうがなかったのだ。

 遂には、河本が待田に連絡用のスマホでメールを送ろうとしていた。援軍を寄こせ、と。しかし、そのメールアドレスは使えなくなっており、敵同士になったことを実感したのだった。

「――何送ろうとしてるんスか河本さん」

「い、いや……ウーバーでもと……」

「じゃあ何でメールアプリ開いてるんスか、アンタ嘘下手糞っスか」

「……待田さんに援軍よこせって送ろうとしてました」

「アンタ馬鹿っスか」

 拗ねた河本はその場でしゃがみ込み、その辺にあった木の棒で地面に落書きをしだす仕舞。この最悪の空気感を、どうにか破壊して欲しいと願った信之の願いは、間を置くことなく叶えられることになる。

「――――――ーん!!」

 大声張ってこちらに走ってくる、何者か。醸し出す雰囲気から、間違いなくこちら側の人間であることが理解できる。

「『教会』側の軍勢が来ましたか?」

「いや、明らか英雄側っぽいんスけど」

「すみませーん!! そこのお二人ー!!」

 明らか敵意を感じさせない朗らかさに、河本は一歩前に出るも、信之は咄嗟に河本の首根っこを掴み遠くへ放り投げた。


「そこのお二人ー、『死んでくださーい』!!」


 心の底から、嫌な予感を感じ取った信之。その予感は的中する。本人も咄嗟に上体を逸らすも、鼻先がほんの少しだけ不可視の刃によって斬れてしまう。

 そこに、熱反応はない。ただ、何者かの到来によってその場に暴風が吹き荒れた。

「――え?」

「……徹底的に殺意を感じさせない、とんでもない奴だ。河本さん、ちょーっと離れておいた方が良いかもっスよ」

 片膝立ちの状態で、河本を庇うように片腕を横に広げる信之。

 この場に走ってやってきた存在は、正しく『狂気』をそっくりそのまま具現化したような、歪んだ笑みを浮かべていた。目はかっ開き、涎を垂らしていた。しかし、河本はそんな彼女の顔を見て見覚えがあるようであった。

「……どうしたんスか、河本さん」

「――あの子、不破学園長が『内通者』と指定していた子じゃあないですか」

「――は!? じゃあ何であんな様子おかしいんスか!?」

「知りません……が、彼女だけではないようです」

 様子のおかしい女子の後ろからゆっくりと歩いてきたのは、がっつり法律違反である煙草をふかしながら、歪んだ魔力を纏っている英雄学園の裏切り者。待田の腰巾着として、たいして強くない自分を、威嚇して取り繕う哀れで惨めな男、元英雄学園二年五組武器科所属、下屋衆合シタヤ シュウゴウである。

 努力しらずの腹周りの駄肉が目立つ、本当に英雄学園に所属していたのか理解に苦しむほど、風体も相好も醜かった。

「――歩くの早ェっつうのボケ。少しくらい落ち着いて俯瞰視できねえのか、この無能がよ」

「すみません下屋先輩! 生きていることを恥じます!」

 通常『内通者』として英雄側が有利になるよう働きかけるはずが、現在進行形で操られている存在は、英雄学園二年二組英雄科所属、成田環奈ナリタ カンナ

 醜悪な見た目の下屋と比べ、精神汚染や待田、下屋の支配下にあるため、表情や思考は完全に通常と比べおかしくなっているわけだが、スタイルや素行は優良そのもの。クリーム色のセミロングは、見る者の多くを惹きつける。実際、二年二組の学級委員長を務めあげるほどに責任感の強い人物である。

 この間に先輩後輩の関係性はあるはずがないのだが、二人は深い部分まで推測することが出来なかった。

「――まあいいや、成田。お前ひとりに任せるわ。俺その辺で休んでっからよ、負けたら承知しねえぞ」

「はい! 『正義』の名のもとに、全力で眼前の敵、英雄の敵二人を抹消します!」

 下屋はその場を程離れると、成田はチーティングドライバーを起動させ、懐からライセンスを取り出し認証、装填させる。


『殉教者・ゲオルギウス伝説――キリスト教を信じ抜き、神の加護を受けた強靭な男は、竜をも屠る聖人であった』

「変身!」

『Crunch The Story――――Game Start』


 世界的にも有名な、聖人の因子を持った者が、皮肉にも歪んだ魔力によって変質していく。

 成田の持つ魔力性質である、大いなる風により魔力が晴れ、そこに現れたのは中世ヨーロッパ兵士の鎧を現代風にし、さらにそこに歪みが生じた混沌そのもののようであった。

 手には聖剣アスカロンをモチーフとした片手剣が握られており、各種鎧はまさに神の加護により強固そのもの。生半可な攻撃は通さないであろうが、その全てがチーティングドライバーや精神汚染の影響により酷く黒ずんでいたのだ。目は血走り、聖人とは遠い存在にまで変質してしまった。

「――皮肉なもんっスね、話に聞くほど著名な殉教者が、勝手に他の宗教に改宗させられた挙句、自分のアイデンティティを徹底的に歪められるとか。俺が言えたことではないっスけど」

「どっちにしろ……やるしかないですね。あの子の目を覚まさせる以外に、私たちにできることはありません」

 信之の念剣を顕現させ、間を割りライセンスを認証、装填。河本は手元に自分の因子元である『鉄鞭』を生成。

「変身!!」

 斬撃を飛ばし、自身の辺りの空間を歪め、怪人化。しかし、以前信玄と戦った時よりも、英雄としての装甲が垣間見えていたのだ。頭部装甲以外にも、肩部装甲がどこか英雄を思わせるものとなっていた。信玄のものともまた違った、森蘭丸を媒介とする英雄としてのもの。

 しかしそれはあくまでほんの少し。目元と肩部がそうなっているというだけで、八割がたは怪人のものであった。

 そんな姿に微笑みながらも、河本は鉄鞭の形状を変化させ、まるで蛇腹剣のように辺りに叩きつけながらも静かに構える。本来の鉄鞭とは異なり、河本の意志のままに自在に概念を変えられる。この場合は本当に鞭のしなやかさと鉄の強靭さを併せ持った、まさに鉄の鞭へと姿を変えたのだ。

 立場こそ異なってはいるものの、元英雄サイドと元『教会』サイド。通常ならそれぞれの道を違わないはずの両者であったが、何の運命のいたずらか、それぞれが逆の立場として今ここで相対するのだった。


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