成田の異常性は精神汚染の影響で、礼安同様自分の命を顧みない傾向が強いことにあった。生かして帰す、という本来の目的が果たせなくなりそうなほど、どれだけ傷つこうと前へ出る。傷を恐れない
信之と拳を打ち合わせるも、歪んだ魔力に身を浸らせ続けた時間は彼の方が長いはずなのに、どこか力で圧されているのを感じていた。ずっと、ずっと僅差で負け続けているような。
その疑問の通り、成田は非常に染まりやすい人間であった。例えば、その時ハマっているアニメや漫画の影響をもろに受ける、純朴な中二病の人間のよう。何も吸収していない、新品そのままのスポンジなのだ。
『私、この力を得てからすごく気持ちいいんです! それと同時に実感しました、この力で貴方がた悪を滅することができるのを、誇らしく思うって!!』
『馬鹿野郎、それはアンタが敵対する側の力だっつーの……!』
『? 人聞きの悪いこと言わないでください! 拳骨しますよ!』
膠着状態で掴みあっていた中、咄嗟に片方の手を離され、バランスを崩したところに急激に勢いを増した成田の拳が、信之の顔面に突き刺さる。
拳の攻撃性質としては、打撃であるはずなのに、風の性質も載せられた影響で、まるで鎌鼬を纏った拳で殴られているように斬撃の性質をも味わっていた。
『ただの拳骨じゃあねえ、防御するにも不利でしかない面倒な拳だ、ッたくよ!!』
「代わってください、私が応戦します!」
すぐさま信之を押し退け、拳と鉄鞭が激しく交差する。しなやかさの概念を頭の中で殺し、本来の鉄鞭として振るうも、乱回転する風の勢いに、鉄が完全に圧されていたのだ。
『! 分かった、河本さん、アンタが武器になってくれ!』
その意図を理解した河本は、瞬時に自身が一対の鉄鞭と化し、再び鍔迫り合う二人。先ほどよりも、互いにサポートし合う状態のため、風の乱回転にも負けない。
事実上の双剣と化した鉄鞭を振るって打ちあうも、明確な有効打が一向に与えられない。どころか、あからさまな隙が存在しないのだ。
それもそのはずで、風のサポートがない二の腕や心臓の辺りを狙おうと、『なぜか』ダメージが入らない。殺す気とまではいかないものの、傷つける覚悟で鉄鞭を振るっている中で、一切の手傷を与えられないのだ。
手ごたえのない打ちあいに疲労した信之は、一旦飛び退いて中ほどの距離で睨み合う。信之が近距離パワー型であることを理解している成田は、敢えて深追いをすることはなく、余裕そうに体をぐいと伸ばしたり、スクワットをしたり。まるでこの戦いが前座であると言いたいのか、準備運動を始めたのだ。
河本は、その瞬間分かってしまった。その絡繰りには、彼女の因子が関係していることを。
『何だアイツ、本当に面倒くさい――』
「……信之くん、あの子の絡繰りが分かりました」
彼女の因子は『聖ゲオルギウス』。彼の中で有名なのは、ドラゴン退治以外にもう一つ。その信心深さから、神の加護として知られる『頑強さ』である。
ゲオルギウスは、キリスト教を忌み嫌う異教徒の王に捕らわれた際、鞭打ちや刃の付いた車輪などでの、痛苦溢れる拷問を受けるが、結局は神の加護により無事であった。どれほどの死を伴う痛みを受けようと、彼は棄教しなかった。その信心深さが王の妃の心を動かし、異教徒であった妃が、キリスト教へと改宗するに至るほどである。
結局はその妃も見せしめとして王に殺されるも、妃は天国へ向かう為の『洗礼』を受けていないことを嘆く。信心深さを祝福したゲオルギウスは、彼女に対し「その血こそが洗礼となる」といい、妃は満足に息を引き取った。ゲオルギウスも、流石にその後の斬首の傷を無かったことにはできなかったのだが、その信心深さからくる『加護』は、本物である。
『そんな逸話が……?』
「――故に、私の攻撃はほぼ通りません。本来なら革の鞭や拷問器具による傷を無効化するでしょうが……歪んだ魔力によってよりその武器を防げる幅が広くなって……基本的に質が悪くなってます。私が多少性質を変えれば、道はあるかもしれませんが……それでも蛇腹剣としての性質を見出すくらいしか私には出来ませんし、限度があります」
その時であった。信之は咄嗟に閃いた。
『――河本さん。アンタ……ライセンスになれるか』
「え……ライセンスに?」
『ああ。兄貴からそこら辺に関してだけは聞かされてなかったんだけどよ……聖遺物がライセンスになるなら、アンタたちはその聖遺物と同格の、英雄の武器の因子を持っている。なる資格は十分にあるんじゃあねえかなと思ってよ』
河本はその信之の提案を、酷く渋った。一も二も無く承諾するでもない、明確に否定するわけでもない。その様子に、信之は疑問を抱いた。
『――どうした、河本さん』
「……実は、我々武器の因子を持った者がライセンス化すると――――」
そんな河本の苦しそうな言葉を待つ前に、風の砲弾が信之の横っ面を襲った。頭が弾け飛ぶ、というほどの威力ではなかったものの、顔半分を失うくらいには殺意が高かったのだ。
「信之くん!!」
一対の鉄鞭を咄嗟に放り投げ、自分とまとめて被害を負わせるにはいかない、そういった信之の心遣いであった。
しかし今は、その心遣いが裏目に出てしまった。ちょうど放り投げた先には、ビル影に隠れていた下屋がいたのだ。
「おーっと、これは良いタイミングだ……」
「しまった、これは――ッ」
咄嗟に人間化し、その場から逃げ出そうとするも、待田の術式をインスタント化したライセンスを発動され、両手両足を完全に拘束される。
「皮肉だよなあ、アンタが周りの裏切り者に対して『下手な力を持って裏切らないように』なんて渡していたライセンスに……『教会』を裏切ったアンタが緊縛されるんだからよォ」
手足を拘束した河本の胸をまさぐる下屋、そしてそれを何とかしてでも抵抗する河本。
「なッ、何をするんだ!?」
「捕虜となった女にすることなんて一つしかねえだろ、お前もかなりの上玉だしよ……『楽しませて』くれたら、命は助けてやるが?」
河本のスーツを乱暴に毟ると、ワイシャツやその他のものに覆われてこそいるが、豊満な双丘が露わになる。この戦乱の中、それを目当てとしていたのだ。性欲に忠実な男は、いつだって破滅する運命にあるのに。
しかし、信之もまた河本が心配になった結果、何とかして戻るも、そこには今まさに服を毟られた河本。
「――何でここにいんだよ、成田はどうした」
『知るか、今頃トイレか迷子じゃあねえの』
そう信之が揶揄すると、下屋は唐突に指笛を吹く。横壁を蹴破り戻ってきたのは、まごう事なき成田であった。
「やれ、成田」
『はい先輩!』
咄嗟に河本を抱きかかえ、飛び去る信之。彼がいた場所には、無慈悲な成田の拳が叩き込まれ、その瞬間に盛大な土やコンクリートの破片が飛び散る。それが自然な煙幕となり、成田や下屋から逃げ果せるための鍵となったのだった。