高いビルの屋上を飛び移りながら、あのタッグから距離を取る信之たち。その間も、疑問は強まっていた。武器科の人間が、ライセンス化しない理由。それにあんな最低でクズな下屋の下で隷属する成田について。
この世には無限の性癖が存在する、という話はあるのだが、成田が駄目な男に興奮する癖でも持っているのか、そんな無駄なことを考えているうちに、河本が重い口を開く。それは、先ほど言い淀んだ、武器科の人間がライセンス化する件についてだった。
「――先ほど言いそびれたので、改めて。武器科の人間がライセンス化する件については……当人の余程の覚悟がない限り、なりたがらないと思います。私も……正直、その覚悟は決まっていません」
『……一体、どういう事なんスか。アンタが言い淀むってことはそれほどのヤバい事象、って事っスよね』
「ええ」とだけ相槌を打つと、交戦位置から十キロメートルは離れたビルの屋上で、二人腰掛ける。作戦会議をするべきだろうが、その話が気になって仕方が無かったのだ。
土埃をある程度払って力なく座り込む河本に、変身を解除しつつ、一切気にすることなく片膝を立て壁に沿いながらも楽に座る信之。片腕もだらりと垂らし、リラックスした様子であった。
「――実は、武器科の生徒の卒業後の進路は、ライセンスとして対応する英雄の元で戦い続けるか、武器に携わる仕事をするか、の二択となっています。しかし実際は、後者が九割……最近は全員その仕事の道へ進みます。その理由こそ……ライセンス化した際の『代償』です」
「『代償』……? そんな話、聞いたことねえっスよ」
「そうでしょうね、ライセンス化する選択をしたら、ほとんどの場合『自我が無くなる』なんて……英雄側の人間には伝えられないでしょう」
信之は言葉を失った。共に戦う、実に英雄を補佐する武器として、真っ当な生き方のはずなのに。自我を持っては共に歩めない、残酷な真実そのものであった。
武器科が『劣等科』として、普段心無い連中から蔑まれているものの、全てはその真実を知らないからこそ。変に感情移入されて学業がおろそかになったり、英雄としての道を自身で閉ざす羽目になったりしかねないため、信一郎をはじめとして、教師陣はそのことについて時が来るまで一切触れないのだ。
大抵の場合、英雄科、あるいは英雄が操るライセンスは、聖遺物から生まれるものである。無機物であるため、意思の消去などは一切関係しないものの、これが対武器科の人間になると、当人の意思を九割がた削除しないと、完全なライセンスにはならないとされている。
さらに『人間に二度と戻れない』ため、よりそれがそちらの道を選ぶまいと、拍車をかけているのだ。
英雄の力を操るライセンスに、一般人の普遍的な思考は、普遍的な能力は要らない。ただ純粋な、英雄の力を行使できるエッセンスが欲しいため、不純かつ不要な意思を消した方が圧倒的にライセンス化するなら効率が良いのだ。
連綿と続く英雄と武器の歴史の中で、中途半端に意思を残し、かつて力が暴走した経験があるのだ。そのため、往々にしてライセンスとしてなることを望む人間は、昔から異端者、あるいはこの世に若くして何の未練もない、心が虚ろな存在として、白い目で見られることが多い。
『自分の身を粉にして力を継承した』というポジティブな見方をする人間は、悲しいことに現在はあまり存在しない。自分の力を自分で行使する方が、ある程度世間的な評価が高いのだ。
「――故に、ライセンスとなるにはそれ相応の覚悟が必要なんです。世間的な批判を受け止め、それでも尚その英雄のために、意思が消えようとも共に戦いたい……それほどの『黄金の意志』が無ければ、なる選択すらできません」
「――悪かった、軽率に「なれるか」なんて言っちまって」
「いえ、そんな裏事情を知らないのが普通です。恐らく……貴方のお兄さんも、まだ知らなかったことでしょう。武器科内、しかも上級生の間でしか公にされていませんので」
英雄学園は四年制の学園であるため、河本も最上級生に昇格するときが近い。決断を迫られるタイミングが、いつか訪れるのだ。
「――正直、今の私にその覚悟はありません。自分を捨て、尽くしたいと思える人に……まだ出会えてないのです。何なら……私結婚願望有りますし、子供二人ぐらい欲しいですし」
「河本さん……」
河本は、しっかりと未来のヴィジョンが見えていた。結婚願望や、子育て願望も。願いの力は、夢の力は、人を大きく成長させる。どれほど危険な死地に身を置こうとも、生きて帰るために精一杯の努力を重ねる。目標は、人を一段階も二段階も大きくさせる、偉大なものであるのだ。
「それこそ、私の武器の大本になった英雄の因子に出会えたら、それはもう覚悟を決めます。当人が望むのなら、私はその人物の武器として、意思を殺すことだってやぶさかではありません。でも……継承者が男は勘弁ですね、女性でお願いします。共に戦うなら同性が良いですね、一番気が楽です」
「誰に言ってんスか、つーか一緒に戦うの俺じゃあ力不足っスか」
「ふふっ、そんなことはないですよ」
こんな戦闘中であっても、二人の間には笑顔があった。どれほど辛い真実を知ろうと、紺な重要な真実を教えてくれた、河本に頭が上がらなかった。信之は心ばかりの気遣いを覚えたのだ。
そんな二人の空間が打ち砕かれたのは、笑いあっていたものの数秒後。
成田が居場所を特定し、河本の心臓部を容赦なく貫く。交戦地点から一直線に結んだ、丁度直線上。そこ目掛け成田は暴風のドリルを作り上げ、コンクリートすら易々と貫く凶悪さを以って河本を容赦なく貫いたのだ。
「――――は??」
『対象、一名沈黙! 残るは一人だけです!!』