今まで静まり返った文京区と千代田区が、たった二人のせめぎ合いによって、今までにないほどに騒々しくなっていた。
ぶつかり合う拳、そして蹴り。成田が纏う風の鎧によって、小さく切り刻まれるものの、それは怪人化をしている際にはデメリットになりうる。しかし、英雄の装甲を纏った存在――今の信之には関係がない。こまごまとした回復に時間と魔力を割かれ、細やかな魔力のコントロールが出来づらくなるのだが、ただの小細工に意味はない。
念剣・行光以外に佩刀している、不動行光を鞘から音も無く抜き、文字通りの二刀流。怪人体の肉体にも攻撃が通る、オリジナルよりも強度も切れ味も段違いに上昇した、最高クラスの短刀と化していた。
風の鎧すら容易にぶった切る、驚異的な鋭さ。これにはさすがに常時笑顔の成田怪人体も冷汗をかくほどであった。
『――面倒くさいですね、本当に!』
「立場が逆転したな、クソッタレ!!」
信之にとって、河本は愛する存在ではない。しかし、自分を一人の人として見てくれた、数少ない理解者の一人であった。
それに、自身の死をきっかけに、信之に勝利のお
願われたから、勝つ。少しでも受けた恩に報いるために。『らしく』格好つける理由もまた、単純であればあるほどいいものだ。
少し距離を離し、圧倒的な暴風の力で、目には見えない風の刃を無数に飛ばす。
しかし、信之はそれらの刃を、目を閉じ感じ取るだけで。一対の刀たちで切り刻む。
その中でも暴風が勢いを増していく中、咄嗟に掌を前に出す信之。すると、断絶された新たな空間が生まれたのだ。信之もまた、ベース能力のうち、念力を真の意味で開花させた瞬間であった。
「……オッケー、借り物じゃあない、真にこの能力を今理解した!」
兄譲りの理解力、判断力、身体能力。全て、兄よりほんの少し劣っているだけで、その能力全ては常人よりはるか上。どころか、同い年の礼安に匹敵するほどのポテンシャルや潜在能力の高さを有するのだ。
その新たに生成した空間を扁平させ、その減らした分の空間を棒状に伸長させつつ、無数かつ新たに高速で打ち出す。壁は薄くも風の刃より遥かに強靭であり、ただ避けるしかない。
しかし、それら打ち出した空間の棒は、成田たちを縛り付ける新たな空間となりうる。
それらの空間を新調した棒は、周りと隔絶した新たな手広い空間の壁となり、二人きりの決戦場へと姿を変える。
まるで袋の鼠だ、と言わんばかりに成田は一層に笑むと、信之がその空間に入り込んだ瞬間に、アスカロンの一撃を合わせる。しかし、信之にその一撃は届かない。
それもそのはず、成田と信之の間に新たな空間を生みだし、簡易防御壁としていた。さらに、成田は徐々に異変を感じる。それは、思ったよりもアスカロンを振るう速度が出なかったことにある。
「――気付いたかよ、お前の異変に」
『か、『風が弱い』……?』
「そんなこったろうと思ったよ、ベース能力のうち、レアリティの高い念、光、闇は場所をあまり選ばない能力だが……それ以外は『媒体となるものが無い』と満足な力を出すことはできない」
火なら、最低限の酸素。水なら、大気中の湿度。雷なら、通常それらが起こりうる条件、あるいは静電気や体中の電気信号。風は、空気そのもの。
それらが限られている状況下だと、能力をフルに活かすことはよほどでない限り不可能。
空気の残量が決められた、この空間内だと、風の力は半分死んだようなもの。いくら怪人化とて、呼吸はする。装甲を纏った英雄は呼吸の心配はないため、一方的に有利な空間を作り出したのだ。
『出せ、出せ!! 卑怯者!!』
「馬鹿か、だったら少しくらい危機感を感じ取って、逃げたらよかったんじゃあねえの?」
精神汚染状態にある今の成田にとって、敵の排除が完全優先事項。自分がどうなろうと関係のない、礼安よりは下回る自己犠牲の心である。
相手を徹底的に正義の名のもとに殺戮する。そんな大層な正義感を掲げている割には、能力が発動できないだけで焦りだす、実に未熟な精神そのもの。信之は、自身の近くで『無限の策を編み出しつつ、確実な勝利をもたらしてきた』、そんな兄の背中を見てきたからこそ、眼前の存在がとにかく醜く思えて仕方が無かったのだ。
言い表すならば、英雄の卵もどき。卵にもなり切れていない甘ちゃんである。
「お前の中にある『正義』って、何なんだよ。正義の武器を振りかざして、悪人を徹底的に痛めつける、ネット上でしか『いきる』ことのできないクソパンピー共が、死ぬほどやってきたようなことなのか? それとも弱きを助け、強きを挫く……そんな
「わ、私は……私は『正義』だ!! 貴様ら悪人には屈しない、正義そのものさ!!」
「――薄っぺらい。操った人間がよほどの無能だな。自身の信ずる正義の形くらい、欲の根源くらい、自身で言い表せるようにしておけ――――『
その一言で、成田は酷く苦しみだし、自身の身を隙として曝け出した。数少なく残った、成田の自我がそうさせたのだろう。自身の信じるものを、ずっと踏みにじり続けられた苦しみが、そうさせたのだ。
「――やっと、アンタの本質が見えたぜ」
念剣のトリガーを三度引き、二つの『行光』に爆発的な魔力量を帯びさせていく。念力による不可視の刃が、短刀を大太刀以上のリーチまで伸ばす。
「出会い方は最悪かもしれねえけど……俺の償いに、共に命張ってくれ、『森蘭丸』!!」
『――超必殺承認!!
信之の背後には、念力によって生成した、無数の不動行光レプリカ。まるで嵐のように成田を切り刻みながら、まるで舞うように念剣・行光と不動行光でぶった斬りまくる。
怪人としての肉体を徹底的に切り刻み、内から現れるのは浸食によって犯されていない、本来の成田の肉体。歪んだ魔力から成田を斬り放し、残るのは歪んだ魔力が具現化したものだけ。それが宙へと投げ出されるも、成田へと再び定着しようと醜く足掻く。
雄叫びを上げ、力いっぱい宙へと跳躍。無数のレプリカたちと共に斬り刻み、集中力を研ぎ澄まし全ての斬撃が一点に集中したその瞬間に、空間や時空すらぶった斬る、至高の一刀を振り下ろす。
空が、新たに作り上げた空間が、魔力塊が、チーティングドライバーが。全て等しく一刀両断。念剣を念力によって伸長したこともあるが、千代田区から文京区にかけて、現実ではありえないほどの斬撃による一刀の跡が残った。
「――これが、本来の強さか。今まで……正しく扱ってやれなくて申し訳ない、森蘭丸。そして――」
天へと掲げる、一つの拳。意識を失っている成田を瞬時に抱えながらも、その拳は力強いものであった。
「――――勝ったぜ、河本さん」
静かに涙を流しながら、空に笑いかけたのだった。