しかし、まだ終わりではなかった。
地に降り立った信之は、既に魔力をフルで扱ったためにガス欠状態、そんな中で変身解除した瞬間、信之の後頭部に突き付けられるのは、
「……そうだった、お前の処理があった」
「寄越せよ、俺の奴隷」
あれほど勝利のために戦っていたはずの成田を待っていたのは、どこからかくすねたターキーレッグを貪る下屋。
「……英雄の武器に、そこまで近代の武器は存在しないはずだが?」
「うるせえよ、早くそこの奴隷を寄こせ」
信之は静かに両手を上げると、下屋はせこせこと彼に手枷足枷を付け、成田の体を抱えて遠ざかった。途中詰めが甘く、銃口を信之の方へ向けていなかった瞬間があったものの、魔力が底をついた状態で出来ることは少ないため、余計な抵抗は一切しなかった。
回復でもするのか、そう考えた信之は目を疑った。
下屋は、まるで屋敷の主人がメイドや使用人に暴力を振るうように、信之に負けた成田を足蹴にしだしたのだ。
「何負けてくれてんだ!! 天才である俺様が出張らなきゃいけなくなっただろうが!!」
戦闘中も、恐らく千代田区内で散策していたのだろう。他に味方を連れていない理由は、手柄を全て自分のものにしたい薄汚い自尊心と、『教会』の中にも多少はある規律を守らなくてもいい、怠惰な心が働いたためだろう。実際、怠惰は体中の駄肉から見て取れる。
「本当にお前は使えないな!! 簡単な使い走り以外まともなことができないのか!? えぇ!?」
「――英雄学園に所属していたとは思えないほど、根っからの外道だな。手前の言う『力』ってのがあるんならよ、それなりの女でも周りから
「やかましいぞクソが!! この奴隷の命がどうなっても良いのか!?」
敵でありながら、初めて眼前の存在を畜生以下だと思った瞬間であった。今現在意識不明の状態で眠りについている、成田の
自身の力の用い方が分からないのか、あるいは力の使い方に慣れていないのか。銃を構える照準はブレブレ、自分の身勝手で命を奪う覚悟すらない、まさに小物であった。
「俺は、お前らなんかよりも遥かに上の存在だ! 上級国民だ!! 『教会』なんぞ目じゃあない、財界にもコネがある!! 俺こそが正義だ!!」
なぜここまでの真正の外道と、純朴な英雄科の少女がつるんでいるのか。それには事情があった。
成田は、元からある程度恵まれた因子と身体能力を持ち合わせていたため、礼安のように周りから疎まれることが多かった。しかもこれが一と百、あるいは一と千。それほどにずば抜けたものならある程度諦めはつき、長いものに巻かれるようになるだろう。
しかし、成田は努力によって力を伸ばしてきた。故に、他の生徒と比べると差は近かった。だからこそ、食って掛かる人間は多かった。無益な争いを望まない、心の優しい成田は、自分へのいじめを許容したのだ。
結果、隷属する考えこそ崇高なものと考え、下屋にいいように扱われてきたのだ。下屋が上であり偽りの先輩、成田が下であり、偽りの後輩。
最初は実に軽いものであった。使い走り行為を主に行っていたが、下屋は真性の下衆であった。何も抵抗しないことをいいことに、その要求はエスカレート。カンニングをサポートさせたり、金銭をたかったり。果てには、成田の体を求めたのだ。
しかし、成田はそこで思いとどまった。自分の体を捧げるまでに至るほどには、精神が摩耗してなかったのだ。だが、下屋は徹底的な快楽主義者であり、先ほども述べたように真正の下衆である。
成田に対し、酷い暴力を振るうようになったのだ。本来なら彼女の方が強いはずなのに、彼女はただ耐えたのだ。その後に反撃することを考えつつ、次第にその暴力に憔悴していったのだ。
そしてついに、彼女は暴力の恐怖に負けたのだ。戦闘訓練や座学中にも、時たま暴力のフラッシュバックが起こるほどに、脳が耐えることを嫌がったのだ。
犯人探しが行われたが、成田が下屋の名前を出すことはしなかった。もしここでバラしたら。どうなるかは自明の理。英雄が最悪の暴力に屈服したのだ。
結果、成田は下屋と一夜を共にした。大切なものを、好意など無しに。無理やり欲のままに奪ったのだ。ただ、己が気持ちよくなりたいがために。
それからもこの最悪の関係は続いていたのだが、この合同演習会内で再びタッグとなった。学園長や教師陣からも、何度も心配のメッセージは飛ばしているものの、全て下屋の手によって消去されており、洗脳をあるがままに受け入れてしまった。
全ては、下屋という真正の下衆が、己が保身のために隠蔽し続けた。中途半端に金持ちであるために、金が無かったら大した人間にもなれなかったはずの小物が、英雄や武器という概念を腐らせているのだ。
「――俺は、こいつがどうなろうが、どうだっていいんだよ! 金さえあれば……どうとでもできるんだ!! 飽きたらポイするでも、何とでもできる! 金さえあればこの学園に居座ることもできる、ある程度大成することもできる! 結局、人は金とブランドさえあればどうとでも靡く……それを全て、こいつが中途半端に壊しやがるからそうなる!!」
子宮の辺りをサッカーボールキックで思い切り蹴り飛ばし、意識を失っている成田は咳き込みながら転がる。さらに弄ぶように、下腹部を思い切り踏みにじる下屋。成田自身を人質に取られているため、信之は迂闊に動けなかったのだ。
「英雄というブランドも金で買えた。地頭が悪かろうと、結局は金、結局は権力だ! 俺こそがこの学年の真なるトップなんだよ
高らかに嗤う下屋。間違いなく、この場の主導権は下屋にあった。どこまで好き勝手しようと、成田の命が危険にさらされる。
八方塞がり。まさにそんな状況であった。
「――悪いね、瀧本礼安。流石に、こればっかりは見過ごせねえわ」
片手剣の一閃。それが成田から下屋を遠ざけた。その場に現れた人物こそ、礼安との約束を今まで守っていた男。
「何でお前がここにいる……百喰ゥッ……!!」
「一応自分の陣営だろうと……クソ下衆野郎は俺の趣味に合わない。この剣を血で濡らすのには値しねえほどの小物だろうが……俺、推参だぜ」
今まで英雄陣営と不戦協定を結んでいた、百喰の登場であった。